第6話 命が集う都市 前
どうしてこうなった。
気軽に引き受けた、パーティの穴埋め。
「四人必要な依頼なの。レベル1のあんたは見てるだけでいいから。人数合わせお願い!」
見てるだけならお安い御用と、安請け合い。
薬草の調達と、野犬のような魔物を数体狩って、素材を持って帰る。
ギルドの仕事の勉強になるから、新米のあなたには、ちょうどいいとは誰の言葉だったか。
レベル20から25辺りのパーティのメンバー。
犬の魔物はそうレベルも高くなく、出番も無いままあっさり片付いた。
一人はぶっ飛ばされ、一人は魔力切れで息が上がり、一人は助けを呼びに行った。
相対する化け物を眺める。
レベル44。
死が並ぶその数字、あまり縁起が良くない。
そもそも、町の近くに出現するレベルではない。
存在がイレギュラー。
だが、
その黒髪の同級生に思いを
元々、彼女が待ち合わせ場所に戻って来る前に、全部片付けて何食わぬ顔で待っているつもりだったが、難易度がかなり上がった。
「フッ、なんにせよやるしかないか」
レベル1の男は、安物の剣を抜き、鞘を投げ捨てる。
心に赤い炎を灯し、地を蹴ったその一歩は、足跡を刻む。
――時は戻り、ガーランサス到着時。
首都ガーランサス。
城壁に囲まれた都。
元は、この都市だけをガーランサスと呼んだが、今では女王の下に付きたいと志願してきた周辺の村や町を含め、国としてのガーランサスとなっている。
この町の名前の変更に抵抗のあった人々も多く、ここは首都ガーランサスと呼び分けられるようになった。
石畳の道の両脇をところ狭しと建物が立ち並ぶ。
窓が上に、二、三、四……建物の階数を数えながら、景護は視線を上げていくと視界は霧に遮られた。
「今日は、霧がでていますね。周りの人の顔も見えにくいです」
「霧から何が出てくるか分からない。幽霊とか悪霊とか……私を守れよぉぉ得意分野だろぉ?国坂景護ぉ!」
別に霊感とかはない……そう景護は溜め息を吐く。
「じゃあ、専門的に判断して周りに敵は何もいないから、離れろ。うっとおしい」
「適当にあしらってんじゃねぇよぉ……」
夜見を引きはがすと今度は、二ヶ崎が二人の間に割り込んできて、景護を覗き込む。
それに合わせて、一歩下がり目線を泳がせる。
「月子さんと国坂クン、そんなに仲が良かったんですね。私、知りませんでした」
「そんなわけないだろ。勘弁してくれ」
「誰がこんな色欲の塊と……」
「……まぁ、いいですけど。さてさて、人の多いところに入りますけど、月子さん頑張って落ち着いてくださいね」
「……う、うん」
「
これまで、通りに並んでいた縦長い建造物より幅が二、三倍あり、多くの敷地を占有していた。
二ヶ崎は扉に手をかけ、笑顔で振り向く。
「月子さん、国坂クン。準備はいいですか?」
頷く二人を確認すると彼女は、扉を引き開ける。
店内は、人でごった返すといったほどではないが、
皮装備の冒険者、鉄の塊……鎧をまとった騎士、修道服を着たシスター、顔を隠したローブの魔法使い。
多種多様な装い、色々な人が集まっているようだ。
そして……。
「ヒッ」
短く夜見が悲鳴を上げる。
この光景は、こちらの世界では普通のものらしいが、景護達からすれば、やはり馴染みのない物。
二ヶ崎は、「もう慣れましたよ」と笑顔で話す。
耳の長いエルフ、背は低いが筋骨隆々のドワーフ、人の姿に動物の耳や尻尾を備えた獣人、翼を持つ吸血鬼、皮膚が鱗の竜人。
ざっと見渡しただけでも、多くの種類の生物がいる。
種族や見た目の違いなど些細なことと、この空間はそう語っていた。
そんな空間に見とれていると、夜見の小声が微かに聞こえる。
「ゲ、ゲームだと、敵モンスターにされがちな種族も、ゆ、友好的なんだな」
「ええ。皆、女王様の
「ほーん」
「んで、二ヶ崎。この店はいったいなんなんだ?」
「ギルドですよ。ギ・ル・ド。ただし、国が運営をしています。簡単に言えば、依頼を国の役人さんが確認して、その後、ここで受けられるわけです」
二ヶ崎は景護の手を引き、受付まで連れて行く。
ふと、気がつく。
こちらへの、視線の数々。
華やかなで
興味が湧いても不思議ではないか。
「こんにちは、ミナミさん」
「お帰りなさいませ。双葉様」
前髪を切りそろえたウェーブのかかった長髪。
受付に座った大人の雰囲気をまとう茶髪の美人が、丁寧に頭を下げる。
「ちょっと、一つ頼んでも大丈夫ですか?」
「はい、
「女王様に謁見してくる間、この二人を預かっててもらえませんか?」
「かしこまりました」
「ありがとうございます!じゃあ、私二人のこと女王様に話してくるから、遅くなるかもしれませんが、ここで待っていてくださいね。広い都市ですから、迷うと思います。出歩かないで、大人しくしててくださいね」
熱心に注意する二ヶ崎の言葉に、夜見は何回も頷き、肯定の意をアピールする。
ギルドから出て行く白銀の鎧の後ろ姿を見送り、馴染みの無い場所で、留守番することとなった。
集まる視線を無視し、受付近くに置いてあった「
真っ白の表紙に金色の文字。
これで、暇を潰せればいいんだが。
『えー、大人しく読書かよ。街並みを見て回ろうぜ』
『いいじゃない。景護、たまには読書もいいわよね。それに情報も得られるかもしれないし』
頭に響く二つの声を特には気にせず、本をめくる。
昔々……。
本の出だしに、ついつっこんでしまう。
資料か記録かと思っていたが、そこまで堅苦しい本でもないらしい。
では改めて……。
読書に取りかかろうとしたその時、服の裾を引っ張られる。
「なんだよ……」
悪態をつきつつ、顔を上げると顔を真っ青にした夜見の姿。
「どうした?」
「ひ、人に酔った……。部屋に
「まったく、しゃあねぇなあ」
腰を上げ、受付の美人さんに声をかける。
「連れの気分が悪いらしいんだが、休める場所とかないですか?」
「双葉様のお連れの方ですね。二階に空いた部屋があるので、そちらでよろしければ」
お願いしますと頭を下げ、ミナミさんに夜見を任せる。
これで、読書に戻れる。
続きは……。
強くてたくましくて賢い、そして美しい一人の女王様がいました。
『属性もりもりだな』
女王様は、町のみんなを幸せにしたくて毎日一生懸命働きました。
農民と一緒に畑を耕し、兵士と一緒に魔物を追い払い、コックと一緒に料理を作りました。
そして、寝る間を惜しんで、政務を行い彼女は毎日誰かの幸せを願っていました。
そんな女王様を町のみんなは大好きで、彼女の力になりたいと思っていました。
『働きすぎじゃないかしら?』
ある日、女王様が兵士達では敵わない、強力な怪物を退治しました。
戦いに負けた怪物は、
「なぜ殺さない!」
「あなたにも幸せになる権利があるからですよ」
その言葉に怪物は涙を流し、女王様に恋をしました。
次の日から、心を入れ替えた怪物は彼女のために何かできないか、そればかり考えるようになりました。
分からない怪物は、女王様の真似をしました。
彼女と一緒に畑を耕し、彼女と一緒に魔物を追い払い、彼女と一緒に料理を作りました。
いつしか彼の周りには、友ができ、笑顔が増え、感謝の言葉が溢れました。
「ありがとう」
美しく微笑む女王様のその言葉を聞いて、怪物は気づきました。
自分が幸せであることに。
それが始まり。
種族を問わず、女王様の力になりたいと思った誰かが
「んで、この怪物とやらが、このギルドの創始者とか、そんな話?」
『そうかもな』
『そうなるのかしら?』
「そうなんですよ!この女王様は今のガーランサスの何代も前の女王様が、モデルと言われていて、この出来事も事実の可能性があるんですよ!素敵ですよね、暴れることしかできなかった怪物が恋によって、変わる。そして彼の意志を継いだこのギルドが人々の支えとなり、ガーランサスを何回か救ったことがあるんです!私が、ここで働きたいって思ったのは、この話が本当に好きで……。あと!噂ではこの怪物って……」
「あの、ミナミさん?」
本から視線を上げると、先程見た大人の雰囲気の彼女ではなく、無邪気に瞳を輝かせる乙女がいた。
「あ……コホン。夜見様は部屋でお休みになられました。失礼します」
そそくさと受付の席に戻る彼女を視線が追ってしまう。
最初のクールな表情を維持するが、見つめ続けると真っ赤になる。
「見ないでください。見ないでください」
そんな受付に、依頼を受けにきた冒険者らしき三人。
黒い鎧、ただし首から上の無いデュラハン。
犬のような耳に、激しく振られる尻尾、ショートパンツの活発そうな褐色の獣人の女の子。
そして、修道服の上からもふくらみがよく分かる胸の大きいシスター。
三人はどういう集まり……。
なにやら、冷静に対応するミナミさんとは対照的にヒートアップして声が大きくなる獣人の女の子。
「周りもパーティ組んでるんだから、今更一人で余ってる奴なんていないってーの。一人くらいいいじゃんミナミ」
「決まりですので、例外は認められません。この依頼は四人と定められております」
「えー、一人助っ人探してたら、こんなおいしい依頼、取られちゃうって」
「そうですなぁ。我々の実力なら、難無くこなせる上に、報酬も悪くない。見逃したくない依頼ですぞ」
「……お金ももう少ないですし、早いうちにこの報酬もらいたいわねぇ~」
騒ぎというより、ミナミを眺めていた景護と獣人の女の子の目が合う。
「っと、何見てんのよ!ってかあんた一人で暇そうじゃーん!」
目と目が合う瞬間、暇だと気づかれた。
そう、これが始まり。
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