第17話 ごめんなさいは?

公園に来ると誰にも見られていない事を確認したら、『アクアヴィテ』へと転移する事にする。

『アクアヴィテ』にしたのはガク自体は『カルディア』にはアバターでしか行ったことがない為、転移先が何処になるかわからなかったからだ。

『アクアヴィテ』なら小海達も以前来た時には街の大広場付近から『アトモスフィア』に戻ってきていたらしく、ガクと転移先が比較的近い場所だった。


「でも、こっちの二人はどうするんだ?カードはどっちも使えないよね」

「一人当たり大人なら1名まで同行できるんですよ。手を繋いでおけば一緒に転移できます」

「大人って子供なら二人とか行けるの?一応僕達は未成年だけど大人の基準って何なのさ」

「体重…だったっけ?あづちゃん」

「…そう…体重が40キロまでなら二人を連れて転移できる…」


ガクと小海達が蓮華と恵那を見る。


「うう。大人一名で」

「二名だよ」

「ご、ごめんなさい、あの私達も大人サイズなんで大丈夫ですから!」

「…フォローになってない…」


こんな話題に入れるわけもなくガクはひたすら風景に溶け込むようにしていた。


「さて、どのペアで行きますか?」

「…小海ちゃんと鷲羽さん…私と美濃さんでいい…」

「え?」


ガクは蓮華を自分が連れて行くつもりだったから思わず声に出してしまった。


「…そう、誰かと手を繋ぎたかったんだ…」


あづみが冷たい目でガクを見下ろす。

実際にはあづみの方が小さいので見上げているのだが、その迫力のせいでどう見ても見下ろされていた。


「ち、違うんだ。そういういやらしい事は考えてないんだよ。第一僕が女子の手を握れるような強いハートを持ってる訳ないでしょ」

「そんな自慢されてもね。ま、いいんじゃない。いやらしい男子は除いて女子同士で」

「ちょっと美濃さん?!人の話聞いてた?」


女子同士ペアを組んで、ようやく転移ができる。


「じゃあ、お先に行きますね。待ち合わせは大広場の噴水の前って事で。また後で〜」


小海と蓮華ペアが転移して行く。

転移に驚いた蓮華の「うひゃあ〜」という声を残して二人の姿が消える。


「おお、ホントにワープしたよ。これ危なくないの?」

「…多分…でも途中で手を離したら何処に行くか分からない…じゃあ、私達も行く…」

「え?え?何?こんなタイミングでぶっ込まないでよ!?怖っ!待って!ま」


今度は恵那の恐怖に怯えた声が残る。


(あれ、ワザと怖がらせたな。あづみもあんな事するんだな)


転移は一瞬の為手を離すどころではないので、あづみがからかっただけである。

最後に無言でガクが転移をすると公園はまた静けさを取り戻した。



転移が完了すると見慣れた路地裏に現れる。

待っている筈の蓮華達の所に急いで向かう。


表通りの大広場まで来ると人通りも多くなりすぐには見つけられない。


(あれ?何処だ。結構広いなここ。携帯、は繋がらないしな。そもそも誰も番号知らないや)


ようやく見つけたが、4人ともクレープを頬張っていた。


「何これ、おいし〜、この間、渋谷で食べたのより美味しいんだけど!」

「うん。なかなかイケるね。生地の材料がなんか違うね」

「ふおおおっ!こんな食べ物があるなんてっ!甘いしふわふわだし!もしかして神の食べ物?」

「…それは言い過ぎ…でもこれは本当に美味しい…今の食事は味はみんな同じだし食感も殆どゼリー状…」


前半の『ムンドゥス』組みは理解できるが後半の「アトモスフィア』組みの感想は理解出来なかった。


(千年も経つと料理とかは衰退しちゃうんだろうか)


「この短い時間で良く買って食べるまでいったね」

「あ、ガクくん!だってこれ美味しそうだったんだもの!」

「そうですよ。こんな神の食べ物を目の前にして我慢なんて女子には出来ません!」


後ろの二人にもうんうんと力強く頷かれては反論の余地もない。


「まあ、いいけどね。お金はどうしたの?」

「あ、私が払っておきました!経費で落ちるので幾らでも食べ放題です!」

「いや、食べ放題はまずいだろ…」

「ああ!魔道士様!また来てくださったんですね。嬉しいです!」

「アリスちゃん。こんにちは」


アリスが屋台の奥から出てきて嬉しそうに近づいて来る。


「はっ!この方々はもしや、魔道士様の奥様方ですか?流石魔道士様です!4人も奥様がいらっしゃるなんて!」

「アリスちゃん?僕はまだ結婚するような年じゃないし、だいたい4人も奥さんがいたら重婚じゃない」

「あれ?上位の貴族様は何人でも奥様を娶られていいと聞いたことがあるのですけど。でも、魔道士様はまだご結婚されていないんですね。では、その時は私も一員に入れくださいね。なんて」

「アリスちゃん、今はその冗談は困るかな」


背後から威圧がとてつもなくて、振り向く勇気はない。


「ほう。今度はこんな小さな子なんだー。さっきからガクくんの知り合いには小さい子が多いような気がするなー」

「待って、レンゲちゃん!アリスちゃんはそういうのじゃないから!」

「おお!私達はそういうのなんだ!」

「小海は少し黙ってような!ほら、この耳!ほらほら!話に出てきた獣人の子だよ!」


今になってアリスを始めとして周りの売り子達が皆獣耳をしているのに気付く。

クレープに夢中でそれどころではなかったようだ。


「きゃあ!ネコミミだー!可愛いー!触ってもいい?」

「え?は、はい」

「わお、ファンタジーっぽいのが出てきたね。これ本物だよね」


蓮華と恵那はアリスの耳に触れて、ようやく別世界に来たことを実感できたようだ。


「おほん、そっか。この子のお母さんの病気を治したんだね。アリスちゃんだっけ、良かったね、お母さんもう元気なんでしょ?」

「は、はい!お陰様で。ふああ、流石魔道士様の奥様候補のお方、お優しくしてくださって」

「お、奥様候補なんて、そんな!も、もうこの子とってもいい子ね!」


世界転移もして、猫耳少女にも会えたことでガクの話は実感できたので、もう用は済んだ筈なのだが、せっかくここまで来たのだから意地でも魔法を見てもらう事にする。

ガクにとっては感動した最初の魔法を手品扱いされて、実のところ悔しかったようだ。

街の外に出て街道をしばらく歩き、そこから道を少し外れて岩山地帯にまで来た。

ここなら誰もいない筈だし街道からも離れているので迷惑はかけないだろう。


「私あんまり当事者じゃないんだけど、ここまで来る必要あった?」

「まあまあ、恵那だってガクくんの魔法見たいでしょ?実感湧かないって言ってたじゃない」

「ガクくんの魔法は凄いんですよ!なんかこうバババッとしてバシッてなるんです!」

「…説明が下手過ぎ…」


小海が何故かガクの魔法を褒めようとするので、軽い魔法ではいけなくなってしまった空気になる。


(なんであいつはハードルを上げて来るんだよ!こうなったら威力はないけど迫力のある魔法で驚かすしかないか)


「アクティベート《ヘパイストスの金槌》!」


両手を上に向けるとそこから炎の玉が現れ、大玉ころがしの玉程の大きさにまで膨らんでくる。

炎の玉からは絶えず、ガチンッガチンッと音を立てて火花が散っている。

まるで巨人が金床に大きな金槌を打って鍛冶をしているように見える。

その火花を放つ炎の玉が岩山の先端に当たると火花が一気に広がり岩肌を削り取っていく。

炎の中心部では岩が溶け火花と共に辺りに飛び散っていく。

まるで巨大な花火に火が付いたような光景だ。


「うわー!きれい!」

「なかなか迫力あるじゃん」


尖った岩山が火花に削られていき、段々と下に降りてくる。


「…危険…」

「ふわわわ!ガクさん!止めた方が良くないですか!」

「くそ!またか!もう止めるよ!」


またキャンセルをして魔法を止める。

どうにも魔法の威力が大き過ぎて、いつも過剰な効力を発揮してしまう。

今回はキャンセルした直後に炎の玉も火花も消え去ったからまだ良かった。

これ以上の被害は無いだろう。


『!ALERT!緊急回避!生命活動に影響する攻撃を感知!自動防御システム作動 対ショック姿勢』


不快な警告音と共にアラート画面がされ、目の前にシャッターのような物が下からせり上がってくる。

ほぼ同時に「ガガガガガガッ」という音が鳴り響き、シャッター状の壁がこちら側に凹んでくる。


「な、何これ!何が起きてるの!」


蓮華が隣で叫ぶ。

ガクの周りには皆揃っている。

おそらく魔法でできているであろうこの壁は全員を護るだけのサイズに展開してあったが、先程の衝撃に耐えきれなくなり、ボロボロと崩れ始めている。

音が止み辺りは静けさを取り戻す。


「今のは攻撃、ですよね」

「…対物ライフル?」

「いや、このセグメントにはそんな物は無いから、魔法の類かそれに近いものだろう。みんな無事?」

「うん、大丈夫だよ」

「何とかね」

「私も何とも無いです!」

「…平気…」


『!警告!第二波感知!アンチマジックフィールド展開』


今度は丸い光の輪がいくつも浮かび上がり少しずつ重なり合いながら光の壁を作り上げる。

先程よりも索敵が進んだのか余裕のある防御展開になっていた。

半透明の壁の為、攻撃が迫り来るのが見えていた。

超高速度でやや放物線を描くその攻撃は青白く光る火の玉だった。

それが連続して次々と光の防壁に当たると、今度は「ボボボボ」と控えめな音と共に消えて言ってしまう。

まるで壁に吸い込まれていくようにこの殺意の塊が世界から無くなっていくのが見える。


「これなら大丈夫みたいだな」

「これって完全にこちらを攻撃対象にしていますよね」

「これだけの火力を短期間に二回続けられるのは凄い魔力だな」

「…それをどちらも防いでるのはもっと凄い…」


これで終わりだとは思えない。

まずは索敵をしてどんな相手なのかを知る必要がある。


「アクティベート《ヘイムダルの眼》」


周りには女子達4つの青い光がある。

そして攻撃があった方角には小さく強い光が紫色に光っていた。


(何この色。鑑定は…ダメか遠すぎる)


第三波が来るかと思いきや、紫の光点がフワリと浮かび上がり、大きさを増して来ている。

こちらに近づいて来ているのだ。


「まずい!敵がここに向かって来ている!」

「え?どうしよう。逃げた方がいいの?」

「ダメだ、速すぎる!もう来るぞ!」


突風が吹き荒れると体長10メートルはあるかという巨体がガク達の前に降り立った。


「ド、ドラゴン、だと」


長い首に太い体躯、硬そうな鱗が胴から長い尻尾の先まで覆っている。

竜族またはドラゴン族と呼ばれる種族である。


『我にホノオとイカズチを浴びせたのは汝らか』


「おお、竜さん喋った!」

「あの魔法に当たったのか。それはすまなかった!誰もいないと思ってたんだ!あんたを狙ったわけじゃ無いんだ!」


『それで赦されるとでも思うか』


「いや、本当に申し訳なかった!怪我してるなら回復するから赦してもらえないだろうか」


『駄目だ。我の鱗を焦がした罪は重い。死して償え!』


大きな口を開き牙をむき出しにする。

噛み砕こうと言うわけではなく、口から先程の攻撃を繰り出そうとしている。

いわゆるドラゴンブレスというものだ。

喉元が見え、その奥から光の塊が現れる。


「うおおっ!いきなりかよ!アクティベート《天羽々斬(あめのはばきり)》」


右手に光の剣が現れ、それを振ると数メートル離れているのに竜の硬い鱗に傷が付く。

ブレスを吐こうとしていた所だったが切られた衝撃で口の中のブレスは霧散してしまう。


『むう。この鱗をも切り裂くその剣、それは魔剣グラムか?英雄シグルズの剣を何故汝のようなただの人が持つ』


「いや、これは魔剣じゃないから。ヤマタノオロチを切った剣だから。攻撃して来るなら、悪いけどこの子達を護るためにも、こっちも行かせてもらうから」


光の剣を掲げドラゴンに向かって走る。

ガクが近づいた所でドラゴンは前足を振りおろす。

鋭く硬い爪を剣で受け止めるが、体重差が大きくこのままではすぐに潰されてしまう。

身体を捻り力を横に逸らして受け流す。


「アクティベート!《バインド》!!」


地面に付いたドラゴンの前足をそのまま魔法で縛り付ける。

力技で《バインド》の縛りを引っ張り剥がすが、その一瞬動きが止まる隙にガクは竜の胸元を深く斬りつける。


『グオオッ!』


「トドメだ!」


振り上げた剣を返し、ドラゴンの額目掛けて一気に振り下ろす。


「待って!ガクくん!ストオオップ!!」


叫んだのは蓮華だった。

小さい頃からガクが何か間違ったことをしたり危ない目に合いそうなときにはいつもこうやってガクの事を止めていた。

そのいつもの言葉にガクは条件反射で止まっていた。

他の人の声ではこうはいかなかっただろう。


「レンゲちゃん?どうしたの?なんでここで止めたのさ」


ガクの持つ光の剣はドラゴンまで届く物では無いが、その切れ味は離れていても届いている。

ギリギリで止められた斬撃はドラゴンの額を薄く斬っていた。

胸元と同じく緑色の血が額からも滲んで来ている。


「ドラゴンさん。いきなり攻撃した事は謝ります。でもこのまま戦ったら、このガクくんにドラゴンさんは倒されてしまいますよ。だったらここは素直にごめんなさいした方がいいと思いますよ」

「ん?」


『は?何故我が謝らなければならん。先に攻撃をしてきたのは汝らぞ。我は責める側では無いのか?』


「でもガクくんより弱いですよね!ガクくんはあなたより強いけど間違いを認めて謝った!それなのにあなたはガクくんに攻撃してきて、今も簡単に負けそうになったでしょう?もう此処からはあなたが悪くなってると思わないかな。だから負けたひとは謝って赦してもらうの!」


『何を…』


「ごめんなさいは?」


『ぬう。すまなんだ』


「むふぅ!よろしい!ガクくんもそんな危ない物振り回して、あんなに怪我させちゃってるじゃ無いの!ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさい」

「私じゃ無いよね!」

「あ、あう。その、ドラゴン、こっちこそ、ごめん」


『う、うむ、お互い様だ…』


「何これ。茶番なの?台本あるの?」

「恵那さん!大丈夫です!私も意味わかりませんもの!」

「…出来レース?…」


蓮華の滅茶苦茶な理論と勢いについさっきまで命のやり取りをしていたとは思えない空気に塗り替えられてしまった。

結局この一人と一匹は一人の少女によってどちらも敗北させられたのだった。

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