第16話 よろしくね!
「あ・な・た。起きて。朝よ」
そんな声を夢の中で聞く。
「あと5分…」
「もう。しょーがないな〜。目覚めのキスで起こしてあげる」
身の危険を察知して目を開けるガク。
「おい。何の真似だよ…」
「新婚さんごっこ」
「そう言いながら顔を近づけるな!くそっ、なんて馬鹿力だっ!待て!早まるな!」
小海が口を尖らせてガクの顔に近づけ、それをガクが両手で抑えようとするが何故か止まらずどんどん近づいてくる。
「…何してるの…小海ちゃん…」
なかなか降りてこないのであづみが呼びに来た。
「こ、これはちょっとふざけただけだよ!ホントだよ!」
「…あと少しでくっ付きそうだった…」
「あの、あづちゃん?こ、怖いんだけど」
「き、着替えるから二人は下に降りてて!」
朝から気が抜けない。
朝食の間も小海がまたふざけて食べさせてあげようしたり、それに対抗してあづみも真似をしていた。
ウサギまで参戦したがっていたが流石にそこまでは恥ずかしかったらしい。
(母さんも見ているのにやめてほしいよ)
ガク達の母親は二人を泊めることに大賛成だった。
ウサギがこっそりとどちらかがガクの彼女だと密告して面白がったのだ。
ちなみに父親は単身赴任中で一年近く不在だ。
母親とウサギの「どっちが彼女だ」の質問をかわしてガクは小海とあづみを連れて学校に向かった。
(こんなところをレンゲちゃんにでも見られたら何を言われるかわからない。見つからないようにさっさと職員室に連れて行こう)
職員室に行くと既に話が通っており、すんなりと二人の留学は受け入れられていた。
千年も経てば洗脳技術か催眠術のようなものが発展しているのだろうかとも思ったがよく考えると魔法のようなものが使えている時点でなんでもありだった。
恐らく洗脳に近い祝詞のようなものがあるのだろう。
二人は担任の教師と来るのでガクは一人だけ先に教室に来ていた。
自席に座ると蓮華がこちらを見ていた。
挨拶でもしようと口を開くが声が出なかった。
蓮華の表情が険しかったからだ。
殆ど睨まれていた。
(あ、これダメな奴だ。朝、見られていたよ、たぶん)
次の休み時間には冷や汗をたっぷりかくことが確定したガクは心積もりができている分良かったじゃないかと前向きなのか後ろ向きなのかよく分からない納得の仕方をしていた。
断念したとも言う。
担任の教師が入ってくると蓮華は前を向く。
一時的にだがホッとして一息ついたが、それもほんのひと時だった。
「今日からしばらくの間、このクラスに一時留学の生徒が入ることになりました。じゃあ二人とも!入ってきて!」
わざわざ廊下に待たせて、後から呼ぶと言う古典的な手法を使い二人を教室に招き入れる。
一人は明るく活発そうな美少女、もう一人は寡黙だが大人しそうで頭も良さそうな美少女、そんな見た目の二人が入ってくると教室は否応にもざわめき立つ。
(まあ、二人とも可愛いいもんな。任務とはいえこんな子が僕と話してくれるだけでも中々無い事だよな)
今更ながら、二人が仲良くしてくれて、そればかりか昨日は家に泊まってさえいると思うと、ガクは優越感に浸っていた。
(とは言っても、教頭先生に言われて任務として来ただけなんだしね。勘違いしたら負けだよ!)
あづみに続いて小海も自己紹介を済ませるとガクを見つけて手を振りニコッと微笑む。
教室中がザワッと震えたかのような音がする。
皆が小海の視線を追うとガクがいる。
ガクは冷や汗をかきながら必死に目線を逸らして必死に誤魔化した。
(やめてくれー。こういうので目立つのには免疫ないんだから)
担任の教師が職員室に帰ると教室は一気に沸き立つ。
二人の周りに生徒達が集まり質問責めにする。
「神祇学園ってどこにあるの?何県?」
「松川さん、髪きれ〜。お手入れどうしてるの?」
「二人ともあの霞沢くんの知り合いなの?」
ガクの席は離れていたが、聞き耳を立てて変な事を言い出さないかヒヤヒヤしていた。主に小海が。
「県ってなんですか?あ、そうか、廃県置州で習ったヤツだ!武州は確か、トウキョートだ!そうトウキョートの学園だよ」
「…この子変な事を言うけど、アニメやマンガが好きなだけ…あまり気にしないで…」
あづみがフォローを入れたお陰で、小海の言動がおかしいのは厨二な行動だと理解してもらえた。
ちなみに『アトモスフィア』では700年前に県が廃止になり道州制に変わっていた。
東京都と埼玉県の一部は合併して武蔵国または武州と言うように江戸時代の名前に戻っていた。
東京都という名前は日本史の教科書にしか載っていないため小海にはパッと出てこない呼び名だった。
小海のずれた発言のお陰もあってガクとの関係まで話がいかずに授業が始まった。
だが、これも束の間の休息なのだろうと、次の休み時間が色々と不安なガクだった。
一時間目は数学であったが、小海の「おお、古典数学だ」と言う発言も「手で計算するのなんて初めてです!」と言うのもあづみのフォローが効いた為、只のイタイ女子というイメージがついただけで済んだ。
休み時間になる度に質問に追われる二人だったが、流石に昼休みにまでなると治まってくる。
ガクとの間柄を聞かれた時に小海が「一緒に戦った戦友です!」と言って混乱した一幕もあったが、あづみが「そういうのに憧れてるだけ」と言う言葉に皆も「ああ、やっぱりね」と、小海のイタさに慣れ始めて来ていた。
ガクと小海はイトコ同士と言うことに話を合わせてあり、それをあづみが全て説明していた。
ここでも苦労人のあづみである。
昼休みになると同時に何人もの人が一斉に立ち上がる。
小海達を食事に誘うとしていたクラスメイト達、騒ぎに巻き込まれたくなかったので早々に立ち去ろうとしたガク、ガクと昼食を食べようと誘おうとした小海、そして、何の表情も浮かんでいない蓮華だった。
「霞沢くん。ちょっといいかな」
「は、はい」
(怖い。とうとう来たか。大丈夫、何もやましいことはない。堂々としてればいいんだ)
蓮華がガクを連れて教室を出て行くと、皆が思い思いの事を話し出す。
「やっぱり鷲羽さんってそうなの?趣味悪いよね」
「それはさすがに無いっしょ!だってアレだぜ!あり得なくね?」
皆の反応に小海とあづみは困惑する。
「あの、ガクくんは皆さんに嫌われてるんですか?」
「…小海ちゃん…ストレート過ぎ…」
「ははは、まあそんなとこかな、アイツオタクだし、キモいからね。相木さん達もあまり話さない方がいいよ」
「何で!?ガクくんは優しいし!カッコイイし!私の事守ってくれたんですよ!あ、私じゃなくてあづちゃんだった!でも、でも、私はそんなガクくんの事を尊敬しています!だからみんなそんなに嫌わないで下さい!」
周りの生徒達はいきなりの告白に唖然として固まってしまっている。
「あ、そ、そう。まあ、好みは人それぞれだよね!」
「う、うん。いいと思うよ。うん。お似合いだよ」
言葉とは裏腹に皆の顔は引きつっている。
今朝から少し変わった言動をしていると認識されている小海だけあって、男の趣味も変わっているのだ、と納得せざるを得なかった。
それでもこのストレート過ぎる言葉に少し感銘を受けている者も少なくなかった。
ガクのことを特に何とも思っていなかった者でも、同調圧力に負けて嫌ったり気持ち悪がるのが当然のように振舞っていた者が大半だった。
だが、今素直にガクの事を肯定した小海の言葉にその空気が崩され、ガクの事を見直す者も現れてくる。
まるで催眠術が解けたような光景である。
「そう言われると霞沢君って優しい所あるよね」
「私、教材を運んでたら、半分持ってくれた事あった!」
蓮華の友人でもあり最近はガクとも自然と話せるようになった恵那はその変貌ぶりを見てウンザリしていた。
(人の事は言えないけど、嫌な光景。今までのは何だったの?私もこうだったって思うと自己嫌悪で気持ち悪い。霞沢君に謝って赦されたい気分だわ。それも嫌な光景だけど)
他の生徒達よりは少しだけ早めに催眠術から覚めただけだから五十歩百歩だと言う気持ちと、その少しが優越感であり、また罪悪感を和らげているんだ、と言う気持ちで複雑な恵那であった。
(本当に催眠術にかかっていただけなら、まだ私も皆んなも救いがあったんだけどね。私はレンゲのお陰で少しだけ目覚めが早かっただけだもの)
恵那も罪の意識に苦しめられていた一人だった。
蓮華は焦っていた。
ガクが学校をサボり、しかも家に帰っていないと思えば、ウサギからガクに恋人ができたと告げられ、次の日にはその恋人と思わしき女子を引き連れて登校してきた。
自分のあずかり知らない所でガクに何かが起きている。
しかも、事件や事故などと言うのではなく色恋沙汰で、である。
(別にガクくんに彼女が出来たっていいじゃない!私には関係ないから!だから、これからガクくんに聞くのは、えーと、そう!どっちと付き合ってるかよ!二股なんじゃないの?って。二股は良くないわよ。だから、そこを聞かないとね!」
「レンゲちゃん。途中から声に出てるよ」
「なっ!何聞いてるのよスケベ!」
「そんな理不尽な…」
「で?どっちなの?」
「はあ…。何で皆んなそこを聞きたがるのさ。僕はあの二人とは付き合ってないよ。僕に彼女が出来るわけないでしょ。それはレンゲちゃんが良く知ってるじゃないか」
「本当に付き合ってないの?あの二人じゃなくて他の人って事はないの?」
「無いって。あの二人はちょっと事情があって、こっちにやる事があってきたんだ。僕はその手伝いって言うか、僕もそのやる事を頼まれてるんだけどね」
セグメント関係の事を話さずに説明するのは難しいが、今ここでその話をしても信じてもらえそうにない。
「その頼まれ事って話してくれないの?」
「えーと。話しても良いんだけど、ややこしい話だから今度家でゆっくり話すのでもいいかな」
「でもあの子達には話しているのよね」
「違う違う!あの二人は当事者みたいなものだから。僕はそれの手伝いを頼まれているだけだから」
「んー、んー!よし!分かった!ガクくんの言う事は理解した!私の嫌な話じゃ無いみたいだから許してあげる!だから、今度必ず話してね」
具体的な事は何も話していないのに今度でもいいと言ってくれる。
こんな時は蓮華の機嫌がいい証拠なのだが、先程までの険しい顔からの落差にガクは追いついていけない。
「僕が言うのも何だけど、後ででもいいの?」
「あの二人とは恋人じゃ無いんでしょ?それに危険な事はしてないんだったら、後でもいいよ。時間がかかる話ならじっくりと聞かないといけないしね!また泊まりに行くから」
最後だけ聞くと学校中の噂になりかねない台詞だが、当の本人達はその重大さには気付いていないようだ。
恵那と三人で昼食を取ろうと教室に戻ると、一斉にガクと蓮華に皆が注目する。
「え?何?」
「鷲羽さん!やっぱり霞沢君とデキてるの?」
「ええっ?何の話?今の間に何があったの?」
「霞沢もやるなあ。二股かける気かー!」
ガクを睨む蓮華。
首を横に降るガク。
「あの!ごめんなさい!私がガクくんの事、嫌わないでって言ったからみんなを困らせちゃって」
蓮華がまたガクを見て「どう言う事?」と目が語りかけてくる。
ガクも「わかるわけないよ」と首を竦める。
「えーと、相木さんと松川さんだっけ。二人もお昼一緒にどうかな?私の友達ももう一人いるけど、ガクくんも合わせて5人で」
今度は教室が緊張で包まれる。
後ろで「私を巻き込むなよ」と恵那の声がするが、皆スルーしている。
「はい!みんなでお食事嬉しいです!あづちゃんもいいよね」
「う、うん…」
5人が教室を出ると、何か一波乱起きそうな予感に再び教室は盛り上がっていた。
学食に来た5人は思い思いの食事を摂る。
少し遅くなったので学食は閑散としていた。
「さっきの嫌わないでって言うのは何の話かな」
食事も済んだころに蓮華が小海に切り出す。
「みんながガクくんの事を嫌っているみたいだったから、それで、言っちゃったんです。ガクくんは凄く優しくてカッコいい人なんだよって。だから嫌わないでって」
「そ、そう。ガクくん好かれてるのね」
ガクをジロッと見るが、ガクは涙目になって泣き出すのを我慢しているようだった。
それを見たら蓮華は嫌味を言う自分が恥ずかしくなっていた。
(こんな事なのに泣きそうなほど嬉しがるんだ。なんでガクくんにこんな顔をさせるのが私じゃないんだろう。私ならいつでも出来たはずなのに)
「二人はガクくんと随分と仲が良いみたいだけど、いつ頃知り合ったの?ガクくんからはそう言った話は聞いたことないから最近だよね」
そう言いながら蓮華は「何これ、私まるで浮気相手を追い込んでる彼女みたいじゃない」と落ち込む。
「えっと、会ったのは昨日?かな。それで今朝は一緒に戦ってあづちゃんを助けて、それから、えーっと」
「…小海ちゃん…詳しい話しをしたらガクくんが困る…」
「あ、そうか秘密だったっけ」
蓮華の顔が引きつるのを見てガクは慌てて訂正する。
「べ、別に秘密ってわけじゃないから全部話してもいいと思うよ。あれ?学園から秘密って言われてるとか?」
「それは大丈夫ですよ。現地の協力者とかたくさんいますから」
そこで恵那が手を挙げる。
「あのさ、ここは霞沢君が男らしく、びしっとレンゲに説明した方がいいと思うのよ。私がこのレンゲをなだめるのは嫌よ」
後日ゆっくりと話そうと思っていたガクだが、蓮華の精神衛生上良くなさそうだと判断して今説明する事にした。
セグメント・ワールドというゲームの事、魔法が使えるようになった事、二つのセグメントに行った時の事、そして小海とあづみとのセグメント戦の事を説明した。
突拍子も無い話の為に到底信じられないだろうと思いつつも出来るだけ嘘偽り無く正直に話した。
「全部本当の事なの?アニメの話とかじゃないの?」
恵那の反応は当然だった。
ガク自身も話していて嘘くさい作り話にしか聞こえないと思っていた。
「それで?セグメント?とかの話は理解したし、相木さん達のセグメントに行ってそこで出会ったというのも分かったわ。で?なんでたった1日でこんなに懐かれてるのよ!」
「気になるところ、そこ?他のはみんな信じるの?」
「ガクくんがちゃんと話すって言って話した事なんだから嘘があるわけないじゃない」
「そ、そう。レンゲが信じるなら私も信じてみるけど、でも、信じるのと実感が湧かないのは別なんだけど」
「そう言われるとそうだね。ねえ、ガクくん、魔法見せてよ!」
流石に学食で派手な魔法は使えない。
こんな時はいつものお試し魔法だ。
ステータス画面を開き魔法欄から《ファイヤボール(試し)》を選び出す。
ここで音声入力をする程の強い心は持ち合わせていない。
蓮華と恵那は何も無い所をトントンといじるガクを不思議そうに見る。
「えっと、じゃあ行くよ」
《ファイヤボール(試し)》を起動すると前に差し出した掌の上にポンッと小さな火の玉が出来て一瞬で消え去る。
「はい。今のが魔法だけど」
「手品ね」
「手品よね」
「今のは無いと思いますよ」
二人どころか小海にまでダメ出しをくらう。
隣であづみもコクコクと頷いて同意している。
(そんなにダメだったかな〜。これが初めて出来た時は嬉しかったんだけどな〜)
「ここじゃ大きな魔法なんて使ったら捕まっちゃうしどうしようかな」
「『カルディア』か『アクアヴィテ』に転移すれば、魔法撃ち放題じゃ無いですか?」
小海の提案にガクが賛同する。
「おお、たまには賢そうな事を言えるんだな。それで行こう」
「たまにはって、まあ、そうですけど」
放課後にいつも転移をしている公園まで行って『アクアヴィテ』に行き、街の外に出てから魔法を見せる事にした。
『アクアヴィテ』に転移した時点で魔法は実感出来るはずなのだがそこには誰も気づいていなかった。
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