第15話 平伏しなさい!
王宮に入るとナゼールはいつの間にかいなくなっていた。
その代わりに王宮使えの執事のような人に案内される。
「こちらでございます。どうぞ」
扉が開かれると部屋の中からの視線が一気に集まる。
誰もが仕立ての良い服を着ており、見た感じも貫禄のある人ばかりである。
「うえっ?!何ここ?みんなこっち睨んでるんだけど」
思わず間抜けな言葉を発してしまい、余計に気まずくなる。
(いきなり何なんだよ!ここに通して何をさせたいんだよ!あ、シャルルさん居た!手を振ったら怒られるかな)
大勢の大人達に睨まれて発想がおかしくなってくる。
「ガク殿!さあ、こちらへ。すまないがここに席を一つ用意してもらいたい」
「シャ、オルレアン公。ぼ、私はこの場に居て良いものなのでしょうか」
ここに居るのはおそらくこの国を支える偉い人なのだろうと考え、ガクはシャルルを公式な呼び方で呼び、言葉遣いも畏まったものにした。
こういった場は高校生にはあまり経験の無い事だが漫画や小説などから得た知識をフル動員して頑張ってみる。
(高校生じゃなくても普通は経験出来ないよ、こんな事)
「ああ、ガク殿は最重要人物なのだからここに居て貰いたい。国王、それに皆様方!この方がこの国を救ってくれる救世主です!そして、セグメント存亡の危機も必ずや回避してもらえます!」
(ええっ!急に何言っちゃってるのこの人!誰が救世主だって?救世主と書いてメシア。これじゃ明日世界を粛清しちゃうよ!)
「うむ。そのほうが世界を救ってくれるのか。どのようにしてこの縮まる世界を止めるのだ」
「国王!この様な素性の知れぬ者を信じなさるおつもりか。我ら枢機院が人族の叡智を結集して世界の危機を脱しまする!オルレアン公は何処ぞの平民を使い救世主だのとでっち上げ国王を誑かそうとしているに違いありませぬ!」
「むう。そうなのか?オルレアンよ。そなたは余を誑かすのか?」
「その様な事はございません。いざ戦となれば幾千もの魔物を一瞬で蹴散らす力を持ち、民の間に入れば人身掌握の叡智をもって心を掴みます。この者ならば必ず世界の縮小を止めてみせましょうぞ!」
(シャルルさん?!うわっ、汗びっしょりだよ。この人、勢いだけで話を広げてないか?どうするのさ、僕にそんな力無いからね)
「おお、その様な者がいるとは」
「王よ!騙されてはなりません!こんな若造にその様な力があるはずありません!」
「これではどちらの言い分が正しいのかわからぬな…。うむ。それであれば、調べてみると良いでは無いか」
「え?」
(え?って、シャルルさんさっきより汗だくだ。やっぱり行き当たりばったりで話をしてたな。さてどのタイミングで逃げようかな)
待つ事数分、魔法使いのローブ姿をして長い髭を蓄えた老人が現れる。
「召喚に従い参上致しました。この老人に何用でしょうか」
「おお、魔道士長アンブローズ・マーリンよ、よく来た。この者の素性、いや、何を持つ者なのかを見て貰いたい」
「ほう。謎掛けのようなものですかな?面白い、見てみよう」
そう言うと魔道士長マーリンは長く古い言葉の呪文を詠唱し始める。
ガクは動いたらいけないだろうと固まっていた。
隣でシャルルは真っ青になっているのが大丈夫だろうかと気になる。
誰もが一言も発せず魔道士長の呪文を聞いていた。
呪文が止まりローブから羊皮紙とペンを取り出し何かを書き始める。
ペンは羽根ペンの様だったがインクを一切付けずに魔道士長は書いていたので魔法のペンなのだろう。
書き終わるとドカッと椅子に座り込み額の汗をローブの裾で拭っていた。
「ふぃー。出来ましたぞ。しかしこれはまたとんでもない事になってますな」
「どうした?それが見た中身か?見せてみよ」
ガクの何かを調べたものが書かれた羊皮紙を国王に渡す。
「何と!!そんな馬鹿な!魔道士長!これは何かの間違いでは無いのか?」
「いえ。それが真実にございます」
「納得いかん!もう一度見るのだ!」
「結果は同じになるかと存じますが…。王の命とあらば今一度見るとしましょう」
(見たい!何が書いてあるのさ!)
隣でもシャルルが覗き込んでいた。
(シャルルさん!あれこっちに持ってこれませんか!)
(この雰囲気で出来るわけなかろう!ガクくんこそ魔法でチョチョイと覗けないのか!)
小声で言い合う二人を余所に魔道士長はもう一度ガクを調べる呪文を唱える。
国王の側に座っていた息子の第一王子が羊皮紙を覗き込むと、クワッと音がしたかのように目を見開きそのまま固まってしまう。
それを周りのみんなが見てじわじわと首を伸ばして覗き込もうとしている。
「出来ましたぞ!」
ビクウッ!!
覗き込もうとしていた全員が跳ね上がる。
「どれ。見せてみよ。………。先程のと同じでは無いか!」
「はい。むしろこの結果の正しさが証明されたかと」
「むう。皆も見てみよ」
ようやく周りにも見る事が許される。
同じ内容の物が二枚ある為、保守派とシャルル側とで同時に見る。
「これは!?魔道士長、このクラスの欄に書かれているのは本当に間違いではないのしょうか」
「くどい!おぬしはワシのマナを疑うのか?」
「い、いえ。失礼しました」
クラスというのはガクがステータスで見ている職業欄とほぼ同じものだった。
つまり、
「クラス 探求者、航界者、交渉人、神の御使い」
と書かれていた。
高校生や外交官という言葉は言い換えられてはいるが、そこは問題では無い。
(ああっ、やっぱり神の御使いはまずいよな)
「さて、この結果を信じるならばそなたは我が王国に神の声を届ける者と考えて良いのだろうか」
(さあ、どうする。出来れば嘘はつきたく無いけど、獣人達の為にはこの人達の考えを変えて貰いたい。ああっ、でも僕の一声でこの国をひっくり返すような事にはならないかな。『アトモスフィア』にとってはその方が良いんだろうけど)
ガクが葛藤をしている事で周りは焦りだす。
「勝手に御使い殿の事を調べたものだからお怒りになられたのでは?!こ、国王!早く謝られた方がいいのかと」
「な、何?!素性の分からぬものを調べるのは当たり前のことでは無いか」
「それは貴族や平民ならそうですが、相手は神の御使いですぞ!」
「余のせいなのか?!」
「ああ。ちょっと考え事をしてました。別に怒って無いですよ。あと、僕は神様の声を届けるとかはしないです。ですが、この世界が縮小するのを止めるのは手伝いましょう」
皆が安堵の表情になる。
「その代わり、獣人族の地位の復権。名誉の回復。今の生活の支援をお願いしたいです。彼らだけでもう何とか出来そうですけど、公式にも支持を表明してもらった方がいいですからね」
「う、うむ。了解した、各騎士団に対策をさせよう。公式な支援の表明は余が責任を持っていたそう」
保守派の者達が歯噛みして悔しがる。
「それから、『アトモスフィア』への侵攻も断念していただきたい」
「な!何故それを!まだ一部の者しか話していないのに」
「ギーズ公、余はその話は聞いて居らぬぞ」
「そ、それはまだ話を詰めてからと思いまして」
「既に魔物を率いて何度か攻めているようですが?」
「それは本当か!」
「も、申し訳ありません。功を急いでしまいました」
その二つを約束させると、今度はその見返りとして世界を救う手伝いをしなければならない。
いや、国からしたら世界を救う見返りに約束させられたのか。
そう考えると世界の存亡に対しては安い代償である。
「さて、どのように解決するおつもりか?」
「それは少し待ってもらえますか?『アトモスフィア』に行ってあちらにも話を付けてきます。うまくいけばどちらの世界も今よりひどくなる事は無くなると思います」
「おお、そうか、では信じて待つとしよう」
(まだ成功するとは限らないのに、あんまり素直に信じられるのも辛いものがあるな。ふふ、信じてくれて困るなんて今までに比べたら贅沢な悩みだな)
枢機院会議が終わりガクはシャルルと共に馬車に乗っていた。
「ああ、その、私は神の御使い殿には敬語を使った方が良いのだろうか?」
「いえいえ。今まで通りで構わないですよ。呼び方も変わらずでお願いします」
「そうか、なら、ガクくん!君は一体何者なんだね!初めはシャルロットにまとわり付く男の一人かと思っていたが、話を聞けば高い志を持ち、騎士団との共闘の話では凄まじい魔法を軽々と使ったと聞く。そして、今度は神の御使いだ!今日のここまでが全て君の思惑だったと言うのかね」
「そんな事ある訳ないじゃないですか。勢いだけで今の状況になってるんですよ。シャルルさんも同じみたいですけどね!」
「ううっ、あれは済まなかったよ。私ももう此処は引っ込みが付かないと思ってね。ガクくんを旗印にして強引にでも話を付けようしたのだが、まあ、結果が良ければ全て良しだ!ははは…やっぱり駄目か」
(意外とお茶目さんだな。さて、こっちの世界はうまくいきそうだ。後は『アトモスフィア』を説得して、と、まずは家に帰んないと、流石にウサギやレンゲちゃんが心配だ)
「しかし、良く王宮で会議をしているのが分かったね。急な事だったからナゼールにも今日の予定を伝える間も無く来てしまったから王宮に来ているのは誰も知らない筈なのだが」
「え?ナゼールさんは王宮に迷わず向かっていましたよ。王宮の人達も僕が来るのが分かっていたみたいですし、シャルルさんが手配してくれてるものだと思ってました」
「いや、私は昨日からずっと王宮詰めだったから、外部とは連絡できていなかった。誰かが伝えてくれたのか、だがガクくんが来るとは思いもしなかったしな」
「その割にはシャルルさんは僕が来て当然みたいに国王に話してませんでした?」
「急にガクくんが現れたから内心焦りまくっていたよ。もうこうなったら、最初から私が呼んでおいたことにしてしまえと思ってな。いつバレるかヒヤヒヤものだったよ」
(そこもアドリブだったのかよ。ある意味大物だな。まあこの胆力が無いと公爵なんて出来ないか)
シャルルに街の入り口まで送ってもらい、礼を言って別れる。
別れ際に「今度はシャルロットとの婚約発表だな!」と言われて苦笑いしか出来なかった。
ただのジョークだと思いたい。
紙とインクを買いにアニエスの店に行ったがまだ帰ってきてなかった。
まだ獣人達の所で手伝ってくれているのだろうか。
(今度また売れそうな物を仕入れて来てあげよう。バーサクモードのアニエスさんはちょっと怖いけど)
別の店で材料を揃えて《ビジターカード》を大量に作っておく。
(流石に収納関係のスキルが欲しくなってきたな)
今持っているスキルや魔法はゲームの中で作ったり会得した物ばかりのため、ゲームのシステムがやってくれていた事がすっぽりと抜けている。
ゲームではアイテムは魔法の袋で持てたし、カード類は課金すればいつでも何処でも手に入った。
今回も《ビジターカード》が品切れになって事で家に帰れなくなって苦労していた。
(まあ、そのお陰で新しい人と知り合えたし、アバター戦とか結構楽しかったしね)
少し前なら人と出会う事など極力避けていたガクが、小海達との出会いを嬉しく思っていた。
(また、会いに行ってみようかな)
そう考える事が出来た自分を誇らしく思いながら、ガクは《ビジターカード》を起動し、今度こそ自分の世界に帰る。
目を開くと家の近くの公園に居た。
誰にも見られて居ない事を確認すると急いで家に向かう。
何の連絡もせず丸一日経ってしまっているので、ウサギは心配しているかもしれない。
下手をすると捜索願いが出ている可能性もある。
その事に思い当たり焦りが増してくる。
「ただいま!」
勢いよく玄関を開けて家に入るが、誰も出てこない。
「あれ?そんなに気にされてない?もしかして、もう見放されちゃった?」
焦りと不安で真っ青な顔をしながらリビングに入ると、ウサギが振り返った。
「ありゃ、お兄ちゃん。おかえりー。遅かったねー」
「あ、ああ。た、ただいま。って!なんでここにいるのさ!」
ソファには小海とあづみが座って、地元の名物味噌ポテトを食べていた。
「もぐぁ。んぐっ、おかえりなさ〜い。遅いんでお先に頂いてますよ。早い者勝ちですからこれはあげませんよ!」
「…半日ぶり…この揚げジャガイモ美味しい…」
ウサギの反応が軽いのも気になるが、二人がここにいる事や普通に馴染んでいる事など聞きたい事が満載である。
ウサギが立ち上がりガクを引っ張って部屋の隅に連れて行く。
(んで?どっちなの?)
(どっちって何が?)
(んもう、しらばっくれちゃってぇ。お兄ちゃんの彼女だよ、か、の、じょ)
「はあ?ウサギ、何言ってんのさ」
(しぃー。聞こえるよ!あんなにメールじゃ自慢してきたのに急に恥ずかしくなっちゃった?)
(メール?ちょい待て)
後ろを向きスマートフォンを取り出す。
メールを見るとウサギとのやり取りが残っていた。
そう、『アトモスフィア』に居た時間に送った覚えの無いメールがそこにはあった。
(なんじゃこりゃ!こんなの送ってないよ!でもスマホはずっと持ってたし。あれ?無意識のうちにウサギに送ってたとか!?そんな馬鹿な)
「その話は後だ。それよりも二人が何故ここにいるかだよ」
「ええ〜。ケチ〜」
「あづみ、説明してくれるか?」
「はいは〜い!私がお話ししま〜す!」
「いや、あづみが良いんだけど」
「えっとですね。ガクさんが帰った後に教頭先生から話がありましてね〜」
「聞いちゃいねえ」
「ガクさんがいつ戻ってくるかわからないから、一緒にこっちに来て、監視、じゃなくてお手伝いして来いって」
教頭先生としては早く戻ってきて『アトモスフィア』の為になる事をして欲しいのだろう。
二人はガクの事を監視して、なるべく早く連れ帰るようにと言われている筈だ。
「それで休暇がてらこっちに留学して昔の世界、じゃなくて別の学校の事を知って来いだって。ガクさんの学校に明日からしばらく通う事になったので!」
「いや、二人は中学「私達同級生ですよね!だよね!ガクくん!」
「何を言って「ね!あづみちゃんもそう思うよね!同い年だと思うよね!」
「…思うとかの問題ではないけど…そういう訳だから…明日からよろしく…」
(昨日の今日で留学させて来たり、年齢詐称も簡単にやってのけるとか、どんな学校だよあそこは。いや違うか、千年も未来の技術ならこんな古いセキュリティとかザルみたいなものか)
「それで!小海さんとあづみさんとどっちがそうなの!もういいでしょ、二人の事情はわかったんだから!どっちなの!」
「ウサギなんか怖いよ…。こっちに来ているのは分かったけどなんでうちに居るのさ。留学なら宿泊先とか用意していはずでしょ」
「それがちょっとした手違いで泊まれなくなっちゃって、それで困っていたらガクさん…ガクくんの住所を聞いていたからとりあえず言ってみようかなって」
(絶対ワザとだよこれ。最初からうちに泊まろうとしているだろ)
「そうか、じゃあ、これから泊まるところを探しに行こう!僕も手伝うよ」
「ええっ!?この流れは、泊まっていきなよ、って言うところじゃないんですか!!」
「そうだよ、お兄ちゃん!小海さん達困ってるじゃない!それにどっちかは彼女なんでしょ?はっ!もしかしてお兄ちゃん二股なの!?そうなの!?だからバレないようにしてるの?」
小海とあづみが目を見開いてガクを見る。
ガクは面倒な事になりそうで逃げたくなる。
「…二股?」
「ちょっと待って、それは誤解だから」
「そうだよ、あづちゃん!ガクくんが恋人を作るのが二人だけって事は無いよ!ハーレム作る予定なんだよ!」
「小海はちょっと黙ってような」
「お兄ちゃん!?ハーレムなの?もしかして私やレンゲちゃんも入ってるの?」
「ウサギがなんで入るんだよ」
彼女が誰なのか、何故そんなメールがウサギに送られたのか、分からない事ばかりだったが、今夜は隣のウサギの部屋は夜通しうるさそうだと言う事はガクには分かっていた。
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