第14話 ビックリしたよ

「『カルディア』に行ってみて、あの世界の印象はどうでしたか?」

「どうでしょう。ずっと森の中でしたから、同じような場所ばかりでしたね。現地の人にも会いませんでしたし」

「それはそうでしょう。あのセグメントに人は殆どいません。文明も前期縄文式土器の時代ですので、日本全体でもその頃は数万人程度と言われています。ただ、あのセグメントはせいぜい数千人くらいしかいないようです」

「あそこも日本なんですか?ここもそうみたいですし割合的には多いですよね」


それにも理由があった。

『カルディア』も『アトモスフィア』も元はガクの世界と同様に丸い星の形をした地球上の世界であった。

だがある日、南アメリカ大陸のウルグアイ沖1200kmの地点に小さな空間の歪みが現れる。

それは次第に大きくなり南アメリカ大陸をすっぽりと飲み込む程になってしまう。


人類がまだ少なく文明も発展していなかった『カルディア』では何が起きたのかも分からず、人々はその空間の歪みの向こう側へ次々と消えていってしまう。

種の危機であると本能で察知する頃には南アメリカの丁度裏側にある日本列島の一部しか残っていなかった。


ある程度文明のある『アクアヴィテ』は何か良くない事が起きたとは気付くが、神の裁きや悪魔の仕業だという根拠のない理由しか思いつかず、なすすべも無く歪みに囚われてしまう。


『アトモスフィア』では科学的に調査をし、この不可思議な現象に抗おうとした。

だが、どんなに調べても歪みから出来るだけ遠くに逃げるという事以外の解決策は見出せなかった。


「今も世界は小さくなり続けているのです」

「…。『カルディア』の占領戦で徒歩圏内での占領なのに全体の数パーセントの占領率だと聞いて、違和感があったんです。それだけ小さくなっていたんですね」

「『カルディア』は今や半径100km程度しかありません。東京湾が収束点のようであとは関東平野が残るだけです」


どのセグメントでも人類、いや、世界そのものが消えてなくなるということをただ待つだけと絶望した頃に一つの答えが突如現れる。

ある世界では神の天啓であったり、ある世界では新物質の奇跡的な発見だったり、だ。

どれも全く違う物なのだが共通点はセグメントとという言葉とそのセグメントを渡り歩く異能がもたらされた。


天啓により授かった魔法の呪文でセグメントを転移したり、時空間を直接観測したり干渉するという新物質の性質を利用した時空間転送技術の開発をして、別セグメントを行き来し占領する事を覚えた。


「別のセグメントを占領すると、その分自分達のセグメントでの空間の歪みが引いていくのです。相手の残りの空間に対して占領した割合が大きい程復活する量は増えます。占領戦は本来その為に始めたものなのです」

「そんな!そんな事をしたら相手の世界はどんどん小さくなるじゃないですか!」

「そうです。ですが、全く知らない他の世界より自分達の世界を守る為にはこうするしかありません。『アトモスフィア』に隣接するセグメントは1000年前には1万を超えていたそうです。殆どが数10km程度のサイズですがね。それらを全て吸収した事でこの世界は歪みの発生から1000年間消えずに今のサイズを維持してきています」


ガクはあまりの事に言葉が出なくなる。

この世界を守る為に他の世界を喰らい生き残っている。

これではまるで世界という名の生き物が共喰いをしているようではないか。

いや、実際にそうなのかもしれない。


「我々も出来るだけ人類が少なくなった世界を標的にしています。だからこそ『アクアヴィテ』は今の政権には交代してもらいたいのです」

「もしかして今の『アクアヴィテ』の政権は他の世界に侵略しようとしているんですか?」

「正にそうです!我々もあらゆる手段で警告を出し続けているのですが、どうやら人族史上主義の度が過ぎるようで、我々の事まで異界の魔族扱いをする始末でして。ついこの間にも魔物を率いて威力偵察に来ていました」

「なるほど、シャルルさん達は種族による迫害を受けていましたから、その人達に政権を握って貰えば、異界のこちらとの対話も不可能ではないと言うわけですね」


王室は今や政権の傀儡と化しており、言うがまま何でも聞き入れてしまうようだ。

国王も世界の危機回避の為と何でも聞き入れていた事が仇になり異界への転移魔法などを独占されてしまうなど、政権の王国内での力を大きくさせてしまった。


「ですので、外交官殿には是非とも『アクアヴィテ』にて今の政権をひっくり返していただきたいのです」

「でも、さっきはこっちの世界でもっと活躍してくれっていってませんでした?どうせなら『アクアヴィテ』に僕を早く転移させた方が良くないですか?」

「それはそれ、これはこれ、です。我々の世界にもああいった恩恵を授けて頂かないと!」


何かまだ違和感がある。

ふと気付き慌ててステータス画面を開く。

職業欄を見ると


「職業:高校生、航界者、外交官、神の御使い」


となっていた。


(何でだよ!いきなり飛び過ぎだろ!職業のインフレが酷過ぎるよ!)


航界者はまだいい。字は違うが、海外に出れば航海者と言ってもおかしくはない。

外交官は高校生外交官などは無いだろうが、まだ1日外交官的な何かなら体験でありそうだ。

だが、最後のはあり得ない。

まず、神の御使いは職業ではないだろう、と。

百歩譲って職業だとしても、神様の使いであれば天使か何かでは無いのだろうか。


(僕は人をやめたつもりはないぞ)


ログを見ると、


>ヒューマノイド・デバイスが機能停止しました。

#世界管理局が強制ログインしました。

#ヒューマノイド・デバイスを修復します。

#修復モジュールの互換性がありません。

#コアモジュールを更新しました。

#ヒューマノイド・デバイスを修復しました。

#世界管理局がログアウトしました。

>神の御使いジョブの条件を満たしました。

>ヒューマノイド・デバイスが再起動しました。

>ユニット「松川あづみ」から修復術式を掛けられました。


こう書いてあった。


(あの攻撃をくらった時にこんな事が起こってたのか。そして、神の御使いはやっぱりジョブ扱いなのね)


また名前だけで、機能アップも何もしないジョブが増えてしまった。


「モニター中に僕の事を『見』ましたね」

「一生徒の証言をそのまま信じる訳にはいきませんからね。案の定、一番重要なものが見通せなかったようで。我が学園の生徒が色々と失礼をいたしました」

「そのジョブは名前だけと言うか、あまり意味が無いと言うか。それに僕は神様に何か言われて来た訳じゃ無いですからね」

「ええ、ええ、分かってますとも。此処には一個人としていらっしゃっていると。お立場はよく理解しておりますが、何卒この世界に救済の手を差し伸べて頂きたく」


教頭はガクの事をすっかり本物の神の御使いと信じ切ってしまっている。

ガクからすればこのジョブなどゲーム内でテキストが付いただけといった感覚である。

ガクと教頭は意図的に「神の御使い」というキーワードを出さずに会話をしていた為、両隣の女子二人は途中から意味が分からず話についていけなかった。

無論、何も考えていない飯田先生も話についていけなかった。


「分かりました。僕に何が出来るか分かりませんが、このセグメントでも何かお手伝いをしましょう。ただ、一旦帰らせて貰えませんか?無断で外泊をしてしまったし、『アクアヴィテ》も放ったままなので」

「そうですか!やって貰えますか!もちろん一度帰って頂いて構いませんよ。準備もありますでしょうしね!」

「い、いや、まだ何をするかも分かってないんで準備とか出来ないというか。まあいいや。とにかく航界券ください!」


教頭から航界券を受け取り元の世界へと戻ろうとする。


「…あの…ガクさん…」


あづみがしがみついてくる。


「うわっ、急にどうしたの?」

「…本当に戻ってくる?…また一緒にチームを組んでくれる?」

「うん。ちゃんと戻ってくるって。あのアバターも結構楽しかったし、また一緒にセグメント戦しよう」

「ふああっ!ガクさんが死亡フラグ立ててるよー!それ言っちゃダメなヤツだよー!」

「やめてくれよ。僕もそんな気がしてきたじゃ無いかよ」


一同不安になりつつもガクは航界券を掲げ起動する。


「アクティベート!《航界券》!」


視界が暗くなる直前、飯田先生以外の三人の表情が一瞬変化したような気がした。

三人が三人共違う表情であったが。


ガクは自分の世界ではなく『アクアヴィテ』に転移先を指定していた。

こちらの方が《ビジターカード》を大量に作りやすいというのもあるが、獣人や政権争いの話しを聞いた事で、どうなっているか気になって仕方なかった。


路地裏に入りアリス達の元へと向かう。

獣人達の住むエリアに来たが誰もいない。

アリスの家を覗いたがアリシアも居なかった。


(表通りかな?)


裏路地を出て表通りに出ると中央の広場に人集りが出来ていた。

人集りの原因は、獣人達がクレープを売っていてそれを買い求める客が行列を作っていたからであった。


(何でもう売ってるんだ?道具とか材料はどうしたんだ?)


「あ!魔道士様!こちらです!見てください!こんなに皆さん買ってくださって。美味しいって言ってくれるんです!」

「アリスちゃん。それは良かったんだけど、材料とか道具はどうしたの?」

「それは私達よう」

「おつ」


アニエスとブリギッドが追加の材料を持ってやってきた。


「アニエスさん。ブリギッド、さん?何でこの事だって分かったんですか?」

「私は商品を全て売り切ったから貴方に売上金を渡そうとしたんだけどねぇ。よおく考えたら貴方の連絡先知らなかったのよねぇ。それで困っていたら…」

「調べて連れてきた」


(いや、それじゃ分かんないよ)


「どうやらブリちゃんが貴方の事を調べたら、クレープ?って言うのを作るのが分かって、私の調達する資金で材料を買ってブリちゃんのフライパンで調理するからって、私の所に来たのよう」

「それで、ここに集まって来たんですか。助かりましたけど。ブリギッドさんもありがとうございます」

「大丈夫だ、問題ない」


(それ、死亡フラグじゃ…。本当にこの人、中の人がいるんじゃないのか?)


「それにしても思っていたより買ってくれる人が多いですね。獣人族に対してもっと冷たくされるのかと思っていましたよ」

「魔道士様。それはオルレアン公のおかげなのです」

「誰それ?」

「オルレアン公シャルル・ダングレーム様の事ですねぇ」

「シャルルさんか。おかげって、もうこんなに影響がある程動いてくれたのか!流石だな」

「魔道士様がオルレアン公を動かしてくれたのですね。この辺りにも獣人族の素敵な絵が飾られて、吟遊詩人が褒め称える歌を歌ってくれたのです。皆さん感動したって、クレープも買ってくれたのです」


(いくらこういったプロパガンダが無い時代だと言っても、こうも上手くいくものかね。元々シャルルさんの賛同者が多いって事なのかもしれないな)


「これならもう大丈夫かな。後は飽きられないように、色々なメニューを考えたり、宣伝も忘れないようにね」

「魔道士様はもうここへは来てくださらないのですか?」

「また遊びに来るよ。アリスちゃんのクレープを食べに必ず来るからね」

「はい!あ、お母さん!魔道士様が来てくださいました!」

「まあ、魔道士様!皆さんこんなに買ってくださって、美味しいって言って下さるんですよ!」

「もーお母さん、真似しないでよー!」


これが軌道に乗れば獣人達の生活もよくなって来るだろう。

周りの人の雰囲気も良いようだ。

アニエスは材料の仕入れ方を、ブリギッドはフライパンの手入れなどを教えてくれているようで、この後もちょくちょく様子を見てくれると言うので、その言葉に甘えてガクはシャルルの所に向かった。


シャルルの屋敷まで来たのは良いが、面会の約束などしておらず門の前で立ち尽くしていた。


(しまったな、こんなに早く事が動くとは思ってなかったから合いに行く方法が無いや。シャルさんの所にでも行ってみようかな)


「ガク様。ようこそいらっしゃいました」


諦めてシャルかジゼルにでも会いに行こうとした時に門の脇にある通用口が開き、そう声をかけられる。


「セバスチャンさん!」

「ナゼールでございます」

「ああっごめんなさい!ナゼールさん!あれ?よく僕がここに来たのが分かりましたね」

「ここへガク様がいらっしゃったときには至急お連れするようにとシャルル様より仰せつかっておりましたので、門の裏で待機しておりました」

「そ、それはどうも。至急って何かあったんですか?」

「それは移動中にお話いたします。さあ、こちらへどうぞ」


馬車がすぐそばに待機してありいつでも出発できるようにしてあった。

今日ここに来たのはガクの気まぐれに過ぎず、本当に来るとは限らなかった筈だが、それでも待ち続けていたのだろう。


(すぐに来てよかった。爺さんを外でずっと待たせた所だったよ)


「さて、それで、何があったんです?」

「昨日ガク様がお帰りになった後すぐにシャルル様は王宮へと赴きました。今までシャルル様に賛同頂いていた王族の方々や貴族様方にこの度の事を伝えるためです」


人族至上主義の保守派の貴族や王族が事実上政権の主導権を握っているが、その反対勢力としてシャルル達の革新派もかなりの数がいる。

大半が人族以外の種族だったり、人族以外の種族に関わりの深い者達だった。


「獣人達の地位回復の作戦をですか?そこまで派閥争いに影響のある話でも無いように思うんですけど」

「獣人はきっかけに過ぎません。獣人族は人族以外の種族、つまり亜人達が人族に迫害されて来たその象徴なのです。その解放を足掛かりにして派閥に属さない王族や貴族を取り込みたいとシャルル様達はお考えです」

「なるほど」

「思いの外、ガク様の宣伝作戦は効果が高く、今や貴族街では種族差別をなくして行こうという流れまで起き始めています」

「それで、今からその貴族街に行くんですか?」

「いいえ。シャルル様の元に向かっております」

「あ、そうですよね」



王宮にある中で一番大きな貴族院議場にて枢機院会議が開かれていた。

国王を始めとした王族達と上級貴族達で構成されている枢機院だが、その殆どが人族であり、人族がこの世界の主導力たる種族であると主張している保守派が半数以上を占めていた。


「獣人などと言う獣ごときを人族と同等に扱うなど神への冒涜だ!我ら人族は神に選ばれし高位な種族である!」

「そうだ!他の亜人共も人族によって赦されているのに過ぎないのだ!そんなに獣人を認めさせたいのであれば《神の五眷属》の地位を代わってあげればいいだろうさ」


各種族達の下の位置の地位を作る事でそれよりはマシだと思わせ、その地位には落ちたくないから余計に人族には逆らえなくなる。


「種族に差など無い!神は五種族全てが平等であるとお認めになったからこそ、どの種族とも眷属にしてくださった。そこから勝手に引きずり下ろすなど、むしろその方が神への冒涜ではないか!」

「貴族達も平民達も獣人族を受け入れておる。下を見て安堵し、下に落ちるのではと怯える世はもう終わるのだ!」


ここでこれまで成り行きを見ていた国王が意を決して口を開く。


「皆よ。私は今の王国を壊したくはないのだ。変化は求めぬ。今の王国の何が悪いのだ。良いではないか、獣人はヒトにあらず。人族こそ至高の種族である」

「おお!国王よ!よくぞ仰られた!人族こそ至高の種族!いやはや名言ですな!」

「そうですな!オルレアン公もこのような戯言はもうやめて頂きたい。これ以上いたずらに枢機院を乱すようであれば、如何にオルレアン公であっても唯ではすみませんぞ」


王国民が獣人を受け入れてくれた事や下級の貴族達の大多数が賛同してくれた事で流れは確実にこちらにあったが、実権を掴む保守派の支配力と何よりも国王が腑抜けていた。

国王は保守派貴族に亜人達が実力を付けると王政が崩されると、洗脳のごとく諭され続け今や保守派の思うがままに動いてくれる。

国王自身は何が善で何が悪かなどと言う判別は既にしておらず、永くに栄えたこの国を守る事だけを言動の元にしていた。


「会議中申し訳ありません!」

「何だ?ここが枢機院会議だと言うのが分からぬのか!最高議会ぞ!」

「はっ!大変申し訳ありません!ですが、オルレアン公がお呼びになった重要人物という方がお見えになりまして、ここへ通すようにと命令が下りていますので、お通ししてもよろしいでしょうか?」

「はあ?オルレアン公、これは何でしょうか?まだこの会議を乱されるおつもりか?」

「そのようなつもりはありません。ですが、この会議、いえ、この国、このセグメントの存亡にとって重要なお人ですので、お呼びしました。国王、よろしいですね?」

「我がセグメントにか!うむ、それであれば仕方ない。よい。ここへ通せ」


議場の重々しい扉が開くとガクが惚けた顔で立ち尽くしていた。


「うえっ?!何ここ?みんなこっち睨んでるんだけど」

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