第13話 ここ取った!
『レンゲちゃん
お兄ちゃんに彼女ができたって知ってる?』
(もし、知らなかったらレンゲちゃんにはショックだったかな。泣き崩れちゃうかも)
メールを送ってからウサギはその内容が蓮華にとってどれだけ衝撃的であるかに気付き、送った事を後悔していた。
ぴろん
『ウサちゃんは私を馬鹿にしてるのかしら?
そんなウソ信じるとでも思っていて?』
(あれ?なんか怖い…。口調も変だし)
『私も信じられなかったけどほんとみたい
今日休んだのも彼女の家に泊まっているからだって』
ぴろん
『今ウサちゃんから変なメールが届いたの
誰かウサちゃんのスマホ勝手にいじってない?
それかウサちゃん私の事嫌いになっちゃったの?
そんな意地悪を言う子だったの?」
(怖い、怖いよレンゲちゃん。実はヤンデレ属性あるの?)
その後もウサギが何を書いても蓮華は聞く耳を持たずウサギを怖がらせる返信ばかりしていた。
◇
「こっちも設置かんりょー。小海ー。占領どうぞー」
「はーい。よいしょっと、できたー!」
「…占領確認した…」
ガク達三人は他のメンバーと一緒に占領地区の端、つまり敵陣との境目まで来て占領地を拡大していた。
占領地は赤い線で囲まれて中も薄いピンク色が付いている。
実際にそういった色が塗られているわけではなく、網膜上にそう投影されているだけである。
隙間なく飛び地が出ないように少しずつ見える範囲で自陣を広げていく。
「なかなか進まないな。もっと大きく占領エリアを取れないの?」
「ええー、細かい方がいいんですよ。何でかは忘れましたけど」
「…地面が少しでも崩れると《結界陣》が解けるから早めに閉じるのがセオリー…」
地道な作業ではあるが、確実に敵の火力をそぎ落としていける。
ガクの《マーキング》を貼る速度が速いため、二人が近くで《結界陣》の祝詞を唱えている間にガクは一人だけ出来るだけ遠くまで移動出来るので他のチームよりもかなり進んでいた。
あまり1チームだけが進み過ぎてもいけない為、こうやって休憩を挟む余裕もあった。
三人でのんびりとおしゃべりをしていると、背後から隣のエリアを担当しているチームがやってきた。
「あ、おつかれー」
「ちっ、こっちはお前らかよ」
「ねぇ、ガリュー、こいつ練習用のアバターで来てるよ!ウケるー」
小海が声を掛けたのは、須坂 臥竜(すさか がりゅう)という学園でも珍しく前線に出て来こられる男子である。
その後にガリューに話しかけていたのは相生 御幸(あいおい みゆき)、金髪に派手なデコレーションがたっぷりのアバターである。
ガクはこの場に現れたチームメンバーの名前やステータスをAR表示で確認していた。
(全部で12人か。ここは皆んなステータスもかなり高いし学園のトップチームなのかな)
「この子はアバターを持ってないから私のを貸してるんだ!どうカワイイでしょ?」
「ふん。自分の機体も持てない奴が調子に乗るなよ。いくらスピードが早くても敵に勝てなきゃ意味ないからな。敵が来たら邪魔だから後ろにでも引っ込んでろ」
「ガリュー鬼強だかんね!ガリューがみんなやっつけるから、あんたらこの後何もする事ないし!」
(あれはギャルなのか?こっちの世界のギャルは微妙だな。男の方も貶しているようで実はいい事言っているし。意外といい奴?)
占領作業は順調に進み、かなり敵の拠点近くまで来ていた。
三人だけで突出するのは危険だという事で、ガリュー達のチームと足並みを揃えて進むことにした。
「敵よ!皆んな退がって!祓詞(はらえのことば)詠唱開始!」
四つ脚の獣のような魔物が数十体現れた。
見た目は狼のようにも熊のようにも見え、ガク達よりもはるかに体長は大きい。
「こんなのが出てくるのか!」
「これが、このセグメントのマガツイです!」
「ああ、マガツイって魔物みたいなものだっけ」
「はい!ガクさん危ないからもっと退がってください!こんな大きいマガツイ見たことないです!」
周りは祓詞を唱え終わり次々と魔法のようなものをマガツイに打ち込んでいる。
だが、たくさんのマガツイに囲まれて、攻撃が集中せずにたいしたダメージを与えられない。
前衛には透明なライオットシールドのような盾を持った生徒が数人構えてマガツイからの攻撃に耐えている。
日本の盾と違うのは盾の周りから光の盾が浮き出て広範囲を守ることができるようだ。
盾役が敵を押さえつけている間に後衛の魔法職が敵を削る方法のようだ。
(よし!ここで活躍していいところ見せてやる!)
「アクティベート!《ひのかがびこのかみ》!!」
右手を敵に向け、かっこ良く決めたつもりだったが、何も起きなかった。
「ガクさん、どうしたの?おなか痛くなっちゃった?」
「いや、何でもない、気にしないで」
「はっ!何だそいつは。俺たちの真似して適当な祓詞を叫んだだけか!とんだお荷物だな!」
「そんな事ないもん!ガクさんは外交官さんなんだから!凄いんだから!」
「いや、やめて…。それあんまり僕に関係ないから…」
「キモ!ボクっ子じゃん!ガイコーカンとか知らないし」
(ううっ、此処でもこういう扱いか…。小海達には悪い事したな。魔法も使えないし。何でだ?)
ログを見ると
>このヒューマノイド・デバイスは神格術式に対応していません
とあった。
アバター越しだと神の力を借りる魔法が使えないようである。
それなら小海達は何故魔法のようなものが使えているのか。
(あの祓詞で神力を引き出しているのか?)
「神力が使えないなら、属性魔法ならいけるか!アクティベート《サンダーボルト》!!」
バリバリと音を立てて魔法の雷がマガツイに突き刺さり黒焦げになって倒れる。
「ガクさん!?今何したんですか!すっごいカミナリがガクさんの指から出たんだけど!!」
「何だあいつ…。あんな変な祓詞だけで神の力を使っただと!?」
生徒達が祓詞に時間をかけている間にガクは次のマガツイにも魔法の雷を当てて倒していく。
何人かの祓詞が唱え終わりそうなのを見てガクは一体のマガツイに向かい支援魔法を使用する。
「アクティベート《バインド》。皆んなあのマガツイを狙え!今なら動かないぞ!」
ガクが《バインド》で動きを止めたマガツイに皆で神の力を集中させる。
一度に攻撃を受けてマガツイは倒れる。
「ナニコレ簡単に当たるじゃん。チョー楽っしょ。ウケるー」
「おいっ、何だその力は!そんなの聞いた事ないぞ!どんなズルしやがった」
「いや、別にいいだろ。ズルっちゃあズルだけど、戦闘が楽になるんだからさ」
皆がまた詠唱に入るとガクは属性魔法で敵を削っていき、詠唱が終わる頃になれば《バインド》で動かぬ標的になるようにした。
だが、敵も遠くで待っているだけではない。
一体のマガツイが盾役の隙間をすり抜けこちらまで迫ってくる。
盾役の回復をしようと少し前に出ていたあづみに向かって爪を振り下ろす。
「あづみ!アクティベート《アクセラレーション》!」
魔法で一時的に身体能力を上げ体の動きを早める。
あづみとマガツイの間にガクはアバターをねじ込みマガツイの攻撃を小さな身体全体で受ける。
「ぐわっ!これ痛みがそのまま伝わるのかよ。あづみ大丈夫か?」
「…ん…あり…がとう…」
あづみが背中にギュッと掴まる。
「いや、まだ目の前にいるんだけどさ。まあいいや。アクティベート《フリーズアロー》」
距離が近いため雷や炎ではこちらまで被害に遭うかもしれない為、氷の矢を打ち込み距離を開ける。
そこに周りからの一斉攻撃が当たりマガツイは倒れた。
「…回復する…」
「ああ、頼むよ。これ結構痛いんだな。あづみは怪我はない?」
「…ん…ガクさんのお陰でなんとも無い…あんな風に庇ってもらったの初めてだったから…嬉しかった…」
「ん?やっぱり何処か怪我したんじゃない?顔真っ赤だよ。痛いの我慢してるんじゃ」
「…大丈夫…びっくりしただけ…」
「そ、そう。それならいいんだけど」
あづみはガクの傷に手を当てて回復の祝詞を唱える。
みるみる内に傷が回復していく。
その様子を見て褒めようとあづみを見るとガクの事をずっと見つめていたのか目が合ってしまい、回復が終わってもそのまま固まってしまう。
「ガクさん!大丈夫?いきなり飛び出したからびっくりしちゃった!」
「うおー。小海か!あ、ごめん。アバター傷付けちゃったよ」
「平気ですよ。安物のアバターだし、祝詞で治るし、あづちゃんの祝詞なら傷跡残らないから問題ないです!あれ?あづちゃん、怒ってる?」
「…別に怒ってない…」
「ご、ごめんなさい!」
何故か勢いで土下座する小海。
ガクもつられて土下座しそうになる。
「うおい!回復したんなら早くさっきの動けなくするやつやってくれよ!」
「わ、わかったよ。二人とも後ろに戻るよ」
普段ならこのクラスの敵だともう少し時間がかかっていたようだが、ガクの《バインド》の支援により残りのマガツイも楽に倒せた。
「まあ、なんだ。小さい割には少しは役に立つようだな。どうせ中身は相木の後輩とかなんだろうが、アレよりはまだましだな」
「はあ、どうも」
「お前、名前は?」
「へ?ああ、僕は霞「ガリュー!そんなのに構ってないでこっちに来なってー!」
御幸がガクの言葉を遮りガリューを引っ張って行こうとする。
「カスミっていうのか。おいカスミ!今度は俺が守ってやるからな!そんな怪我はさせねえからな!」
「え、いや、名前違うし、僕は男、って行っちゃったよ。ナニコレ。守るとか言ってるんだけど」
「にやにや、なんだか面白そうな事になってきましたねぇ。カスミちゃん!うふ」
「…小海ちゃん…悪い顔になってる…あと口でにやにやって普通言わない…」
「本気で勘弁して欲しい…」
マガツイを全て倒し、ようやく一息つけるようになった。
倒したマガツイはそのままにしておくと、瘴気というものを吐き出し始め、周りの動植物を汚染して腐らせてしまうため、祝詞で浄化してから穴に埋めて焼却処分するらしい。
何人かの支援系のメンバーが祝詞を唱えて浄化をしている。
ガク達は浄化が終わるまでやる事がないので、その様子を眺めていた。
「おい、カスミ!お前さっき変な祝詞を唱えていたな。あれはなんなんだ!あとあのマガツイを固めるやつ。あれのやり方を教えろ!」
「うえっ?急になんだよ…。あれは祝詞じゃなくて術式をコールしてるだけだよ。呪文みたいなもんだ。固めたのは魔法だから、あんたは使えないんじゃないかな」
「ふん、ならいい。お前はこっちのチームに移れ!俺の側にいないと守れないだろ!」
「いや、なに言ってるんだよ」
「ちょっと須坂くん!私の妹を勝手に引き抜かないでよ!お姉ちゃんの私を通してくれないと困るんですけど!」
「小海もなに言ってるんだ。誰が妹だよ」
悪い顔をした小海がにやにやしながら調子に乗っているのを見てあづみは止めるべきか、ちょっと面白そうだから放っておくか悩んでいた。
「ほう、相木の妹だったか!ならお前も一緒にうちに入れ!そっちの松川もだ!まとめて入れてやる!」
「ガリューやめときなよー。こいつら暗いしダサいしウチらに合わなくね?」
「うるせえ!文句言うならお前が抜けろ!俺は相木カスミを守るって決めたんだよ!」
「え?やだ!ゴメン、今のウソだし!アイツらウチに入れよう!そうだよみんな仲間っしょ!」
(もう勝手にやっててくれよ。僕はこれでもう帰れるんだから)
「悪いけど、僕はもう此処には居なくなるよ。この二人にも今だけのチームを組んでもらっただけだから。学園に戻ったらすぐに帰らないと」
「…もう帰るの?…すぐ戻ってくる?」
涙目になったあづみがしがみつく様にして尋ねてくる。
「ああ、ええと、また遊びに来るよ!あっちに戻れば航界券と同じ様なものが作れるから、そうすれば気軽に来れるようななるからね」
「…約束…絶対にまた来て…」
「あづちゃん、どうしたの?」
「…何でもない…せっかくチーム作れたからまた占領戦したかっただけ…」
「そう…。あづちゃん、もしかして」
「え?」
「う、何でもない。私がこういうの気付いちゃいけないと思うから」
ガリュー達のチームとは別れベースキャンプまで戻ってから《アトモスフィア》セグメントに帰還した。
アバター自体は《カルディア》のベースキャンプに置いたままだ。
作戦行動室で目が覚めると両脇の二人も起き出した。
「おはようございます」
「別に寝てないからな」
「…小海ちゃんは帰って来るといつもこう…」
隣の戦術室に移動する際に男子が一人壁の端に寝ているのを見つける。
(あれがガリューかな。アバターとあんまり変わらないな。あっちはあのギャルっ子みたいだけどアバター程派手じゃないな)
戦術室には教頭と飯田先生が待っていた。
「おう!お前たちなかなかやるじゃないか!あのガリューを連携させたのも驚いたぞ!」
「ど、どうも」
「ゴホン!外交官殿。貴方の働きはモニターで見させてもらいました。その人数であそこまでの範囲を占領して、更にはマガツイを相当数撃破したのには流石としか言いようがありませんな」
「それじゃあ…」
「ですが!失礼ながら外交官殿の事を少し調べさせていただきました。『アクアヴィテ』セグメントでの活躍振りと比べますと、我がセグメントではやや控えめと言わざるを得ないですな」
『アクアヴィテ』でそんなに活躍した記憶はない。
それに別のセグメントでの行動を調べられるものなのか。
「ああ、誰かが転移して現地で聞き込みしたとか」
「まあ、それもあります。先程モニターで見たと言いましたよね。特定の人物ならモニタリングできるのですよ」
(つまり、以前からあの世界の誰かを監視していたのか。それも昨日僕が関係してた人物…)
「はっ!シャルルさんか!」
「ほう、よくわかりましたね。そうです、あのエルフの貴族は以前から監視対象としている重要人物なのです。そこに貴方が謁見したという記録が残っていましてね。調べると獣人族の人権回復をきっかけにして、保守派を引きずり下ろして、政変を狙っているそうではないですか」
「そ、そんな大それた事は考えてないですって!ただ、獣人達が苦しんでいるのを見過ごせなかっただけですよ」
『アクアヴィテ』に大きな国はあの王国一つしかなく、王国の政権はあのセグメントを支配する事と同じ事になる。
「貴方が住んでいる『ムンドゥス』セグメントは他とは違って『まだ』の世界ですからね。セグメントを維持し、他のセグメントから世界を奪い取る意味がまだわかりづらいのでしょう」
「意味?占領戦は相手の力を落とす為のものではないのですか?」
「それはどちらかと言うとオマケの様なものです。もっと緊迫した理由があるのですよ。だから貴方の行動によっては『アクアヴィテ』や、ここ『アトモスフィア』の未来が変わって来るかもしれないのです」
「どう言う事なんですか?僕はただの高校生ですよ!世界の未来が変わる程の事はできないですって!」
どちらにしても素直に返してくれそうにもないが、このまま帰ってしまえば、『アクアヴィテ』の未来がおかしくなるかもしれない。
ガクは自分が何か大きな失敗をしてしまったのではないかと心配だった。
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