第12話 手伝いましょう

ガクが男子寮生達と自分の世界のアニメが如何に優れているかということで、熱い議論を交わしているその頃、ガクの妹であるウサギは兄の事で苦悩していた。

それはガクが未だに帰宅していないからでは無い。

いや、ある意味帰宅していないから悩んでいるのではあるが。

それは、一通の「ガクからの」メールのせいである。


「さあて、どうしたもんかねー」


スマートフォンにはそのメールが表示されている。


『今日は友達の家に泊まるからお母さんに言っておいてくれないかな。明日は学校も休むから連絡よろしく』


「むー。また何か問題に巻き込まれてないのかな」


不安になってきたので兄へと返信をしてみる。


『お兄ちゃん、大丈夫なの?

おかしな事してない?』


ぴろん


「返信早っ」


『大丈夫だよ

ようやくできた友達だから大切にしたいんだ』


「んー。お兄ちゃんっぽくないなー。まあ最近表情も明るくなって来たし、その友達のお陰なのかな?」


ウサギは違和感の正体よりも母親にどう伝えるべきか、蓮華にも相談すべきかの方が考えの大部分を占めていた。



男子寮に泊めてもらったガクはオタク談義をしながら皆んなで寝落ちしてしまい硬い床で目が覚めていた。


「いてて、このまま寝ちゃったのか。でも久しぶりに有意義な時間を過ごせたな」


(結局、帰れなかった。ウサギはまた泣いてるだろうな。レンゲちゃんにも連絡がいってるだろうし、帰ってからが憂鬱だ)


それでもこの後小海達の学校へ行き、航界券を発行して貰えば今日の内には帰れる筈だ。

どうやって許してもらえるかは帰ってから考えればいいだろう。


「それじゃあ、行きましょう!私がご案内しますね!学校までの道なら私よく知ってるんで!お任せあれ!」

「小海ちゃん…生徒ならみんな知ってると思う…」

「……まあ、よろしく頼むよ」


小海達の通っている神祇学園中等部に着いた。

この学園は幼稚園から大学までの一貫教育を展開している。

小海とあづみに職員室へと案内してもらう。


「失礼しまーす!」

「…失礼します…」

「お邪魔します」


3人は小海達の担任の男性教師の所へと向かう。


「飯田先生!おはよーございまーす!」

「おはようございます…」

「おう、おはよう。どうした?朝から元気だな」


小海がガクとの出会いから帰れなくて困っている事などを興奮気味に説明する。

説明が足りない部分をあづみが補足して何とか要領を得たようだ。


「まあ、状況は理解したよ。君は若いのに外交官の仕事をしているなんて優秀なんだな!」

「あ、いえ、外交官はそういうのでも無いんですけど」

「ほほう!その上謙虚とは!お前らもこういうのを見習おうな!」


(暑苦しい先生だ。こういうのが一番苦手なんだよ)


だが今のガクはそんな事は言ってられない。

航界券を貰うまでは苦手でも愛想よくしなければと我慢していた。


「航界券は流石にほいほい出すわけには行かないからな。学園長に聞いてみるから、二人は学内を案内してあげなさい」

「いいんですか?僕はここの生徒でも、ましてやこの世界の人間でも無いんですよ」

「外交官殿にならむしろ観ていってくれた方がいいぞ!視察だ視察!ここはいい学園だからどんどん観て、地元に帰ったらいい報告をしてくれよな!」


小海とあづみに連れられて学校の中を案内してもらう。

観たからといって、この学校に通うわけでも無いし、外交官の仕事をしているわけでも無い。

それに周りの生徒達にジロジロ見られて居心地が悪い。


「なあ、もう別に案内はいいから何処かで待ってていいかな」

「ええー。ココからがいいとこなのにー。あそこに見えるのが上りと下りで段数が違う階段でしょー。その奥にあるのが開かずの間の理科準備室でしょー」

「…学園の七不思議には興味ないと思う…」


小海が急に立ち止まり指を動かして何かを操作している。


「飯田先生が学園長室に来て欲しいだって。私とあづちゃんも一緒に来てくれって書いてある」


学園長室に行くと見た感じはガクの母親くらいの年齢の女性が座っていた。

机の上には学園長とあるのでこの女性が学園長なのだろう。

側には飯田先生ともう一人五十代の男性が立っていた。


「ようこそ我が学園へ。わたくしがこの学園の学園長をしている神楽橋(かぐらばし)といいます。外交官殿、何やらお困りのようで」

「は、はじめまして、霞沢 岳と申します。元のセグメントに帰れなくなってしまいまして、航界券というのを譲っていただければと思うのですが」

「このセグメントには、政府への交渉か何かで?」

「あ、いえ、外交官というのは、そのなんと言えばいいか難しいのですが」

「そうですね。秘匿任務というのもあるでしょう。ところで航界券ですが、発行や作製にお金が掛かるというのもあるのですが、これの製作には貴重な素材がたくさん使われております」


(お金なんて無いしどうするか。この話の流れだと別の貴重なアイテムを差し出せとかになるのか?)


飯田先生の隣にいたどうやら教頭先生らしい男性がゴホンと咳払いをしてから話し出す。


「えー、学園長は外交官殿にセグメント戦にて戦果をあげていただければ、貴重で!高価な!航界券を無償でお渡しするのも吝かでないと申しております」


(そう来たか。セグメント戦はゲーム内だとあまりやった事が無いけど、占領して行くだけなら何とかなるかな)


「分かりました。セグメント戦に参加します」

「おお、そうですか、そうですか、ではそこの二人と一緒にお願いできますかな」

「外交官殿のお力を期待していますよ」


(変なことになったけど、さっさと終わらせて早く家に帰ろう)


小海達と今度は戦術室という教室に来ていた。

セグメント戦には直接転移をして敵世界の陣地を占領していくのがゲームでのやり方だが、此処ではアバターを転移させて本人はこちらの世界にいたままで戦うようだ。


小海がセグメント戦の準備をしてくれるようだ。


「アバターを操作するのには学園のサーバーに繋がないと行けないんですけど、ガクさんの《神鏡(みかがみ)》はそれに対応してますか?」

「みかがみ?」

「えっと、これです」


空間を指で操作すると、ガクがいつも見ているステータスウィンドウにそっくりなウィンドウが空中に現れる。


「ああ、ステータスウィンドウか。これって他人に見せる事もできるんだ。どうやってやるの?」

「設定から表示モードで公開を選ぶと見えるようになりますよ」

「ここをこうして、どう?見えるようになったかな?」

「うわー、これがガクさんの《神鏡》?見せて見せて!」


小海が横から覗き込んでくる。

あづみも近寄って覗き込んで来たため、二人に挟まれてしまいガクは固まってしまう。


(やめてくれよ。女子にそんなに囲まれる事なんてないから、動けなくなるじゃないか)


「うわー、魔法だー。ガクさんは魔法少女なんですね」

「…ガクさんは少女ではないと思う…」


(近い近い!肩が触れてるし!いい匂いするし!もう勘弁してください)


普段なら羨ましがる場面だが、いざ自分が同じ目にあってみると冷や汗しか出てこない。


「あ、あのさ、もういいかな?次はどうするの?」

「あああ、ごめんなさい!でも、このタイプって見た事が無いですね〜。サーバーに繋ぐ項目が無いから、通信用にナノマシンと、あといくつかのアプリをインストールしないとダメみたいですよ」


あづみが棚からいくつかの小瓶と注射器のような物を取り出してくる。

小瓶には汎用ナノマシンやらネットワークナノマシンやら書いてある。

小瓶から注射器に中の液体を吸い出してから、ガクを見てニコリと笑顔を見せるあづみ。


「え、何?ちょっと怖いんだけど」

「…大丈夫…小海ちゃんにも打ったことがあるし…」

「小海!ほんとか?」

「え。あ、うん、そう、だったかな?」

「え?なんで記憶曖昧なの?トラウマになる程だったの?」

「…ちょっとチクっとするだけ…小海ちゃんはそっち抑えて…」


チクっとどころでは無い激痛がこの後5本分続くのだが、4本目からはガクは気を失っていて痛みを感じずに済んだのは不幸中の幸いであった。


「おお!見える、見えるぞ!」


目が覚めたガクはすっかりと注射の事は忘れていた。

無かった事にした方がいい事もある、と思いたかっただけかもしれないが。

注射には半有機体ナノマシンというのが入っていて、血管から体内全体に広がり一定数まで増殖するのだそうだ。

そのナノマシンがステータスウィンドウを含めて機能アップをしてくれるらしい。

ガクは追加機能の内、セグメント戦で使用する戦術表示を試していた。

ウィンドウのような表示では無く、表示対象に張り付くように情報が脳内に映し出されている。

スマートフォンのAR表示や戦闘機などのHUDのようなものだ。


「小海達の個人情報も普通に表示されてるけど、これって誰が入力してるんだ?」

「基本的には私達本人が学園のサーバーに入れている情報ですけど、能力値とかはナノマシンからの情報だそうですよ」

「じゃあ、この身長、体重、スリーサイズは自己申告なの?こんなの公開していいの?」

「え?ちょっと待ってください!なんでそこまで見えるんですか!消してください!と言うか見ないで!」

「…記憶消す方法…検索…」


小海達の情報は名前や各ステータス値に留まらず、身体情報や学園での成績なども詳しく表示されていた。

外交官という肩書きにより学園長並みの権限が与えられているようだ。

二人の、特に小海の涙目の懇願と、ごちゃごちゃして見づらいという理由から、最低限の情報になるように設定を変えた。


「これでアバターにも接続できるようになったのかな?」

「はい、あとはやってみるしかないですね」

「いきなり実戦!?大丈夫なの?」

「占領地がいくつかあるので、そこで慣らしていけますよ。なれるよりなろう、ですよ!」

「小海ちゃん…習うより慣れろ、だから…」



昼休みになり、兄の事が心配で仕方の無いウサギは兄にメールを送っていた。


『今友達の家?

危険な事してない?

今日は帰れる?』


ぴろん


(返信は早いんだよなあ)


『心配かけてごめん。ウサギにだけは伝えておくよ』


(え?何?怖い)


『実は昨日彼女が出来たんだ

友達の家は嘘で彼女の家に泊まってた

今日は二人でサボり』


「へ?何これ」

「どしたの、ウサギ」

「うえっ!?ななな何でもない!ないない!」


(ウソでしょー!!お兄ちゃんに彼女ー!?そんな訳ないよ!あのキモオタのお兄ちゃんだよ!レンゲちゃんと私くらいしか相手しないお兄ちゃんに!彼女!って、もしかしてレンゲちゃん?いやいや、今朝レンゲちゃんと家を出たし。じゃあ誰がそんな物好きな!)


『そんなウソつかなくていいんだよ

うちに帰りづらいの?

わたし何か嫌なこと言っちゃった?』


『ウソじゃないよ

今度紹介するよ

同じクラスの子

ウサギもきっと仲良くなれるよ』


「そんな…。ホントなの?お兄ちゃんに…」

「ウサギマジ大丈夫?」

「う、うん、全然へーき…」

「全然大丈夫に見えないんだけど…」


(レンゲちゃんならいいかなって思ってたのに違う人なんて嫌だな)



「さあ!セグメント戦に行ってみましょー!」

「元気だな」

「…小海ちゃんは『カルディア』とのセグメント戦が好物…」

「『カルディア』ってセグメントの名前だったっけ」


戦術室で簡単な講義を小海達から受けていた。

今ガクがいる小海達のセグメントは『アトモスフィア』といい、西暦3185年なのだそうだ。

ガクの世界『ムンドゥス』よりも千年以上未来の世界だった。

昨日までいた『アクアヴィテ』は1125年のヨーロッパ

中心の世界だというからここも千年近く離れていた。

ところがこれから占領戦をする『カルディア』は紀元前4557年だというからこの世界とは八千年近い差があることになる。

もう一つ『ブリオングロード』というセグメントがあり、全部で5つのセグメントがお互い隣り合わせになって境界面が接しているらしい。

境界面といっても実際には時空間上の面であって、目に見える面では無い。

授業では5つの球体がくっついている模型で説明しているため、境界面という言葉になっているに過ぎない。

この隣合わせになっているセグメント同士は転移が簡単だったり、ランダム転移で選ばれる確率が高いと言うだけで他にもある無数のセグメントとはあまり違いはない。


「隣同士のセグメントだと、たまに勝手に繋がって転移してしまう事もあって、昔は神隠しとか言われていた原因ですね〜」

「それも授業で習ったのか」

「はい!昨日習ったばかりです!えへへ〜」


占領戦では相手セグメントの領地を占領して行く事でそのセグメントで消費可能なエーテル量を減らす事ができる。

エーテルは世界に充満している魔力であり、神の力でもある。

そのエーテルが減る事でそのセグメントの住人は魔力が落ち、神の力を借りる魔法は威力が落ちてしまう。

魔力重視のセグメントを落とす場合にはまず占領していき火力を落としてから攻めるのがセオリーになる。


「《結界陣》は貼れますか?こういうのです。これで囲って占領していくんですけど」


小海が足元を指差し祝詞を唱えると地面に光る模様が浮かび上がった。


「それは出来ないけど、これでも上手く繋がるかな?」


ガクは《マーキング》を地面に打ち込む。

蓮華などに付けた《マーキング》はゲーム内では占領をする為にも使っていた。

見た目は違うが機能が同じなら使える筈だ。


「…私も貼ってみる…」


三人で付けた印に囲まれた三角のエリアが占領エリアとして表示される。

この後一定期間占領状態を維持できれば占領地となるが、今は『アトモスフィア』内なので既に自陣であるため、このまま占領エリアがここにあっても何も起きない。


「上手くいきましたね。では、占領戦にいってみましょうか」


戦術室の隣にある作戦行動室に入ると、そこは畳の部屋になっていて何人もの生徒達が寝ていた。

その生徒達の頭上にはグレーのマーカーが浮いていた。


(あれって、気絶している時とかの表示だよな)


「普通の生徒達はみんなここで雑魚寝です!あそこ空いてますよ!ほらガクさんもこっちに来て!」

「え?男女一緒なの?平気なの?」

「男子は基本的には後方支援なので、此処には入らないですね」


周りを見渡すと確かに女子だらけだった。


「僕はどこか別の部屋に行くよ」

「ダメですよ!体調管理とか緊急離脱の対応とかするからこの部屋で一緒にいないといけませんよ!」


せめて端にと言ったのだが、結局小海とあづみに挟まれることになってしまう。

後方支援の生徒や教師が常時チェックをしているので、特に気にしていないらしい。


「じゃあ、行きますよ!《神鏡》の転移の欄から『カルディア』のベースキャンプを選んでください」


(あれ?これ転移できるんだ。このまま家に戻ったら怒るかな。あ、ダメだ、『カルディア』と『ブリオングロード』しか選べないや)


「ガクさん?寝ちゃいました?」

「いや、起きてるよ。ほい、選んだよ」

「後は先生がアバター転移をやってくれますから、寝ないでくださいね」

「寝ないって」


一瞬景色が歪んだと思ったら森の中にいた。

正常に『カルディア』へと転移できたようだ。


「上手く転移できましたね。アバターの動きはどうですか?ムズムズしてません?」

「ムズムズはしてないよ。うん、ちょっと動きが遅れるけど動かせるよ。これがアバターなんだ、感覚が面白いね。ロボットを操縦しているみたい」

「ロボットって何ですか?」

「こっちには無いんだ。機械仕掛けの人形の事だよ」

「デウス・エクス・マキナみたいなものですか」

「そういう言葉はあるんだ。神様じゃ無いけどね。あれ?何で僕もスカート履いてるの?」


足元を見るとガクのアバターはスカート姿であった。

髪の毛も長く、肩より下まであった。


「…このアバター小海ちゃんの予備機…」

「これしか余ってるの無かったんだもん。男子でアバター操作できる人ほとんどいないから、他も女子用しかないし」


(僕はいま女装、じゃなくて女子化しているのか。これ昨日の男子達に話したらまた盛り上がりそうだ)


「細かいことを気にしちゃダメです!それにガクさんとっても可愛いですよ」

「…自画自賛になってる…」


二人のアバターは現実の姿に似ていたがどちらもやや大人びていた。

大学生位の年齢に調整するのが流行りなのだそうだ。

ガクの小海アバターはやや歳下に設定されており小学生高学年程度の年齢に見える。


「よーし!それじゃあ早速陣地取りに行きましょう!お姉ちゃんについて来なさい!」

「誰がお姉ちゃんだよ、見た目だけじゃないか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る