第11話 ここは何処?

やってしまった。

疲れてぼうっと考え事をしながらそ操作をしたせいで、ランダムに世界転移をしてしまった。


(ヤバい。《ビジターカード》が無い!日本とか『アクアヴィテ』なら材料が揃うけど、文明レベルが低いとおしまいだ)


転移が済み、目が慣れてくるとそこは日本の街だった。


(あれ?日本に戻ってる?ランダムを選んでたと思ってたけど『ムンドゥス』をちゃんと選んでたのか?)


だが、その考えは即座に否定される。

基本的には日本の家屋が並ぶ街並みなのだが、走っている自動車が浮いていた。


(おう…。ダメだった…。でもまあ、これだけ日本に近い世界なら材料は揃うだろう。後はお金がない事だよな。ここも円じゃないかな。ああっ!もしここの通貨が円でも僕お金持ってないや)


『アウアヴィテ』の通貨ならまだたくさん残っているが、日本のお金はさっき使い果たしてしまっていた。

幸い金粉とブラッドストーンはまだ残っていた為、紙とインクさえあれば日本に帰れる。


(誰かに譲ってもらうしかないな)


「そこの人!止まりなさい!」


背後から女性の声がかかる。

言葉からしてもとても好意的とは思えない。

このまま逃げてしまおうか悩んだが、来たばかりの世界で揉め事は避けたい。

大人しく振り返る。


「えっと、僕の事でしょうか?」

「当たり前でしょ!両手を頭の後ろに組んでください!おかしな真似をしたら、えっと、《第2種捕縛操術》であなたを捕縛します。私は《神祇省三等御巫官(じんぎしょうさんとうみかんなぎかん)》の相木 小海(あいき こうみ)です。大人しく従ってください」


そこにはブレザーの制服姿をした黒髪ポニーテールの学生がいて、スマートフォンの様なものをこちらに見せていた。

言っている事と見た感じにギャップがあり過ぎる。

黒く大きな瞳がくりくりとして、よく言えば元気よく、悪く言えばアホっぽい表情でガクを見ていた。


「な、なんで、急に僕を捕まえようとするんですか?何もしていないですよ」

「しらばっくれないでください!その《朱の御印》が丸見えです!」

「シュノミシルシ?」

「それですよ!そ、れ!」


少女がガクの頭上を指し示す。

見上げると確かに赤いマーカーが浮かんでいる。

ガクはここの住人ではないので赤く灯るのは分かる。


「って、君にはこのマーカーが見えるの!?」

「何当たり前の事を言ってるんですか!貴方だって何処かのセグメントから来たのでしょう?だったら《御印》の見分け方くらい知ってますよね」


セグメントの名前がここで出る。

『アクアヴィテ』とは違いここの住人はセグメントを認識しているらしい。


「うん。マーカーの色で判断するのは知ってるけど、君は赤いマーカーの人を見たら問答無用で捕縛しちゃうの?」

「???だって《朱の御印》は《禍津日(まがつい)》の兆しですよね」

「マガツイ?」

「簡単に言えば魔物の事です。貴方は魔物の国から来たアバターなんじゃないですか?」


(和風な言葉ばかりだと思ったら、ちょくちょく英語が混じるんだな)


「赤いマーカーは別セグメントから来た表示だよ。僕のセグメントは魔物なんていない世界だし、僕自身も人間だよ」

「あ、あれ?そ、そんな筈ないですよ。だって、昨日の授業で先生が言ってたんですもん!」

「見た感じ僕が魔物、、そのマガツイに見える?」

「い、いえ。でも、でも、アバターは多少は見た目を変えられるし、、いえそうですよね、マガツイがこんなに人っぽいわけないですよね。す、すみません!私あんまり授業聴いてなくていつも怒られるんです!」


それをここで謝られても困るだけである。


「僕が言うのもなんだけど、そんなにあっさり疑っている人の言う事を信じちゃっていいの?」

「そ、そうでした!あの、念のために身元の確認をさせてくれませんか?私、一応御巫官なんで身元が分からない人は確認しないと後で怒られるんです」

「良いけどどうやるの?」

「あ、良いですか?それじゃあ今やっちゃいますね!《常世思金神(とこよのおもいかね) 広き厚き恩頼を蒙らしめ給へと(ひろきあつきみたまのふゆをかがふらしめたまへと) 恐み恐み白す(かしこみかしこみもうす)》」


もはや何を言っているのか全く分からなかった。

これがこのセグメントの呪文なのだろう。


「うわわっ!貴方は『ムンドゥス』セグメントの外交官の方だったんですね!そうならそうと先に言ってくださいよ!へえ、霞沢 岳さんか」

「セグメント名も分かっちゃうんだ。その魔法凄いね」

「魔法じゃなくて祝詞(のりと)です!ほんとはもっと長いんですけど、私覚えられなくてあの長さが覚えられるギリギリだったんです。でもそしたら上手くいっちゃって、それなら短くてもいいかなって。えへ」


(これはあれだ。アホの子だ)


「あと外交官って何さ」

「ええー?外交官もわからないんですかあ?うぷぷっ、アホの子ですかー?」

「むかっ君には言われたくないよ!」

「うえ?な、なんで?」

「外交官は知ってるけど僕は別に外交官じゃないよ。普通の高校生だよ」

「あれー?だってほら!ここに外交官って出てますよ」

「見えないんだけど」

「あ、そうか自分にしか見えないんだった」


ガクに自覚は無くとも、身元確認の結果は『ムンドゥス』の外交官と言う事になったので、小海もガクの事はそのつもりで扱うようだ。


「君は公務員なの?」

「はい!神祇省常世の国対策課に所属する《三等御巫官》です。でも普段は中学生やってます!うちの学園は神祇科があるので《御巫》をやっている人はいっぱいいるんです」


(いよいよ何を言っているのかさっぱり分からなくなってきたぞ!でも素直に質問するとまた馬鹿にされそうだから絶対聞かない)


「元のセグメントに帰りたいんだけど、《ビジターカード》が無くって帰れないんだ。何処かで貰えたりするかな?自分で作れるから材料でもいいんだけど」

「ええっ?!外交官さんなら外交官ビザじゃないんですか?それに『びじたあかあど?』って旅券の事ですか?それを自作したら偽造ですよね。流石に外交官さんでも偽造は鬼ヤバいですよ」


(こっちでも鬼ヤバいって言うんだ)


「ビザが無くなるって期限切れとかじゃ無いんですよね。授業で習ったばかりだから私分かりますよ!期限切れじゃなかったら有りますよね。ほらこう言う画面の所に」

「いやだから見えないって」


また小海は自分のウィンドウを見せようとする。

そこでガクは気付く、この子にもウィンドウが表示されているのだという事に。

そして、外交官ビザがウィンドウ上で見ることができるという事に。

ガクは自分のステータスウィンドウを開き片っ端から中を見てみる。

自分で外交官ビザを取った記憶など無いしそもそも外交官になった覚えもないが、ステータスの職業欄がいつの間にか「職業:高校生、航界者、外交官」となっていた。

ログを見ると確かに《ビジターカード》を使用してからこのセグメントに到着するまでの間になったらしい。


>《ビジターカード》を実行しました。

>転移先にランダム転移が選択されました。

>転移開始します。

>転移先に《アトモスフィア》が選ばれました。

>外交官ジョブの条件を満たしました。

>外交旅券を発行しました。

>外交官等身分証明票を発行しました。

>外交官ビザ申請を世界管理局に送信しました。

>世界管理局により外交官ビザが発行されました。

>転移が正常終了しました。


(色々と自動申請してくれるのか。便利だな)


結局アビリティの欄に外交官ビザとその下に外交旅券や他にも外交官等身分証明票というのもあった。

アビリティは常駐スキルの為、自分で作ったらわざわざ確認することもなく、勝手に入った物があるとは思いもしなかった。

しかも何故かアイテムではなくアビリティ扱いである。

そもそも《魔法の袋》を持っていない為、アイテム欄が無いのでここに無理矢理入れているのかも知れないが。


「あったよ。ビザも旅券も。あれ?なんでこれで元の世界に戻れないんだ?」

「このセグメントに滞在するならその二つでいいんじゃ無いですか?」

「いや僕は帰りたいんだって」

「んー?後は外国に行くのと同じならチケットとかですかね?」

「ああ。航空券みたいなものか。それが《ビジターカード》の役割なのかな。何とか手に入る方法はないかな?」

「そこは習ってないですねぇ。そうだ!だったらもう暗くなって来ましたし、私の寮に来ませんか?寮になら私より頭いい人とかもいますし、何か聴けるかも知れませんよ!」

「え?寮っていきなり行ってもいいの?あ、ちょっと、裾が伸びるから服を引っ張るのやめてっ!」


そうして、ガクは小海に連れられて学生寮へやって来た。

やや古びた昭和レトロな建物に「かんなぎ荘」という表札が掛かっていた。


「じゃーん。ここが私の寮です!オシャレでしょ。さ、どうぞどうぞ、中へずずいと入ってくださいな」


背中を押されて玄関をくぐる。

学生寮だとしたら、女子寮なのでは無いのだろうか。

誰かに見つかったらまずいのでは無いか。

意外と強い力でぐいぐい押されて、抵抗する事も出来ず中に通される。

フリースペースとも言うべき、寮生が団らんをしたり共に食事を摂る広間に入ると、何人かの学生がいた。


「えっと、お邪魔します」

「はあ…いらっしゃい…」


目の前に立っていた女子に挨拶をするが、叫ばれないかとビクビクする。

その女子は青味がかったショートヘアが丁度ガクの目の前に来るくらいの背丈の子だった。

あまり焦点が合っていない青い瞳が何を考えているかわかりづらそうな雰囲気を出している。


「あ、あづちゃん、おかえり、じゃなかった、ただいまー。そんな顔して何かあったの?」

「うん…今不審者が目の前にいる…」

「?あ、ガクさん!この子は私の親友のあづちゃんです。あづちゃん!この人は私の、私の、あれ?ガクさんは私の何なのですか!」

「いや、それは僕も知りたいよ……。えっとさっきこいつには会ったばかりで、ちょっと困った事があって助けて貰って……はいないけどそんな感じでここに連れられて来ています。霞沢 岳と言います」

「ああ…それは大変だったでしょう…松川 あづみ(まつかわ あづみ)です…」


何故だか分からないが、二人は分かり合えた気がして頷き合う。


「あづちゃん!この人、元のセグメントに戻れないんだって!どうやったら帰れるかな?」

「ん…ああ《朱の御印》…。旅券と航界券が必要かな…」


あづみがガクの赤いマーカーを見て理解する。


「やっぱりチケットだっ!それってどうやって手に入れるの?」

「学校でセグメント戦用のが発行できる…でも先生の許可が必要だしお金がかかる…」

「じゃあ明日だね!」


それは明日まで帰れない事を意味する。

それは困る。


「今すぐ帰りたいんだよ。その航界券とかじゃなくてもいいから、その代わりにコピー用紙とインクは無いかな」

「こぴいよおしといんく?」

「それは…もしかして…『紙』?」


(あれ?こっちの子も意外とアホなのか?)


「ああ、紙かぁ。ガクさんのセグメントではたくさんあるのかも知れませんけど、こちらのセグメントでは完全ペーパーレス化が法律になってもう100年経つんで、紙自体が普通の人は手に入らないんですよ。私は博物館で見た事あったかも!すごいペラペラなんでしょ?」

「インクとかペンも無いの?」

「何言ってんですかー。タッチペンにインク?って言うのは入ってないですよ?」

「小海ちゃん…そのペンじゃなくて、紙に書くときのペン…」


(時代が進みすぎて逆に紙とインクが手に入りづらくなっていたのか。まずいな、帰れないとなるとまたウサギに泣かれてしまう)


「今日は諦めて明日にしましょうよ。私の部屋に泊まらせてあげますよ」

「小海ちゃん…女の子の部屋に男の人を泊めるのダメ…」

「だってガクさん困ってるんだよ?だからちょっとくらいいいんじゃないかな」

「そういう問題じゃないからな。僕も犯罪者になりたくないから。小海の気持ちは嬉しいけど丁重にお断りするよ」


この学生寮自体は女子エリアと男子エリアに別れていて、フリーエリアのみ男女共通で使用できる場所だった。

男子もフリーエリアにはいる事はいたが、端の方で数人でかたまり肩身が狭そうにして食事をしていた。


「ねえ、ちょっと男子ー。この人、今日泊まる所が無いから誰かの部屋に泊めてあげてよ?」

「うわ、ちょっと待て小海。いきなり見ず知らずの人に泊めてもらうとか頼めるかよ」

「でも私もさっき会ったばかりですよ?」

「そうだけど、何だかあの男子達には悪い気がする」


男子達は小海の発言で更に小さくなってしまっている。

この寮ではそういう立場なのか、それともこのセグメント自体の男子は皆こんな感じなのか。


「あ、あの、小生らの部屋で宜しければ泊まっていかれますかな」


男子の一人がガクに申し出てくれた。


(お!オタク仲間か?)


「ホントにいいの?でもそれは有り難いよ。ではお言葉に甘えさせていただきます」


目を見るだけで分かる。

この者達はガクと同じ側の人間だと。

男子達も同じ感覚を得たようで頷き合う。


食事もご飯と漬物なら幾らでも食べていいと言い、小海が大盛りによそってくれたが、そもそもここの寮生でも無いのに食べてしまって良いのだろうか。

食事も終わりそろそろ男子エリアに連れて行ってもらうことにする。


「小海。ありがとな。結果的には助かったよ。松川さんも。少し帰る希望が持てたよ」

「やだなあ、私とガクさんの仲じゃないですかあ」

「そんな仲になった覚えは無いけどな」


その夜、男子達の部屋ではそれぞれの世界でのゲームやアニメなどを語り合う異文化交流が時間を忘れて行われた。

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