富士登山 2

 富士山に登る日、僕らは姉ちゃんの会社の前に集まった。

 集合時刻は朝の8時。山登りには遅い時間かもしれないが、途中までは『どこだってドア』で行く予定だ。


『どこだってドア』を、途中の場所までしか使わない理由はいくつかある。

 最も大きな理由は、あまり近くに転送すると、旅行気分を味わえないからだろう。


 どこだってドアの本気を出せば、いきなり山頂に出現する事もできる。でもそれだと旅行とはとても言えないし、本来の目的である『山登り』とは、とても言えない。


 そんな訳で、僕たちは富士山の少し遠くの位置から、スタートする事になった。



 集合時間の10分前、7時50分になると、レオ吉くんが会社から出て来た。


「皆さん、そろっているようですね。こちらへ来て下さい」


 レオ吉くんに案内されて、僕たちは会社の中に通される。

 そして、いつもの部屋に入り、『どこだってドア』をくぐり抜けた。



『どこだってドア』をくぐり抜けると、僕たちは田舎の駅前のロータリーに出てくる。周りを見渡すと、山に囲まれた、とても小さな町だった。駅舎は平屋の小さな建物で、看板には『犬月駅いぬつきえき』と書いてある。

 この場所をスタート地点に選んだのは、電車にあまり乗った事のないレオ吉くんのリクエストで、富士山へと向う列車に乗ろうという話になったからだ。


 犬月駅は2つの路線の交わっている。

 一つは、オレンジ色の車両の丁R中夬線テイアールちゅうけつせん

 もう一つは、富士快速線ふじかいそくせんと呼ばれる路線だ。


 富士快速線は、文字通り、この駅から富士山近くまで走っている鉄道で、もちろん僕たちは、こっちの電車に乗る。



「ええと、富士快速線に乗るには、どこに行けば良いんだろう?」


 看板によると、僕らが見ている建物は丁R中夬線の駅舎らしい。

 ヤン太が、案内板を見ながら、ある方向を指さした。


「あっちに入り口があるな。鳥居が建っている方向だ。行ってみよう」


 そばに寄ってみると、鳥居には『犬月駅』と書かれた表札が飾られていて、『富士快速線、乗り場』という立て看板が置いてある。

 レオ吉くんがこれを見て、ポツリと独り言のようにつぶやく。


「神社っぽい雰囲気ですね。おごそかな気分になって来ました」


 この鳥居は観光客に向けて設置されている、ただの飾りだが、富士山に向けての雰囲気作りには良いかもしれない。



 この鳥居を見て、ジミ子が、ちょっとした知識を披露ひろうする。


「江戸時代には、富士山を参拝するのが人気だったみたいね」


 すると、キングがスマフォで調べながら言った。


「1872年。明治5年までは女人禁制にょにんきんせいだったみたいだな」


 それを聞いて僕が言う。


「今も女人禁制だったら、誰も登れなくなっていたね」


「そうですね。立ち入り禁止になってますね」


 レオ吉くんが苦笑いをしながら言った。


 まあ、もし女人禁制が続いて居たとしても、全員が女性になった時点で解禁をしていただろう。

 富士山は貴重な観光資源なのだから、地元の観光業界が放っておくハズがない。



 僕たちは鳥居をくぐり、姉ちゃんの観光会社の発行したチケットで改札を抜け、駅構内へと入った。

 構内に入ると、観光パンフレットが並べてあるコーナーにふと目が行く。


 僕は時間を確認してから、みんなに言う。


「ちょっと見て行かない? 電車までの時間はまだ余裕があるから」


「おお、そうだな。富士山以外の予定は決まってないから。帰りに少し寄り道をしても良いかもな」


 ヤン太がそう言いながら、パンフレットをあさり始めた。



「ここはどうかしら? 面白そうよ」


 ミサキが『富士急ふじきゅうヘルランド』のパンフレットを持ち出した。

『富士急ヘルランド』とは、絶叫マシンを売りにしたテーマパークだ。特にジェットコースターには力をいれていて、文字通り、地獄ヘルのようなコースターが10種類もあるらしい。


 パンフレットを見ながら、ミサキが言う。


「この『FUZISANフジサン』ってコースター、乗ってみたいのよね。最高落差70メートル、最高速度130キロメートル。楽しそうじゃない?」


「いや、全然」「ボクも怖いのはちょっと……」


 ジミ子とレオ吉くんが真っ先に否定をした。

 ちなみに僕とキングもこの手の乗り物は苦手だ。


「俺はちょっと行きたいけど、そんなに時間がある訳じゃないから、またの機会にするか」


 ヤン太が、場の空気を読み取り、ミサキを説得する。


「うーん。じゃあ、今回はあきらめるわ……」


 珍しくミサキが素直にあきらめた。

 パンフレットをチラッと見ると、乗り物の料金が1回につき2000円とか取られるらしい。金欠きんけつのミサキには、ちょっと厳しい値段設定だ。



 レオ吉くんが、あるパンフレットをジッと見ている。


「どうしたのレオ吉くん? どこか行きたい場所があるの?」


「いや、まあ、ボクの行きたい場所は、今回は見合わせます」


 そのやり取りを聞いていたキングが、レオ吉くんに言う。


「遠慮する事はないぜ。どこに行きたいんだ?」


「ココなんですけどね……」


 そういって出してきたパンフレットには、『富士山の湧水ゆうすいを使った、地ビールレストラン』と、大きく宣伝文句が書かれていた。

 アルコールは未成年の僕らには無理だ。残念だけど、ここはあきらめて貰おう。


「ああ、うん。僕たちにはちょっと早いね」


「そうですね。今度、『どこだってドア』で、アヤカさんとチーフ宇宙人で行きたいと思います」


 あらためて『どこだってドア』の便利さを知る。ビールを飲むためだけに、気軽に富士山のふもとまで来られるのだから。



「うーん、あんまり良い場所がないけど、ここなんてどうだろう? とりあえず最寄り駅が同じだぜ」


 ヤン太が取り出して来たパンプレットには『忍野九海おしのきゅうかい』という場所が紹介されていた。どうやら富士山の湧き水が出る場所らしく、透き通った水をたたえた、泉の写真が載っている。


「綺麗な場所ですね。行ってみたいです」


 写真を見て、レオ吉くんが乗り気になる。


「僕も少し見てみたい」「私も」「俺も」


 その意見に、僕とジミ子とキングが続く。


「私はちょっと……」


 ミサキが否定しようとすると、キングがスマフォで調べて、こんな事を言う。


「この場所は蕎麦そばが美味い店が多いらしいぜ」


「お昼に寄るなら行っても良いわ」


 食べ物に吊られて、ミサキもあっさりと意見を変える。


「じゃあ、寄り道はここにしよう。列車が来たみたいだから、乗り込むか」


 ホームの方を見てみると、ちょうど列車が来たようだ。

 ヤン太を先頭に、僕たちはホームへと移動を開始した。

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