富士登山 3

 列車が来たようなので、僕らは移動をする。

 ホームには、ごくありふれた通勤車両が止まっていた。


 キングがスマフォを見ながら、僕たちに言う。


「先頭車両が良いらしいぜ。進行方向に富士山が見えるらしい」


「じゃあ、せっかくだし先頭に行くか」


 僕たちは3両編成の先頭の車両へと移動する。



 先頭車両の、さらに前の方の席に座ろうとすると、レオ吉くんが運転席のすぐ後ろの窓に、貼り付くように陣取じんどった。本当に電車に乗る機会が無いのだろう。まるで子供の様だ。


 ヤン太とジミ子とキングは、普通に席に座っているが、レオ吉くんをひとりにして置く訳にも行かない。僕とミサキがレオ吉くんの隣に立つ。


「ボク、こんな位置で列車に乗るのは初めてです」


 前方の窓を覗き込みながら、無邪気むじゃきに笑うレオ吉くん。

 景色を見ながら、今日の予定を確認していると、やがて列車は動き出した。



 電車は、山の間をうように進む。


「あれが富士山ですかね?」


 レオ吉くんが、そこそこ高そうな山を指さして言う。


「いや、あれじゃないと思うよ。この電車には40~50分くらい乗る予定だけど、また5分も経っていなから」


「そうですか。それならまだまだ先ですね。おっ、あの山もなかなか高そうですね。あれが富士山でしょうか?」


 そんな会話をしていると、電車はちょっと開けた場所に出た。小さな盆地のような場所で、住宅や畑が広がっている。

 どこにでもあるような田舎の風景だが、ひとつの山が、視界に入ってきた。


 今まで、あれやこれやと、色々な山を富士山だと言っていたが、それとは比較にならないくらい桁外れに大きい。間違えようもなく、アレが本物の富士山だ。



 富士山を見て、ミサキが言う。


「まだ電車に乗り始めて、10分くらいよね。まだまだ距離がありそうだけど?」


 僕がスマフォの地図で確認をしてみる。


「ええと、だいたい20キロくらいは距離がありそうだね」


 レオ吉くんが青ざめた表情で言う。


「なんですか、あの大きさは…… ボクたちアレに登るんですよね? 登り切れるでしょうか?」


「何とかなるんじゃないの」


 ミサキが何も考えずに答える。

 レオ吉くんは、観光気分がすっかり吹き飛んでいて、真剣な表情で、ジッと富士山を見つめている。


 この後、電車は予定通りに進んで行き、富士山のふもとの駅へとたどり着いた。

 大きかった富士山は、もちろん、さらに巨大になっている。



 麓の駅からは、登山バスに乗る。駅を出て案内板に従い、目的のバス停に向う。

 バス停には、一般的な観光バスが待機していた。僕たちは行き先を確認してから、チケットを使ってこのバスに乗り込む。あとは座席に座っているだけで、1時間ほどで富士山の5合目まで運んでくれる予定だ。


 バスの座席に座った僕たちは、特にすることもないので、雑談を始める。


「絶叫マシンがある『富士急ふじきゅうヘルランド』って、本当に富士山の麓にあるんだな。富士山の見えるだけの、もっと交通の便の良い場所にあると思ってたわ」


 ヤン太がスマフォで確認しながら言う。


「あら、あっちのバスは温泉郷に行くみたい。温泉施設があるのね」


 ジミ子はバスの窓から見える、他のバスを見ながら言った。


「まあ、火山なんだから温泉があっても不思議じゃないな。おっと動き出すぜ」


 キングがそう言うと、バスがゆっくりと動き出した。



 バスはひたすら、緩やかな登り坂の森の中を進む。

 スマフォで調べると、先ほどの駅の標高は809メートル。5合目の標高が約2300メートルなので、およそ1500メートルも登る計算になるらしい。


 標高が上がるにつれ、何度も耳がボーッと聞えづらくなるので、そのたびに口を大きく開けて耳抜きをする。

 やがてバスは森を抜け、本格的な山道へと突入する。


 うねる山道を上がっていくと、途中で森が途切れ、視界が開けると、裾野すそのには、あの有名な青木ヶ原樹海あおきがはらじゅかいが広がっていた。



 ジミ子がレオ吉くんに聞く。


「レオ吉くん。『青木ヶ原樹海』って知ってる?」


「いいえ、よく知りません」


「そうなんだ。実は『青木ヶ原樹海』には、数々の心霊現象があってね……」


 そこまで言いかけると、ミサキが話をさえぎってきた。


「あー、ほら、レオ吉くん。今の時刻は10時12分よ。明日の天気は『晴れ』ですって」


 ミサキを無視して、ジミ子が話を続けようとする。


「青木ヶ原樹海にまつわる、とっておきの怖い話わね……」


「レオ吉くん。ちょっと良い? 今、時刻は10時13分よ。あさっての天気は『晴れ』だって」



「私の話を遮らないでくれる?」


 ジミ子が切れ気味に言うと、ミサキも切れ気味に言う。


「怖いから、話を聞きたくないのよ!」


 それを聞いて、ジミ子がニヤけながら語り始めようとする。


「じゃあ、怖くない話をするわよ。富士五湖には、普段は存在しない『赤池あかいけ』と呼ばれる……」


「あー、もう、聞きたくない!」


 嫌がるミサキを見て、ヤン太が仕方なく仲裁に入る。


「まだ朝なんだから、そんな話をしても怖くないだろ?」


「そうね。じゃあ、またの機会にするわ」


 そんな話をしていたら、バスは目的地の5合目に到着した。



「着いたわ。すぐに降りましょう!」


 ミサキが元気よく真っ先にバスを降りた。すると、体を縮こめて、僕らに向って訴える。


「す、涼しい。というか、寒いわ。夏なのに……」


「気温が低いって事前に連絡したじゃない。上着はもってこなかったの?」


 僕が聞くと、ミサキはドヤ顔をしながら答える。


「持ってきたわよ。ほら、これよ」


 そう言って、サマーカーディガンを取り出して来た。かなり薄い生地で、向こう側が透けて見えている。保温性は無さそうにみえる。


 僕は心配になってきた。。


「そんな上着で大丈夫? 頂上はもっと寒いよ。頂上に登るのは辞めておいた方が……」


「ここまで来たんだから、登らなきゃ。さあ、行きましょう!」


 そう言ってミサキは先頭を歩き出した。

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