人工温泉 5

 僕とレオ吉くんは『筋肉痛回復きんにくつうかいふくの湯』に入る事にした。


「時間の設定は標準の3分でヨロシイでしょうか?」


「それでお願いします」


 ロボットに聞かれて、僕が返事をする。

 その後、個人専用のバスタブに移動すると、ロボットは入浴剤を入れてかき回す。

 この入浴剤は無色透明で特に匂いもしない。水道水と全く変わりが無かった。


「ドウゾ、入浴して下サイ」


「はい」「分りました」


 僕とレオ吉くんが返事をしてバスタブに入る。すると、ロボットがこんな事を言ってきた。


「これは電気風呂です、電流の量を今から調整しマス。コレが『中』ですが、どうでしょうか?」


 電気風呂と言うと、ピリッとくる印象があったが、これは違った。

 じんわりと、体の筋肉をほぐすような、優しい電気が流れる。


「もうちょっと強めにお願いします」「ボクはこれで大丈夫です」


 それぞれが好みの調整をして、『筋肉痛回復の湯』の入浴が始まる。



 首までお湯に沈めて、ゆったりとお湯に浸かる。

 この電気風呂は、本当に柔らかな刺激しかない。隣で、痛みのあまり、悲鳴に近い奇声を発している『ダイエットの湯』とは大違いだ。


 そして3分がすぎた。電気をかけていたせいか、入浴剤のせいかは分らないが、体が芯からあったまっている。すこし暑くなってきたので、時間がくると同時に僕はお風呂から出た。

 試しに腕をグルグルと回してみると、肩の周りがかなり柔らかい。まるで疲労物質が、お湯に溶け出したように感じる。これは、電車とバス代がかかっても、定期的に通いたいレベルだ。


 レオ吉くんは、このお風呂がとても気に入ったらしい。ロボットに延長を申し込む。


「もう少し入っていたいんですが、良いですか?」


長湯ながゆにならなければ大丈夫デス」


「では、お言葉に甘えて、もう少しだけ入っています」


 そういって目を閉じて、再び深くまでお湯に浸かった。



「はぁはぁ、電気風呂が終わったわ。でも、もう一度だけ、やろうかしら?」


 肩で息をしながら、ミサキも延長を申し込む。


「デハ、前回と同じ、時間は『6分間』、電気の強さは『最強』、ソレデよろしいですか?」


「ええ、『最強』でおねがいね! うごぉ、来た来た!」


 眉間にシワをよせ、脂汗を掻きながら耐える姿は、なんというか、拷問の一種にも見えてくる。本人が希望しているので、これはこれで構わないのだろうけど……



 僕が入浴を終えると、次はジミ子が決めたようだ。ロボットに注文をする。


「私は『美白の湯』に入るわ」


「時間の設定は標準の3分でヨロシイでしょうか?」


「ええ、それでお願いね」


 ジミ子専用のバスタブに行き、入浴剤を入れてかき混ぜる。

 美白というのだから、白いお湯かと思ったが、無色透明の温泉が出来上がった。


「入浴して下サイ」


「じゃあ入らせてもらうわ。うーん、普通のお湯と変わらないわね」


 お湯に浸かって様子を見るジミ子だが、特に異変は見られない。

『美白の湯』という名前は、どこにでもありそうなネーミングだ。これは大した効能がないかもしれない。



 3分後、ジミ子がお風呂から出て確認をする。


「どうかしら? そんなに変わらない気もするけど、少し白くなったような気がするわね」


 宇宙人の技術なので、真っ白になるかと思ったが、そうでもない。

 体だけをみると、ちょっとだけ日焼けをしているくらいの、常識的な肌の色をしている。体だけを見た場合だが……


「鏡を見た方が良いかも、顔と比べると、けっこう白くなってるよ」


「うそ! ちょっと確認してくる」


 僕が言うと、ジミ子は急いで鏡の前に行き、肌の色を確認する。

 顔はけっこう焼けているが、体は長袖のシャツを着ていたくらいに肌が白かった。



「……本当ね、けっこう白くなっている。どうしようかしら。そうだ!」


 そう言って再び『美白の湯』の前に戻ってきた。

 かけていた眼鏡を僕に渡して、こんな事を言ってくる。


「これから頭をお風呂に突っ込むから、時間を計ってくれない。たしか3分間よね」


「うん、良いけど。本当にやるの?」


「ええ、じゃあ潜るわよ」


 そう言うと、ジミ子は大きく息をすって、頭だけバスタブに突っ込む。はたから見ていると、これはかなり奇妙な光景だ。



 途中で息継ぎの休憩を入れながら、合計3分ほど頭を突っ込んでいると、顔もけっこう白くなってきた。もう体との差が分らない。


「ふう、これで、大丈夫ね、ひとまず、安心、だわ」


 ジミ子が息を切らしながら、鏡の前で確認をする。


 なんとか元に戻せたから良かったものの、この風呂に入る時には注意が必要だ。

 しかし、この風呂に入るときは、どういう風に入るのが正解なのか分らない。頭まで潜った方が良いのだろうか?



「電気が終わったみたい。ひとまず上がろうかしら」


 ミサキが風呂から上がってくると、ヤン太が驚いた様子で言う。


贅肉ぜいにくが落ちて絞れてる、体がキレッキレだな」


「本当? 痛いのを我慢してた成果ね!」


 満足そうにしているミサキに、キングが真実を伝える。


「ムエタイの選手か、減量後のボクサーみたいな体をしているぜ」


「うそ! ちょっとまって!」


 そう言って鏡の前で確認しに行った。

 ミサキの入っていたバスタブには、大量の油が浮いていた。あれはミサキから出てきた物だろうか?



「ここまで痩せたくは無かったのにぃ~」


 鏡の前で落ち込んでいるミサキを、僕が励ます。


「これで、いつもより多めに食べられると思えば良いじゃない。すぐに元の体型に戻ると思うよ」


「そ、そうよね、多く食べれば元に戻るよね。この後、何を食べようかな……」


 ミサキはあっという間に開き直った。まあ、ミサキの食欲を全開にすれば、1~2週間で元に戻るだろう。



 ミサキの騒動が終わると、また別のトラブルが発生する。


「さて、ボクもそろそろ上がりますか。あれ? 体に力が入りません…… 皆さん、助けてくれませんか?」


 レオ吉くんが体に力が入らないとか言いだした。

 僕たちは全員で、体の大きなレオ吉くんを、バスタブから引きずり出す。


 一体、何が起こったのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る