人工温泉 1

 レオ吉くんが筋肉痛になった日の夜。晩ごはんを食べている時に、この話題が上がった。


「たいして運動もしていないのに、レオ吉くんが筋肉痛で動けなくなったみたいなんだ」


 僕の話を聞いて、姉ちゃんが半分あきれたように言う。


「まあ、レオ吉くんはほとんど運動しないからね。移動は『どこだってドア』だし、徒歩で移動するのは、せいぜい会社の隣にあるコンビニくらいかな……」


 姉ちゃんの話によると、レオ吉くんが普段、運動を全くしていないのがよく分る。

 これなら、あの程度の運動で筋肉痛になってもおかしくないかもしれない。



「弟ちゃん。ちょっとレオ吉くんを色々な場所に連れ出してよ。それだけでも運動になると思うし。おこずかいを少しあげるからさ」


「うん分ってるよ。レオ吉くんは、水泳に興味があるみたいだし、当分は市民プールに通う事になると思うよ」


「水泳かぁ、意外とハードな運動ね。まあ、でも、とりあえず筋肉痛を治すのが先かな」


 そういって姉ちゃんはスマフォをイジる。すると、僕にメッセージが飛んできた。



 メッセージには、どこかのURLが張ってあった。僕は姉ちゃんに聞く。


「これ、なんのURL?」


「最近、うちのグループ会社に入った『銭湯』のホームページのURLよ。4つほど隣の駅なんだけど、大型の温泉施設が出来たの知ってる?」


「うん。まだ行ったことはないけど、かなり大きくて、いろんな設備があるって噂だよね。もしかして、あそこもプレアデスグループ会社なの?」


 新しくできた大型の温泉施設は、7つの風呂の種類があり、マッサージや簡易エステも受けられるらしい。更にはマンガ図書館やフードコートとかも備えているので、みんなで一度は行ってみようと、話題になっていた。



 僕は、この大型施設の事だと思ったが、姉ちゃんからは、こんな答えが返ってきた。


「いいえ違うわ、あの温泉施設に客を取られた、近くにある『銭湯』さんね。経営がどうしようも無くなって、うちのグループ会社に入って来たの」


 姉ちゃんは鞄からタブレット端末を取り出し、僕に写真を見せてくれる。

 そこには、ごく普通の銭湯の建物が映っていた。いかにも古くさい銭湯で、これだと大型施設には勝ち目が無いのがわかる。


「えーと、悪いけど、これなら大型の温泉施設の方に行きたいかな……」


 僕が本音を言うと、姉ちゃんはこう言った。


「まあ、とりあえず、さっき送ったURLを開いてみてよ」


「うん、見てはみるけど……」


 そう言って僕はURLを開いて、銭湯のホームページを覗いてみる。



 ホームページを開くと、こんな文章が表示された。


すずなの湯、大規模リニューアルオープン。人工温泉じんこうおんせんはじめました』


 その文章に続いて、他にも色々なリニューアルの内容が書かれているが、『人工温泉じんこうおんせん』という謎の単語のせいで、その後の文章が頭に入ってこない。



「姉ちゃん『人工温泉』ってなに?」


「ええと、色々な『薬品』とかを入れて、人工的に作った温泉ね」


「……薬品って、それは大丈夫なの?」


 心配になって聞くと、姉ちゃんはこう答える。


「大丈夫よ。『薬品』と言うと怖く感じるかもしれないけど、ようは『入浴剤』だから。あれだって立派な『薬品』でしょ?」


「ああ、そうなんだ。それなら安心かも」


「ちょっと待ってね。銭湯のクーポン券とか手配するから」


 そう言って姉ちゃんはどこかに電話を掛ける。



 しばらくすると、玄関のチャイムが鳴り、姉ちゃんが出て行った。

 そして、僕たちの元に帰ってくると、手にはクーポン券の束を持っている。


 クーポン券は、ミシン目が入っていて、5種類くらいが一枚にまとまっている様だ。


「はい、これ弟ちゃんと友達の分。父さんと母さんもよければ使ってね。私のオススメは『カスタム温泉』の無料お試しチケットよ」


 クーポン券をもらった父さんが、姉ちゃんに聞く。


「『カスタム温泉』って何だ?」


「それはね。利用者の好みに合わせて人口温泉の成分を変えるの。たとえば母さんは肌に良い『美肌の湯』、父さんは『疲労回復』とかね。気分によって入浴剤を変えるようなものね」


「なるほどな」「ふーん。面白いわね」


 父さんと母さんが興味を持った。確かにこれは試してみたくなる。



 もらったクーポン券には、他にも『オイルマッサージ』とか『ロボマッサージ』の割引券などが含まれていた。


 クーポン券と、銭湯のホームページを眺めていると、姉ちゃんに言われる。


「そうそう。その銭湯、男女が別れていなくて、水着推奨だから、お友達と行くときに気をつけてよ」


「分った。明日にでも行ってみるよ」


「楽しんできてね。よければ、それとなく感想も聞いてきて」


 この後、みんなに連絡を回して、翌日の午後1時に、地元の駅に集まる事になった。



 翌日になり、僕たちは全員が駅の改札に集まった。

 まだ筋肉痛が取れないのか、レオ吉くんの歩き方がぎこちない。


「大丈夫、レオ吉くん?」


「なんとか大丈夫ですよ。昨日はもっと大変でしたから……」


 僕が聞くと、苦笑いを浮かべながら答えるレオ吉くん。これは僕の想像以上の運動不足かもしれない。


 ヒョコヒョコと歩くレオ吉くんにペースを合わせて、僕らは移動をする。

 電車に乗り、4つほど先の目的の駅へと向う。



 駅に着くと、僕らはバスに乗り込み、さらに移動をする。

 そしてバスに乗ることおよそ5分。目的の停留所に着いた。


 停留所からは大型の温泉施設が見えている。

 この停留所で降りた、ほとんどの乗客は、吸い寄せられるようにそちらの方へ消えていった。



 ミサキが大型の温泉施設を指さしながら言う。


「あそこ、とんでもなく大きいわね」


「ああ、大きいと聞いていたが、あそこまでとは」


 ヤン太も驚いた様子で答える。

 ホームページでこの施設の写真を見たときは、かなりカメラマンの腕が良いと思った。

 カメラマンは狭い部屋でも広くみせたり、ちいさな建物でも大きくみせたりする事ができるからだ。

 ただ、目の前の施設は、写真通りに本当に大きい。5階建ての駅前のデパートくらいはありそうだ。


「はいはい、今日の行く場所は違うでしょ、私らの行く場所はコッチよ」


 ジミ子にそう言われて、僕らは反対方向に歩き出す。



 反対方向に歩くこと、約5分。


 僕たちは、古めかしい銭湯の前にたどり着いた。

 銭湯の前には色とりどりの『のぼり』が立っている。


『人工温泉』『美肌の湯』『美白の湯』といったお風呂だと一目で内容が分るものから、『超電磁気風呂ちょうでんじきぶろ』『ロボはじめました』『カスタムが自由に可能!』といった訳の分らないものまで、たくさんの『のぼり』が風にはためいていた。


 キングがポツリと言う。


「『超電磁気風呂』って何だ?」


「まあ、気にせず入ってみましょうよ。面白そうですよ」


 レオ吉くんが何も警戒せず、銭湯に入っていく。


『のぼり』の文言をみると、僕は急に不安になってきた。

 できるなら引き返して、あの大型の温泉施設の方に入りたい……

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