薬の効果と社会への影響

 ハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに行く途中、駅前のクリニックを通りかかると、外まで行列が出来ていた。

 行列の理由は、もちろん『若返りの薬』だろう。投薬の初日なので、今までに見たことにないような長蛇の列が続いている。


 ジミ子がこの行列を見て言う。


「凄い人混みね」


「そうだな。別に今日、やらなきゃいけない訳でもないだろうし」


 あきれた様子でヤン太が答える。

 確かに一日や二日、たとえ1週間くらい遅れたところで、どうって事はないはずだ。そこまで焦って薬を使う理由が分らない。



 そう思いながら行列を見ていると、僕の母さんとミサキのおばさんが、列に並びながらおしゃべりしているのを見つけてしまった。


「ミサキ、あそこに僕の母さんと、ミサキのおばさんが居るよ」


「あ、そうね。朝食の時に出かけるって言ってたから。何もこんなに混んでいる時に、並ばなくても良いのに……」


 ちょっと気まずそうにミサキが言う。

 不幸中の幸いと言おうか、母さんとミサキのおばさんは、会話に夢中で気がつかない。

 そこで、僕らも気がつかない振りをして、この行列の横を通り過ぎた。



 メェクドナルドゥに着くと、僕らは注文をして、いつもの席に座る。

 ミサキがポテトを食べながら話し始めた。


「そんなにあの薬が魅力的なのかしら?」


「そりゃ年取った人には魅力的に感じるだろ? 世間でも大騒ぎだし」


 ヤン太がそう言うと、ジミ子がこんな話題を出してきた。


「今回の薬で、大打撃を受けた業界があるんだけど、何だと思う?」


 その質問に、ミサキが直感で答える。


「ええと、化粧品とか? 『10歳、若返る』とか宣伝している化粧品が多いじゃない」


 僕もその答えが正解だと思ったが、ジミ子はこう切り返す。


「いいえ、違うわ。今回の薬は、そんなに急に若返る訳じゃないから、その手の需要はまだあるみたい」


「じゃあどの業界がダメなのよ?」


 ちょっと焦り気味のミサキの質問に、ジミ子はすぐに答える。


「セレモニー、お葬式の業界ね。致命的なダメージを受けたみたいよ」


「なるほど」「ああ」「まあ、そうだろうな」


 僕たちは全員がうなずく。確かにその業界は致命傷だろう。



「そうなると、お坊さんも大打撃かもな」


 ヤン太が言うと、キングがこんな話をする。


「まあ、そうだな。だが、坊さんはちょっと酷すぎる面もあるぜ。痛い目にあった方が良いんじゃないか?」


「何かあったの?」


 僕が聞くと、キングはこう言った。


「田舎の親戚の話だが、葬儀の時に戒名かいみょうで100万円を請求してきたらしい。他にもおきょうで30万円をよこせとか、ヤツら金の亡者もうじゃだぜ」


 すると、ジミ子が切れ気味に言う。


「はあ? 私だったら、戒名とお経のセットで3万円でやってやるわよ!」


 その値段でもジミ子のお経は要らないが、戒名ひとつで100万円は酷すぎる。

 金をむしり取る事しか考えていない。檀家だんかの事を、いったいなんだと思っているのだろうか……



 ヤン太がため息まじりに言う。


「まあ、そんな坊さん達だったら、滅んでも良いんじゃないか」


「そうだね。良心的なお坊さんもいるだろうし、そっちに乗り換えた方がよさそうだね」


 僕もその意見に同意する。


「ジミ子でらでは、お経と戒名を3万円セットで受け付けております」


 ジミ子が売り込んでくるが、僕らはそれを無視する。ジミ子はふざけてやっているのだろうが、これからお寺や教会や宗教のあり方が、次第に変わって行くのかもしれない。



「他にも潰れそうな業界がありそうね。老人ホームとか大変そうじゃない?」


 ミサキが言うと、キングがスマフォで調べてくれる。


「老人ホームは、まだ大丈夫みたいだぜ。大変そうだけど」


 そういってスマフォを見せてくれた。


 スマフォには、星形の派手なサングラス、レインボーカラーの安っぽいカツラ、金メッキのようなピカピカのジャケットなどを着た、老人たちの集合写真が載っていた。


「なにこれ?」


 ミサキが質問すると、キングが答えてくれる。


「『若返りの薬』が出て来て、老人達がはしゃいでいるらしいぜ。『若い者には負けられない』って、こんな格好で若さをアピールしているみたいだ。無駄に活発になってしまって、いままで介護していた人は、手を焼いているらしい」



「でも、ちょっとこれは例外なんじゃないかな……」


 僕が否定をしようとすると、ジミ子が新たな記事を見つけて来た。


「いや、本当に大変そうだわ。老人ホームとか、色々な場所で事故が多発しているらしいわね。薬を使った老人が、急に運動をしだして、骨折とかしてるみたい」


 そういって、ニュースサイトを見せてくれる。

 ニュースの記事は、骨折だけで17件、打撲や軽傷が93件と、大はしゃぎをした老人たちは大惨事を起こしていた。



「あー、これは、大変そうだな」


 何とも言えない顔で、ヤン太が返事をする。

 あの薬は、効果がでるまで1ヶ月ほど掛かる。しかも効果が出ても、せいぜい1~2年程度、若返る程度だ。

 例えば、80歳が78歳になっても、そこまで運動能力は変わらないだろう。


「お年寄りには、ちょっと自重じちょうしてもらわないとね」


 僕が言うと、キングが同意する。


「そうだな。年齢を考えて、年相応としそうおうに振る舞ってほしいな」


 そんな話をしていると、老人たちが5~6人、メェクドナルドゥの店内に入ってきた。



「ここがあ、メェックかぁ、初めてきたぞ」


「儂も初めてじゃ」


「これが、ビックメェックか、かぶりつくと入れ歯が外れそうだわい」


 老人たちは、にこやかに話しながら商品を買い、席に座るとハンバーガーのセットを食べ始める。



「あの人たちも『若返りの薬』をつかったのかな?」


「そうじゃねーか。薬を使って、気分だけでも若返ったんだろう」


 僕とヤン太が、老人たちに聞かれないように、ヒソヒソと話をしていると、ジミ子も話に加わってきた。


「この先、色々な所に老人が出てくるかもね。年齢による歯止めが無くなってくるでしょうし」


 その意見を聞き、キングはさらに先の事を言う。


「そうだな。10年か20年も経てば、見た目は全員が若者で、見分けがつかなくなるかもしれないからな」


「人であふれたら、私らの座る席がなくなっちゃうかもね」


 ミサキがカフェオレを飲みながら、比較的、深刻な問題を、のんきに言った。



 身近な場所で人が増えてきて、僕は初めて人口増加の問題を実感した。寿命で死ぬことは無くなるのだから。

 金星にスペースコロニーを作る計画は、意外と大げさではないのかもしれない。

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