サイクリングと国王 1

 朝食の時、姉ちゃんと会話をしていると、こんな話題が出た。


「あっ、そうそう。今日からレオ吉くんが夏の長期休暇バカンスに入るの。そのうち遊びのお誘いが来ると思うから、よかったら遊んであげて」


「もちろん遊ぶよ。今日から休暇なんだよね?」


「ああ、そうなんだけど、お誘いはもうちょっと先になるかな。ちょっと所用しょようがあるハズだから」


「分ったよ。じゃあ、連絡が来るのを待ってれば良いんだね」


「そうね。じゃあ、よろしくね」


 そう言って姉ちゃんは仕事へと出かけて行った。



 この日、みんなと集まった時に、僕は一足早ひとあしはやいニュースを発表する。


「レオ吉くんが夏休みに入ったみたい。そのうち遊びの連絡が来るらしいよ」


「本当か? じゃあ、どんな遊びをしようか、何か特別なのが良いかな?」


 ヤン太がそう言って考え始めると、ミサキがこんな事を言う。


「やっぱり特別な食べ物がいいでしょう。今度は何を食べさせてあげましょうか?」


 よだれを垂らしそうに口を開けているミサキを見て、キングが冷静に突っ込む。


「レオ吉くんは、そんなに食べ物にこだわってなかっただろ。いつも通りの俺たちで良いんじゃないか?」


「そうね、でも色々と考えておきましょうよ。何か思いつく場所はない?」


 ジミ子に言われて、僕たちなりのプランを考える。



 今年の夏は色々な場所に行った。水族館、プール、植物園、雲海の見える山頂。考えられる場所を、思いつくまま上げて行く。

 この中からレオ吉くんの興味のある物を選んでもらうのが良いだろう。


 一通り、候補地が出ると、ミサキがこんな事を言う。


「北海道の列車レストランの海鮮丼、おいしかったなぁ。レオ吉くんも絶対に食べたいと思うけど、どう?」


 それを聞いてジミ子があきれた様子で言う。


「それはあなたが食べたいだけでしょ。それに、列車レストランはそれなりのお金が掛かるけど、お金あるの?」


「……ないわ。こんな事になるなら、少しでもお金を残しておけばよかった……」


 落ち込んでいるミサキに、僕が少しだけ救いの手を出してみる。


「まあ、小銭程度なら僕が貸すよ」


「本当? さすがツカサね!」


「小銭程度だからね。あんまり多くは貸せないからね」


「分ってるわよ。ちゃんと厳選して使うから平気よ」


 ……本当に大丈夫だろうか?

 心配しながら、僕らは行き先を絞り込む。


 しばらくして、候補地のリストが出来上がった。後はレオ吉くんに話を聞いて、プランを詰めていけば良いだけだ。



 姉ちゃんから話を聞いて数日後の夜。

 レオ吉くんからメッセージアプリのLnieで連絡が来た。


『お久しぶりです。夏休みに入ったので、よければボクと遊びませんか?』


 このメッセージに、真っ先にヤン太が反応する。


『いいぜ、遊ぼうぜ! 明日どっか行くか?』


 このメッセージに僕も続く。


『レオ吉くんは、何か行きたい場所とか、遊びたい事とかある?』


 この質問に、レオ吉くんは、こんな返事をする。


『空飛ぶ二輪車を買ったので、サイクリングに行きたいです』


 サイクリングという、僕らの予想外の答えが返ってきた。

 このリクエストに、ミサキが全く考えずに答えた。


『それなら、小学生の遠足にいった、あの山が良いんじゃない?』



 僕の地元には、高さ200メートルほどの低い山があり、遠足や何かのイベントの時によく使われる。

 そんなに高くはないが、自転車で登るとなると厳しそうだ。特にレオ吉くんは、空飛ぶ自転車を買ったばかりなので乗り慣れていないだろう。


『うーん。ちょっと体力的に厳しいかもしれないけど、大丈夫かな?』


 僕が心配をすると、キングとジミ子がフォローをしてくれる。


『まあ、キツくなったら途中であきらめれば良いんじゃないか?』


『そうね。無理して頂上に行く必要もないわね』


 全体の意見をヤン太がまとめる。


『とりあえず、あの山をめざして行くか。無理をしない形で。それで、集合場所はどうする?』


『会社の前でも良いでしょうか? 集合時間は朝の9時くらいでどうでしょう?』


 レオ吉くんが場所を指名すると、計画が決まった。


『じゃあ、その時間に集合しよう。もちろん空飛ぶ自転車に乗って』


『わったわ』『いいよ』『分かったわよ』『OK』『了解しました』


 全員が返事をして、僕らのサイクリングでの遠出が決まった。



 翌朝、僕らは姉ちゃんの会社の前に集まった。ただ、まだレオ吉くんはやって来ていない。

 少し前に、『すいません、10分ほど遅れてます』と、メッセージが飛んで来たから、もう少し遅れるだろう。



 僕が今日のサイクリングをちょっと心配をする。


「レオ吉くん、大丈夫かな? 自転車とか乗り慣れてなさそうだけど……」


 するとジミ子が、こんな事を言う。


「空飛ぶ自転車なら大丈夫じゃない。絶対にコケないし、事故にあう事もないでしょう」


「まあ、そうかもしれないけど。ちょっと体力がなさそうだし、今日は完走は無理なんじゃないかな……」


「……うん。まあ、そうね。体力はなさそうね」


 僕もジミ子も体力がある方ではないが、おそらくレオ吉くんよりはマシだ。

 レオ吉くんは、以前、体育の授業で校庭を走っていた時には、一週もせずに息が上がっていた。


「俺、ダメだった時の為に、周辺施設を調べておくよ」


 キングがスマフォで情報を調べ始める。残念ながら、その情報は使う事になりそうだ。



 僕たちが喋っていると、会社の前に、きみどり色の大型のバイクが止まった。

 バイクには、真っ黒なテカテカのレザーのツナギを着た、大柄の人が乗っていて、バイクを降りると、真っ直ぐにこちらに向ってくる。


 僕らの前にくると、その人はフルフェイスのヘルメットを取る。すると、その人はレオ吉くんだった。


「皆さん、お久しぶりです。えへへ、ボーナスで、この二輪車を買っちゃいました」


 そう言って、恥ずかしそうに笑った。

 二輪車と言って、僕は自転車を思い浮かべたが、どうやらバイクの事だったらしい。

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