第33回目の改善政策

 リビングのテレビの前で待機していると、12時の時報がなり、例の番組が始まった。


「こんにちは、今日も良い天気です。第33回目の改善政策の発表が始まります」


「ヨロシクネー」


 福竹アナウンサーと宇宙人が挨拶をすると、いつも通りの流れで番組が進む。


「さて、今週の改善政策の内容は、何でしょう?」


「以前カラ、かなりの数の問い合わせが来てたんだけどネ。あまり重要では無いと、対処してこなかった問題があるのヨ」


「ほう、それは何でしょう?」


「その問題はこれネ」


 そういって宇宙人はテロップを取り出した、そこには『美容問題びようもんだい』と書いてある。

 福竹アナウンサーが、これを見て確認をする。


「『美容問題』と言うと、メイクとか化粧に関する問題でしょうか?」


「ソウネ。メイクに関する問題ネ」


 宇宙人がキッパリと言い切った。



 福竹アナウンサーが、ちょっとあきれた表情で語り始めた。


「美容の問題ですか、まあ、確かに重要な問題ではありませんね、優先度はかなり低いと思います」


「ワレワレもそうだと思うんだけどネ、とにかく、このジャンルの問い合わせが多いのヨ。『シワが目立つからどうにかしてくれ』とか、『お化粧のノリが悪いから、解決しろ』とか、世界中のあらゆる国からクレームが上がってくるのネ」


 宇宙人が、かなり困った顔をして答える。


 この問題は、かなりどうでもいい問題だ。僕はあまり興味がないので、スマフォでもイジろうとした時だった。

 リビングの隣の台所で、お昼の準備をしながら、適当に聞いていた母さんが、作業を止めてテレビの前へとやってきた。


由々ゆゆしき問題を宇宙人様が解決してくれるのね、これは見逃せないわね」


 母さんはそう言って、メモ帳と筆記用具を取り出して、食い入るようにテレビを見始めた。

 こんなに真剣な顔の母さんは、生まれて初めて見るかもしれない。



「さて、どのように『美容問題』を解決するのでしょうか?」


 明るい表情で福竹アナウンサーが宇宙人に聞く。緊張感がまるでないのは、大した問題ではないからだろう。

 すると宇宙人は、こう答えた。


「問題の解決方法を探すのが、今までで最も大変だったヨ。秘書と何時間も化粧品のCMを見続けて、ようやく解決法を見つけたネ」


「それはなんですか?」


「『張りとツヤ』ネ。この二つがあれば、ほとんどの問題は解決しそうネ」


 極めて無難な答えを出した。

 宇宙人も、かなり地球の文化に馴染んできたのだろう。この流れなら安心して見てられる。



「それで『張りとツヤ』に対しては、どのような方法で解決するのですか?」


 福竹アナウンサーが聞くと、宇宙人は試験管に入った液体を取り出して来た。

 液体は、ほとんど透明だが、ほんのりと茶色いあめのような、薄い琥珀色こはくいろをしている。


「ソコデ、ワレワレは、ナノマシン配合の薬を作ったネ」


 液体を眺めながら、福竹アナウンサーが質問をする。


「これは何でしょう? 化粧水のようですが?」


「化粧水では無いネ。化粧水は既に市販されているので、ワレワレが作る必要は無いネ」


「では何でしょう?」


「『DNA劣化修復薬れっかしゅうふくやく』ダヨ」



 よく分らない薬に対して、福竹アナウンサーは詳しい効果を聞き出す。


「『DNA劣化修復薬れっかしゅうふくやく』ですか? お肌の細胞を修復するのでしょうか?」


「違うヨ。もっと根本的な治療薬で、注射して使うネ。体のDNAを修復して、ベストな年齢の状態に近づけるヨ」


「年齢を…… それって、簡単に言うと『若返りの薬』って事ですか?」


「ソウネ。そう思ってくれて構わないネ」



 やや混乱した福竹アナウンサーが、何とか話を進める


「あっ、えっ、ええと、その薬を使うと不老になるって事ですか?」


「不老にはならないネ。この薬を定期的に投薬して、常にベストな年齢の状態に管理できるけどネ」


「つまり、適切に維持していれば、寿命で死ぬ事は無くなる訳ですね?」


「ソウネ。老衰で死ぬ事は無くなるヨ」


 宇宙人がとんでもない薬を、さらっと出してきた。



「この薬は、薬を使えば使うだけ若返れるんでしょうか?」


「ある程度の限界があるネ。個体によって違うケド、19~27歳くらいが限界ネ」


「という事は、80歳の方が、30歳くらいに若返る事は可能なんですね」


「可能だけど、チョット時間が必要ネ。一回の投薬で、効果が出てくるまでの時間が3~4週間で、効果としては1~2歳くらい若返る感じだネ。1年かけて15歳ぐらいの若返るペースが限度ダヨ」


「あ、あぁ、なるほど、わかりました。それでも充分凄いと思います……」


 あまりの効果の凄まじさに、しばらくの間、福竹アナウンサーは黙ってしまった。

 まあ、無理も無いだろう。相変わらず、宇宙人の技術は、僕らの想像の上を行く。



 しばらくの沈黙の後、大切な事を思い出したように、福竹アナウンサーが叫ぶ。


「そうだ! 値段! 値段は幾らなんでしょう! 法外な値段ではないですよね?」


「正式な価格ではないケド。一回でおよそ5万円ほどになるヨ。保険適用もされるカラ、2割負担の人は1万円。3割負担の人は1万5千円くらいダネ」


「あっ、そうですか。その値段で、永遠の命が維持できると思えば、安いですね」


 提示された金額は、値段にうるさい福竹アナウンサーも、一発で納得するお値段だった。

 むしろ安すぎて、これで宇宙人側がやっていけるのか不安になるような価格だ。



 気がつくとだいぶ時間が過ぎていた。スタッフに声を掛けられて、福竹アナウンサーが慌てて言う。


「すいません。そろそろアンケートのお時間です。皆さまご協力をお願いします」


 アンケートの集計画面が現われて、僕は「今週の政策は『良かった』」「宇宙人を『支持できる』」に投票する。

 寿命が驚くほど長くなって、反対するような人は居ないだろう。



 しばらくすると、アンケートの集計結果が表示された。


『1.今週の政策はどうでしたか?


   よかった 97%

   悪かった 3%


 2.プレアデス星団の宇宙人を支持していますか?


   支持する 81%

   支持できない 19%』



 福竹アナウンサーがまとめに入る。


「いやあ、今週の政策の支持率はもの凄いですね」


「ソウネ。この惑星の『張りとツヤ』は、かなり酷かったみたいネ」


「そこはちょっと問題が違うと思いますよ?」


「ナンデ? 『美容問題』はこれで解決しなかったの?」


「いや、そうではなくて。おっと、お時間となりました。また来週もお会いしましょう」


「マタネー」


 こうして番組が終わった。宇宙人は相変わらず考えがズレているらしい。

 しかし、まさか化粧のノリの相談から、若返りの薬が出てくるとは思わなかった。



 隣で見ていた母さんが、上機嫌で台所の方に戻っていく。


「後でアヤカに確認しないといけないわね」


 どうやらあの薬を打つ気らしい。

 まあ、ある程度の年齢が過ぎていれば、誰しもが打ちたいだろう。

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