DNA劣化修復薬 1
今日はミサキの部屋に集まって遊んでいる。
テレビをつけながら、持ち寄ったゲームで遊んでいると、ミサキのおばさんがやって来た。
「これ、オヤツを作ったの。よければみんなで食べてね」
そう言って、焼きたてのホットケーキを置いていってくれた。
かなり厚めに焼いたホットケーキには、たっぷりとメイプルシロップがかかっていて、上にはバターが乗っかっている。
おばさんが居なくなった事を確認して、僕はミサキに言う。
「かなり機嫌が良いみたいだね」
「そうね、改善政策で『若返りの薬』が発表されてから、機嫌が良いみたい」
ミサキがホットケーキを食べながら答える。するとヤン太がこう言った。
「うちの母ちゃんも機嫌がよかったな。おっ、テレビで何か始まるぜ」
僕らはホットケーキを食べながら、それとなくテレビを見始める。
テレビはスタジオでの討論から、中継に切り替わった時だった。現場のアナウンサーが熱っぽく語る。
「こちら国会の記者会見室から中継をお届けします。これより厚生労働大臣と、プレアデスグループの
大臣と姉ちゃんが二人でやってきて、教壇の前に立つ。
原稿を広げながら、初めに姉ちゃんが口を開いた。
「まず私、笹吹アヤカから、概要を説明させて頂きますね。DNA劣化修復薬は、一回の投薬で1~2歳くらい、平均で1.7歳の若返りの効果があります。薬の効果が出るまでは3~4週間くらいかかります」
姉ちゃんが、水を一口飲み、続きを話す。
「若返りの限度は、体がピークの状態の19~27歳までです。過度に摂取しても、効き目が無いだけで、特に副作用はありません。ここまでで何か質問はありますか?」
記者に質問を投げかけると、一人の記者が手を挙げる。
「値段は5万円という話でしたが、保険適用がされるとか」
「価格は5万円+消費税で間違いありません。保険については、大臣から話してもらいましょう」
姉ちゃんが少し横にズレて、今度は厚生労働大臣が話し始めた。
「保険の適用ですが、肉体年齢による制限をさせて頂きます。75歳以上の方は年間5回まで、74歳~56歳は年間3回まで、55歳~32歳は年間2回まで、32歳未満の方は年間1回のみの適用とさせて頂きます」
大臣の発表が終わると、記者からブーイングのような声が上がる。おそらく保険適用で、投薬しまくろうと思っていたのだろう。
あまりにも声が大きくなると、大臣が記者に説得をする。
「まあ、落ち着いて下さい。国にも財源があります。今回のこの薬にかかる保険金の負担額は、先ほどの条件で、27兆円くらいかかります。これ以上の負担は不可能に近いです」
とんでもない金額を言われて、記者達が一斉に黙った。
静まり返った会場で、一人の記者が手を挙げた。
「はい、そこの方、どうぞ」
大臣が指名をして、記者が質問をする。
「財政は大丈夫でしょうか?」
「うーん。何とかするしかないでしょうね。下手をすると消費税を上げなくてはいけないかもしれません。しかし、そのうち、みなさん全員が若くなれば、年に一回を使用するだけで、若い年齢を維持するような社会がやって来るでしょう。それまでの辛抱ですね」
大臣が遠い目をして答えた。
年寄り全員が若くなるには、いったいどれほどの年月がかかるのだろうか……
記者の1人から、また質問が飛ぶ。今度の質問相手は姉ちゃんだ。
「保険金の適用外で、全額実費で投薬する事は可能ですか? また、薬の生産量は充分なのでしょうか?」
「実費での投薬は可能です。生産量は充分にあります。全人類が、年に10回投薬しても、大丈夫なほどの生産量はありますね。お金があれば、いくらもで出来ますよ」
姉ちゃんがドヤ顔で答える。どうやら生産量は気にしなくても良いらしい。
記者が引き続き質問をする。
「まだ先の話ですが、将来、著作権が切れてジェネリック医薬品になり、価格が下がりますかね?」
「うーん。難しいと思います。薬もそうですが、そもそもナノマシンが必要不可欠なので、その技術の確立が先ですね」
「わかりました。かなり先の未来までジェネリックは不可能ですね」
「残念ながら、そうだと思います」
姉ちゃんがニヤけながら、ちっとも残念そうな顔をせず答えた。
他の記者から、こんな質問が飛び出る。
「そういえば、笹吹アヤカさんは火星開発の責任者でしたよね。火星ではどうなる予定ですか?」
「この薬は治療の一環として扱われます。火星では、治療行為は無料なので、この薬も無料ですね」
「……いいなぁ、火星に住もうかな」
どこかの記者の独り言を、たまたまマイクが拾ってしまう。すると、姉ちゃんは営業トークを始める。
「火星への移住、お待ちしていますよ。募集の人数に対して、申し込みの人数が定員割れしている状態なので、今ならすぐにでも移住可能です」
「あっ、はい。でも……」
「まあまあ、後でカタログを渡しますので、見るだけでも見て下さい」
「わかりました、では
ちょっと強引に売り込みをする。
火星の環境は魅力的なので、そのうち、この記者は移住する事になるかもしれない。
火星の話題になったので、次にこんな質問がされた。
「他の国はどうなっているんですか?」
この質問には、大臣が答える。
「私の知っている範囲では様々ですね。この薬を治療とは見なさず、保険適用外としたり。『贅沢品』とみなして、重税を掛ける国もあると聞いております」
「『贅沢品』ですか?」
記者がちょっと驚いた表情をすると、大臣はこう続けた。
「ええ、『贅沢品』です。なんでも税率を1000パーセントくらい掛けて、儲かったお金を国庫に蓄えるようですよ」
「1000パーセントですか! 5万円の費用が、50万円になるわけですね。それって大丈夫なんですか? 国民の反感を買いませんか?」
「いや、まあ、暴動くらい起きるかもしれませんね」
大臣が、怖い事を平然と言い切った。確かにそんな横暴な政治をすれば、暴動くらい起こしたくなるかもしれない。
この後、いくつかの質問が交わされて、最後の質問になる。
「そろそろお時間です。まだ何か質問がありますか?」
すると1人の記者が手を挙げて、発言をする。
「ちょっと質問の
そう言われると、大臣が苦笑いをしながら答える。
「それはこれから話し合います。正直言って頭の痛い問題です。何か良いアイデアがあれば教えて下さい」
そう答えると、会場のあちこちから笑い声が上がった。
もちろん、上がったのは笑い声だけで、具体的な解決案は出てこなかった。
こうして会見の時間が終わり、会場からのテレビ中継が終わった。
中継が終わると、ヤン太がつぶやくように言う。
「年金か…… 俺らが爺さんや婆さんの年齢になった時、もらえると思うか?」
「無理でしょうね」「無理だわ」「難しいかも」
年金は、どんどん受給の年齢が上がる傾向にあるらしい。
年寄りが増えすぎると、お金が足りなくなるので、受給する年齢を上げて、対象者を絞りに絞って、なんとかお金を配っている。
若返りの薬が出てしまった以上、このシステムだと、僕らがもらえる番は永久に回ってきそうに無い。
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