植物園レポート 3

 いろんな植物園が『どこだってドア』を通じて繋がっている。そして、それぞれの植物園には季節をずらした温室のようなものがあるようだ。


 僕たちは『どこだってドア』をくぐり、違う銀色のドームの前にやって来た。

 ここには『プラス2ヶ月館、ただ今は神無月かんなづき』という看板が立て掛けてある。


 ミサキが看板とスマフォを見ながら言う。


「かんなづき、10月の事ね。さあ建物の中に入りましょう」


 前回は読み間違えたので、どうやらスマフォで調べたらしい。

 ミサキに手を引かれて、僕たちは自動ドアから中に入る。



「かなり涼しいな」


「ちょっと寒いくらいね」


 ヤン太とジミ子が、少し寒がる。

 周りを見ると、温度計があり、気温は『22度』を示していた。

 確かにちょっと肌寒い。


「あれは、紫陽花あじさいか、かなり枯れかけているな」


 キングが入り口近くにある紫陽花を指さして言う。

 先ほど行ってきた、6月の温室では咲き乱れていたが、ここでは葉っぱが茶色くなりかけていて、干からびかけている。



「本当だね、あっ、種がついている」


 僕は花の後に出来ている小さな種を見つけた。ミサキがこの、1ミリほどの小さな種を見つめて言う。


「へえ、こんな種がなるんだ。初めて見たかも」


「そうだね。花は見るけど、紫陽花は種とかあまり気にしないね」


 目立つ実や、食べられる実は気にする事もあるが、こんな小さな種は気にした事がなかった。

 ここでは季節を渡り歩くように、植物を自由に観察できるので、意外と面白いかもしれない。



 僕らは爽やかな空気の中、奥へと進んで行く。

 歩道を歩いていくと、コスモス、リンドウ、彼岸花ひがんばな、菊が目についた。

 視線を上げると、まだ紅葉こうようの浅い、黄色いカエデとイチョウが目に入る。



 ミサキが彼岸花を見て言う。


「ヒガンバナって、天ぷらにしたら美味しそうじゃない?」


 するとジミ子が冷静に言い放つ。


「毒の部分があるから、食べるときは気をつけてね」


「えっ、うそ? いや、食べないわよ」


 ミサキが動揺しながら答えた。あれは間違いなく食べる気だった。



 秋の植物園を抜けて、自動ドアから外に出ると、真夏のうだるような暑さに引き戻された。

 ヤン太が植物園のパンフレットで、首筋を扇ぎながら言う。


「あっちい、次の植物園に早く行って涼もうぜ」


 趣旨しゅしが違う気がするが、確かにこの暑さは耐えられない。僕らは次の植物園へと急いだ。



『どこだってドア』を抜けて、『プラス4ヶ月館、ただ今は師走しわす』という建物の前に来た。


「12月で『しわす』ね。これは調べなくても知ってたわよ」


 ミサキがドヤ顔で言う。確かに師走はよく聞く言葉だ。ミサキが読めても不思議では無いかもしれない。ただ、漢字が書けるかどうかは怪しいが。



 建物の中に入ると、凄い寒い。木の葉っぱは、ほとんどが散っている状態だ。

 ジミ子が震えながら言う。


「寒すぎるわね。気温計は…… あった『9度』ですって……」


「早く通り過ぎようぜ、風邪を引きそうだ」


 キングの吐く息は、白く濁る。これは相当寒い。

 

 僕たちは小走りでここを抜ける。

 椿とボタン、クリスマスの時によく見る赤いポインセチアが展示されていたが、寒すぎてよく見ていられない。


 急いで外に出て、僕の発した言葉は「外の気温が『暖かい』」だった。

 流石に8月から12月の移動はきつすぎる。



 次に訪れたのは『プラス6ヶ月館』。ここの季節は『如月きさらぎ』で、2月の事だ。


「入るわよ」


 そう言ってミサキが踏み込んだ。


 自動ドアを通って中に入ると、寒さが目で確認出来た。辺り一面、うっすらと雪が積もっている。


「さむっ、私、出てるわ」


「俺も」


 ジミ子とキングが耐えきれず、入り口から引き返す。

 僕もその後に続いて引き返そうとしたときだ、ミサキに手をつかまれた。


「いくわよね、ツカサ。もちろんヤン太も行くわよね?」


「ああ、突破するぞ!」


 ヤン太がちょっと嬉しそうに答えた。どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。


 運動神経の良い2人が走って行く。その後を僕が必死で追いかける。

 走ると、あまりの寒さに顔が痛い。


 植物は、早咲きの梅が咲いていた。花に雪がかぶり、日本画のような美しさだったが、立ち止まってスマフォで写真を撮る余裕はなかった。


 素早く施設の内を走り抜け、僕らは温かい8月の気候に戻ってきた。

 おそらく季節を忠実に再現しているのだろうが、もうちょっと手加減してほしい。



 最後に向ったのは『マイナス4ヶ月館』、看板には『ただいま卯月うづき』と書かれている

 季節をずらした施設も、これで最後になる。


「ええと、たまごつき……」


「違うわよ、卵だと点が入ってるじゃない」


 ミサキが読み間違えて、ジミ子に指摘される。


「ええと、読めないけど、とにかく4月の事ね。入りましょう」



 施設に入るとすぐに分る。この季節は大当たりだ。

 桜に菜の花、フジにツツジ、チューリップにシバザクラ

 ありとあらゆる場所で花が咲いていた。


「みんなで写真を撮ろうぜ」


 キングに言われて、温かい日差しの中、桜の木のまわりに集まった。


 桜はちょっと時期が過ぎていて、緑の葉っぱが出始めている。ハラハラと花びらの落ちてくる中で、何枚も写真を撮った。この写真は、日付が入っていても、春に撮ったと間違えられるだろう。


 写真を撮った後は、僕らは、できるだけゆっくりと歩き、この春の季節を存分に楽しんだ。



 この施設を出た後は、僕らは『どこだってドア』が並んで居る、移動の拠点へと戻ってきた。


「ふう、これで一通り行ったかな」


 ヤン太が途中で買ったスポーツ飲料を飲みながら言った。


「そうね、これで全部の季節に行ったはずよ。帰りましょうか」


 ジミ子がそう言った時だ、キングが何かを見つけたらしい。銀色のモノリスのモニュメントの前で、僕らを呼ぶ。


「おい、ちょっと来て見ろよ。これ、飾りじゃないらしいぜ」


 銀色のモノリスに近寄ってみると、うっすらと、こんな事が書かれていた。


『銀色の月 宇宙植物館へようこそ【足元の重力に注意して下さい!】』


 どうやらまだ、とっておきの植物館があるらしい。

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