植物園レポート 1

 お風呂からあがってみると、姉ちゃんがリビングでくつろいでいた。

 梅酒のソーダ割を飲みながら、僕に話しかけてくる。


「弟ちゃん、暇ならレポートを書くバイトをやってみない?」


「レポート? あまり文章に自信がないなぁ」


「大丈夫よ、ちょっとした感想文みたいなもので良いから、よければお友達も誘ってみて」


「うーん。それならいいけど、どんなレポートを書けば良いの?」


「植物園を見学して、その感想を書いて欲しいの」


 そういって、鞄から植物園のパンフレットを出してきた。



 パンフレットを見ながら、僕が言う。


「植物園か…… あまり楽しそうな場所じゃないね」


「まあ、若い人にとってはそうよね。いちおう、うちの会社がテコ入れしたから、多少はマシになっていると思うわ」


「植物園の利用者って、ほとんどがお年寄りだよね?」


「まあ、中高年がメインターゲットね。若年層の利用者はとにかく少なくて、あなたたちの貴重な感想が知りたいのよ」


「わかったよ。いつものように会社の前に集合で良い?」


「それなんだけど、今回の場所は電車で行ける距離にあるから、電車で行ってみる? 交通費は出すからさ」


「じゃあ、電車で行ってみるね」


 この後、Lnieでみんなにメッセージを送り、全員にOKをもらう。そして、後日に駅で集合する事となった。



 数日後、僕らは駅で待ち合わせて、植物園へと向う。

 電車とバスを乗り継いで、およそ50分で目的地へと着いた。


 植物園の入り口のゲートにある建物は、近代的で意外と立派だったが、閑散かんさんとしていて人が居ない。

 まあ、8月下旬の、暑さが厳しい時期に、わざわざ植物園にやって来る人は少ないのかもしれない。


 いざ植物園に入ろうとすると、そこに立て看板が二つあった。

 一つ目は『祝 プレアデス財団加入』と、プレアデスグループに加入した事が記されている。

 二つ目は『ただいまの時期、入場料無料』と書かれていた。


「この植物園、大丈夫なのかしら……」


 ジミ子は無料だと喜ぶと思っていたが、心配そうな声で言う。

 確かに心配だ。それに無料なのに、ここまで閑散としているのは、いったいどういう事だろう……



 無人の入り口から中に入ると、大きな園内の地図と共に、『花のみごろの一覧』という、月ごとに分けられた開花時期の一覧がある。

 これを見て、この時期の植物園が無料の理由が少し分った。


 春は、桜、チューリップ、ツツジ、バラ、フジ。

 秋は、菊、コスモス、リンドウ、ヒガンバナ。

 様々な花が咲いているのに対して、夏はハスとヒマワリしか咲いていない。


 この情報を見て、キングが言う。


「見るべき所は、この『ハスの池』と『ヒマワリ畑』くらいか」


 それを聞いて、ヤン太が言った。


「まあ、そうなんだが、俺たちはレポート書かなきゃいけないからな。バイト代をもらうし、順路どおり、一通り回ろうぜ」


「そうね。せっかく来たんだから、色んな所を歩いて行きましょう」


 ミサキが元気に返事をする。確かに植物園には滅多に来ない。たまにはゆっくり散策さんさくするのも悪くないかもしれない。



 歩き出して200メートルもすると、なぜここまで人が少ないのか、嫌でも理由が分った。


「ここら辺は梅ね、立春りっしゅんくらいに来ればきれいでしょうね」


 ジミ子が梅の木を見ながら言う。もちろん真夏の今は花をつけている訳も無く、葉の茂っている普通の木にしか見えない。



 少し歩いて梅のエリアを抜けると、ヤン太が言う。


「ここら辺は桜か、咲いていれば綺麗だろうな」


 もちろん桜も咲いているはずも無く、ただの林と変わらない。



 桜のエリアを抜けると、キングが言う。

「ここはツツジの丘らしい。よく手入れされているな。花が咲くと、こうなるらしいぜ」


 そういってキングはスマフォを見せてくれた。

 そこには、丘一面を埋め尽くすようなツツジが咲き乱れている。


 まあ、これも春の出来事だ。この時期のツツジは、がきと変わらないような、緑色の姿をしている。



 強烈な夏の日差しの中、僕らは植物園を進んでいく。


「あ゛~づ~い~、あっ、あそこに自販機がぁ~」


 そう言ってミサキが自販機にふらふらと吸い寄せられていく。

 そして、到着すると、スポーツドリンクを迷わず買って飲んでいる。


「俺も買う」「私も」「僕も」


 みんなも我慢できずに、次々とスポーツドリンクを飲む。

 飲んだ水分は、すぐに吸収され、汗となって、その場に落ちる。


 植物園というのだから、木陰がたくさんあるかと思っていたが、その考えは間違いだった。歩道のほとんどは日当たりのとてもよい場所で、日陰など一切無い。

 この暑さはヤバい。お年寄りだと、間違いなく熱中症で倒れそうだ。



 この後、僕らは『ハスの池』にたどり着いたが、ハスは、7月後半から、8月上旬の朝に咲くようで、8月後半の今の時期は咲いていなかった。


「次に行こうか」


「そうね」


 ヤン太がみんなに言うと、ジミ子が答えて、再び移動を開始する。

 暑さでグッタリとしていて、あまり元気が無い。



 さらに歩いて『ヒマワリ畑』に到着すると、まばらに花が咲いていた。


 ほとんどのひまわりは、あまりの暑さのせいか、クタッと垂れていて、一部の物は枯れている。


「次にいこうか」


 キングはいつもならトゥイッターに写真を上げる所だが、もうスマフォを取り出す気力も無いらしい。

 僕もその事を指摘する気力も沸かず、次へと移動する。



 順路どおり歩いて行くと、小さめの体育館くらいある、立派な温室へとたどり着いた。僕たちはこの建物の中に入る。


 温室の中にはらんやサボテンの花が咲き乱れている。

 花は、特に珍しいものらしいが展示されているらしいが、温室なので、これまで以上の熱気と湿度が満ちていた。特に湿度は酷く、とても長時間は居られない。


 僕たちは、展示物をろくに見ないで、足早に温室を駆け抜ける。


「ふう、温室から逃げ出せたぜ」


 ヤン太が汗を拭いながら言う。僕はその意見に同意する。


「そうだね。あそこで展示物は見られないよね」


「全くだ。あれ、あそこに何かあるぞ」


 ヤン太が指さした先には、銀色のドーム状の建物が建っていた。

 間違いなく、宇宙人の技術を使った建物だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る