民住島 5

 僕たちが写真撮影をして、政府から最大5000億の融資が決まった数日後。


 僕らはヤン太の家で遊んでいた。みんなで出来るカードゲームを楽しみながら、なんとなくテレビをつけっぱなしにしている。

 すると、テレビのワイドショーで民住島みんじゅうとうが取り上げられていた。


 テレビのレポーターが、熱っぽく語り始めた。


わたくし、建設途中の民住島へとやって参りました。ここには学校、病院、スーパーなどの生活に必要な設備がほとんど整っています。本日、マンションのモデルルームが公開されたので、そちらへ向って見たいと思います」


 レポーターは街中を歩く。その経路は僕らが歩いた通りと同じだったが、あちらこちらで内装の工事が入っていた。木材を切断したり、釘を打ち付けたりと、電動工具のうるさい道を、レポーターは進んでいく。


 やがてレポーターはマンションのエレベーターに入り、最上階のボタンを押した。



 テレビカメラが最上階へとたどり着く。

 エレベーターのドアが開くと、廊下を進み、玄関の扉を開けて部屋の中へと入っていく。


「こちら、ロフト付きの物件になっております。ご覧下さい、この高い天井を! ロフト部分に上がっても、天井に頭がつくことはありません。そしてこの窓からの眺め! 素晴らしいの一言に尽きます!」


 マンションの中は、ちゃんとした物件になっていた。

 飾り気は少ないが、シンプルで現代的な室内。そして辺りを一望出来る窓からの景色。

 レポーターは通販番組のように、この物件を褒めちぎる。


「さて、この海上都市のマンションの販売価格ですが、分譲価格ぶんじょうかかくは1900万円~4800万円となっています。この価格は移動先の相場の半額くらいですね。これだけでもお買い得ですが、さらに、この都市の電気代、水道代は、一般的な料金の4分の1だそうです。信じられません」


 レポーターは笑顔で言うが、ジミ子は文句を言う。


「高いわね。お姉さんから聞いた見積もりより、1000~2000万円くらい高いわ。それに電気や水道代も10分の1にだって出来るはずよ。高すぎるわ」


「まあ、物件が売れない可能性もあるんだし、ある程度はしょうがないんじゃないかな?」


 僕が説得すると、ジミ子が渋々納得をする。


「まあ、そうかもしれないけど……」


 売れなかった場合、後である程度は値引きをしなければならない。その為に、いきなり安い値段をつける訳にはいかない。

 この番組に福竹アナウンサーが出ていれば、その場で値下げを始めたかもしれないが、その展開を危惧きぐしているのか、福竹アナウンサーは番組に呼ばれていなかった。



 テレビの方は、スタジオから現場のレポーターに、こんな質問が飛んでいた。


「その島への交通手段とかはどうなんでしょうか?」


「島にはバスターミナルの駅があります。バスと言っても、最近、宇宙人の技術で開発された『空を飛ぶバス』ですね。海上を空を行き来して、最寄りにある『新本場駅しんほんばえき』、『国際展示会場駅こくさいてんじかいじょうえき』、そして東京ディスティニーランドのある『舞彡兵駅まいさんへいえき』に、連絡バスが運行します。特に『新本場駅』は、交通のかなめとなる『凍京駅とうきょうえき』まで約10分で出られ、とても交通の便が良いですね」


「何か不自由に感じた点はありますか?」


「そうですね。街路樹はありますが、緑は意外と少なく、島の中には公園がありません。しかし、設置場所の周辺には大型の公園がいくつもあります。水族館がある『葛酉臨海公園』、バーベキューと釣りのできる『若彡州海浜公園』、23区の中で最大の緑地を誇る『海の林公園』。これらの公園を結ぶ、無料巡回バスが用意されるみたいです」


「なんともうらやましい環境ですね。マンションはどのくらいの規模なんですか?」


「20階建てで、分譲数は1800件ですね。今日の夕方から予約の受付が始まるようです」


「なるほど、ありがとうございました。では次の特集です」


 番組の内容が芸能人のスキャンダルの話に変わったので、僕らは興味を無くした。



「他のチャンネルで特集をやってる場所はないかな?」


 そうヤン太が言うと、キングがすぐにスマフォで調べる。


「チャンネルプレアデスのサブチャンネルで、この島の特集をやるみたいだぜ」


「そっちを見てみましょうよ」


 ミサキもこの話題に興味があるようだ。


 僕らはチャンネルを変えて、この特別番組を見る。

 すると、地上のマンションだけではなく核融合炉の事が特集されていた。

 かなり魅力的な都市だが、はたして移り住む人は、どのくらい居るのだろうか?



 僕は人が集まるか心配したが、それは杞憂きゆうに終わる。

 2日もしないうちに、この都市への移住希望者は定員オーバーになり、抽選会で選抜されるほど人気が集まった。



 さらに何日か後、僕の家で遊んでいると、キングが僕にこんな事を言う。


「あの島の『住民説明会じゅうみんせつめいかい』を見てみないか? テレビで中継をやるみたいなんだが」


「いいけど、住民説明会なんて見ても面白くないんじゃないの?」


「俺もそう思うんだけど、トゥイッター仲間が、『荒れそうだから面白くなる』って進めてくるんだよ」


「そうなんだ。まあ、見てみよう」


 そう言ってテレビを入れてチャンネルを変える。



 テレビにはどこか大きな体育館のようなホールが映る。

 ステージが組まれ、ステージの上には民住党みんじゅうとうの幹部の人たちが勢揃いしていた。

 ステージの下には住民と見られる人たちが集まっている。その人数は2000人は超えていそうだ。


 党首の枝理えだすじ議員がステージの中央の教壇に上がり、機嫌が良さそうに言う。


「皆さま、民住党の運営する民住島へようこそ。学校と病院を備え、電気と水道代は通常の料金の4分の1。この島は、我が党の理想となるような島です」


 自慢気に語り終わると、盛大な拍手が上がる。


 この後、島の施設を一通り説明して、住民の質問タイムとなった。



「何か質問はありますか?」


 枝理議員がそう問いかけると、たくさんの手があがる。


「では、そこのあなた、どうぞ」


「私は大学生なんですが、たしか民住党さんは、大学無料化を訴えていましたよね」


「ええ、まあ、あれは大学への進学を援助するという意味でありまして……」


「無料化は嘘だったんですか?」


「いえ、嘘ではありません。この島には高校までしかありませんので……」


「それなら、これから大学を作りますよね? 作ってくれますよね?」


「ええ、はい。そうですね。ただちに作ります」


「頼みましたよ。約束ですからね」


「はい、分りました。それでは次の人へどうぞ」


 枝理議員は大学設立を約束されられてしまった。

 まあ、政府から特別融資として5000億まで引き出せるので、このくらいは余裕だろう。



 質問は次々と続いた。


「民住党さんは、最低時給を1300円にすると言ってましたが、もちろんこの島の最低時給は、1300円を上回りますよね」


「も、もちろん1300円に設定させて頂きますよ」


「儂は年金を収めてないんじゃが、民住党さんの政策によると、誰でも年金を月7万円以上はもらえるんじゃろ?」


「え、えぇ、もちろんですとも。党の政策ですからね。すべての国民に月に7万円以上でしたっけね。そんな事も言いましたね」


「私には5人の子供が居るんですが、ネットの噂で『子育て手当』を復活させると聞いて、ここに引っ越す事に決めました。子育て手当の金額は、以前は月額2万6千円でしたが、この島ではどうなるんですか?」


「えっと、この島でも月額2万6千円を予定しております」


 枝理議員の顔色がみるみる悪くなり、脂汗をかきだした。

 出費がかさみそうな政策が、たくさんあるみたいだが、党の方針なら仕方がないだろう。

 5000億もあるから平気なハズだ。



 次々と運営予算が膨らんでいく。

 そんな中で、怒鳴り散らしている人が居た。


「なんで私が指されないの! 質問ができないじゃない!」


 明らかに質問すると面倒くさくなりそうな人だが、ここで質問させない訳にもいかないだろう。


「はい、そこの方、どうぞ」


 嫌々ながら、枝理議員が指名をする。

 指名された人は、興奮状態で、肩で息をしながら質問をぶつけてきた。


「私、申し込んだ後から知ったんですが、この島の地下には核融合炉があるって話じゃないですか。民住党は原発に反対していましたよね? なんで『原子炉』なんて『おぞましい物』が、この島の地下にあるんですか!」


「原子炉だって!」「そんな話は聞いてないぞ」「いったいどういう事だ!」


 住民説明会の会場が、一気に騒がしくなる。


「いえ、核分裂と、核融合は違いまして……」


 枝理議員が説明しようとすると、それを後ろからせいする人が現われた。

 以前、民住党が政権を取っていた時に、総理大臣を務めていた、『みや 直入ちょくにゅう』元総理大臣だ。


 宮直入元総理は枝理議員を押しのけ、こう言った。


「僕はものすごく原子力に詳しいです。核融合炉はとても有害で、居住地の下に存在するなんてあり得ません。宇宙人に残らず撤去してもらいます」


 それを聞いて、パチパチパチと、会場を拍手がつづむ。

 どうやらほとんどの人が、核分裂と核融合炉の区別がついていないらしい。



 しかし、何人かは気がついているようで、次にこんな質問がきた。


「電気代は4分の1と言っていましたが、大丈夫ですよね」


 宮直入元総理はマイクを握ったままだったので、そのまま答えた。


「ええ、我が党はクリーンエネルギーの普及がモットーですから。核融合炉の代わりに太陽パネルを設置して発電しますよ」


「あっ、そうですか。まあ、電気代が安いなら、別に構わないです」


 質問者は納得したようで、席にすわると、次の人にマイクを譲っていた。



 ヤン太があきれたように言う。


「大丈夫かこれ?」


「大丈夫じゃないんじゃないの?」


 ジミ子もあきれた様子で答える。

 するとミサキが僕にこう言った。


「いくらぐらい掛かるか、ちょっとお姉さんに聞いてみて」


「うーんじゃあ聞いてみるね」


 Lnieでメッセージを送ると、こんな答えが返ってきた。


『うーん。ソーラーでやるとなると、まず海上都市に土地を追加しなきゃね。あの規模の都市だと、土地を10ヘクタールくらいは追加しないといけないから、土地のユニット代だけで150億。ソーラーパネル代が40億くらいかしら? ソーラーパネルは海上だから、台風と塩害に対応しなきゃならないから、通常より高くなるわね』


 僕はみんなに、この結果を知らせる。


「ええと、土地で150億、ソーラーパネルで40億。合計190億だってさ」


「あの失言で190億が吹っ飛んだ訳か……」


「すげぇな」


 ヤン太とキングが遠い目をして言った。

 たしかにあれで190億を失ったのは痛い。だが融資の限度は5000億円あるから、おそらく大丈夫だ。たぶん。



 1週間後、島は予定された東京ディズニーランド沖に設置された。

 設置とともに、島には広大な土地が追加され、ソーラーパネルが追加される。


 このソーラーパネルは大手通信会社のソフトバンカーの法が採用されたようだ。どうやら、姉ちゃんの会社の見積もりが高かったらしい。


 しかし、予算をケチったせいか、地球の技術レベルが足りないのか、このソーラーパネルはよく壊れた。台風がくる度に電気が止まり、数億円の被害が出るというニュースをたびたび見かける。


 予算がかなり心配だが、民住党の議員は、この島を運営を続けなければならないらしい。

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