民住島 4

 食事を終わった僕らは、この海上都市を見て回る。


「まずはホテルの隣にあるスタジアムでも見てみる?」


「はい、見学したいです」


 姉ちゃんに聞かれて、ミサキが元気よく返事をする。

 先ほど上のレストランから眺めていたが、間近な観客席からもグラウンドを見てみたい。


 僕らは姉ちゃんの後について、スタジアムの横のスタッフ専用の入り口から入る。

 ドアを抜けると、足元に人工芝が張られていた、グラウンドに僕たちは紛れ込んでしまったらしい。


「姉ちゃん、ドアが違うよ」


 僕がそう言うと、姉ちゃんは当然のように答える。


「最新式のグラウンドをちょっと試してみない?」


「走って良いんですか?」


 ミサキが聞くと、姉ちゃんは親指を立てて、こう言った。


「いくらでもどうぞ。かなり頑丈な人工芝だから、人間が走ったくらいじゃ何ともないわよ」


「ヒャッホー」


 奇声を上げてミサキが走り出す。


「俺の方が早いぜ」


 それをヤン太が追いかける。


「私たちはゆっくり行きましょう」


「そうだね」


「そうしようぜ」


 ジミ子と僕とキングは、のんびりと歩いて行く事にした。


 このスタジアムは、観客席が4万ある。

 観客席からは、グラウンドが良く見えるという事は、グラウンドからも観客席が良く見えるという事だ。360度見渡すと、全ての座席が一望できる。せり出すように設置された3階層の座席は、押し寄せてくるような迫力があった。

 僕らは選手だけしか楽しめない、この壮大な環境を、しばらく楽しんだ。


「じゃあ、そろそろ次に行くわよ」


 姉ちゃんに言われて、自由に歩き回っていた僕らは、再び出入り口のドアの前に集結した。

 ミサキはずっと走り回っていたらしく、かなり汗だくで、肩で息をしていた。



 この後、僕らは街の中を散歩する。


 通りにそって、計画的にビルのような建物が建っているが、内装は本当に手をつけていない。

 中を覗いても、き出しのコンクリートのような壁と柱があるだけだ。


 そんな街を歩きながら、姉ちゃんは僕らに聞いてきた。


「何か見たい場所はある?」


「マンションの部屋が見てみたいです」


 ジミ子が言うと、姉ちゃんはこの都市の外側をぐるりと囲む様に建っている、巨大な壁のような建物を指さして言う。


「じゃあ、見てみましょうか、どうせだったら見晴らしの良い最上階がいいわよね」


 僕らは街の中央を抜けて、マンションの中へと入った。



 マンションに入るとすぐにエレベーターがあり、僕らはそれに乗り込む。

 フロアのボタンは、地下5階から地上20階までで、姉ちゃんは迷わず20階を押す。

 階数を表示する数字が上がっていき、20になるとドアが開いた。


 ドアの外に出てみると、いたって普通のマンションの通路といった感じだ。

 幅1メートルほどの廊下が続くのだが、部屋へと通じる場所にはドアが無かった。ただ壁に長方形の穴が空いているだけだ。


「じゃあ、そこら辺の部屋に入ってみましょうか」


 姉ちゃんに言われ、ガランとした出入り口のような場所から、中に入る。



 部屋の中は、打ちっぱなしのコンクリートのような壁とガラス窓、上水道と下水道を接続するパイプ。あとは電源コードのソケットくらいしかない。

 部屋の幅はあまり広いとは言えないが、かなり奥行きがある。そして、天井が異様に高かった。


「意外と広いな」


「それより、天井が高すぎないか」


 ヤン太とキングが見上げながら言った。姉ちゃんがタブレット端末を取り出しながら説明をする。


「この部屋の区画は、幅は6メートルだけど、奥行きは22メートル、天井の高さは6メートルあるわ。部屋の内装は自由だけど、天井が高いから2階建てに分ける事もできるわね」


 確かにこの高さなら2階建てにするべきだ。このまま使うともったいない気もする。



「この物件の内装には、いくらくらい掛かるんですか?」


 ジミ子が姉ちゃんに具体的な金額を聞いてきた。


「うーん、そうね。内装のグレードによって大きく違うけど、一般的な内装の工事で600万円~1400万円、二階建てに区切るとなると1100万円~2400万円くらいかしら? もちろん節約しようと思えば、いくらでも節約できるけどね」


「意外と高いですね」


「キッチンやトイレ、バスユニットとかも入れなきゃならないからね」


 姉ちゃんがもっともな事を言う。


「この島が移動する予定の、ディステニーランドの周りにあるマンションの相場と比べるとどうなの?」


 僕が姉ちゃんに質問をする。


「そうね。海上都市なんで、何とも言えない所があるけど、この部屋の広さなら6000万円から1億円を超えてもおかしくないわね」


「内装工事して転売しましょう! 大もうけですよ!」


 ジミ子が鼻息荒はないきあらく提案をする。


「それを決めるのは民住党みんじゅうとうさんしだいね」


 姉ちゃんにたしなめられて、かなりガッカリするジミ子。

 確かに売れれば大もうけだが、費用を掛けて、全く売れないリスクもあるだろう。


 この後、僕らはこの部屋からの眺めを確かめる。

 ベランダ側から外を見ると、この海上都市の内部を一望出来た。廊下側にはひたすら海が広がっていて、どちらも素晴らしい眺めだった。



 部屋からの眺めを堪能たんのうした後、姉ちゃんが自慢げに言ってきた。


「ちょっと立ち入り禁止の地区も覗いて見る?」


「はい」「見たいです」「見せて下さい」


「じゃあ、ちょっと見せちゃいましょうか」


 そう言って姉ちゃんは僕らを地下に連れていく。



 マンションのエレベーターから地下5階に下り、ロボットが警備をしている物々しいゲートを通り抜け、さらに2階ほど下る。


 すると、そこには家ほどもある巨大な球体が設置されていた。球体にはいくつものコードやパイプが繋がれていて、姉ちゃんはこの球体を指さしながらドヤ顔で説明する。


「これ、核融合炉かくゆうごうろなの。この島の全ての動力源をまかなっているわ」


 それを聞いてミサキの顔が青くなった。


「核融合炉って、放射能とか大丈夫なんですか? こんな近くにいたら死んじゃう……」


 ミサキの様子を見て、キングがあきれながら説明をする。


核分裂かくぶんれつ核融合かくゆうごうは全く違うぜ、核分裂は有害な廃棄物がでるけど、核融合は水素を燃料にして、ヘリウムが出来るだけだ」



「ヘリウムって何? ヤバそうじゃない?」


 ミサキはまだ分らないらしい。すると姉ちゃんがからかう。


「そうよ。人体に吸収されると、重大な副作用があるのよ」


 姉ちゃんはそう言って、そばにあった何かのスプレーを僕に吹きかけた。


「やめてよ姉ちゃん」


 僕は1オクターブぐらい高くなった声で答える。


「ツ、ツカサの声が変わった! なんて恐ろしい」


 あまりの馬鹿馬鹿しいやり取りに、ヤン太が我慢できなくなった。


「それ、声が高くなるおもちゃと同じだから、小学生の時、ちょっとだけブームになっただろ?」


「……あれ? そうね? お姉さんに騙された?」


「いえ、騙してはいないわよ。このスプレーの主成分は、声が変わるおもちゃと同じヘリウムのガスで出来ているの。ヘリウムって、人体には無害なのよ」


「なんだ、そうなのか、心配して損した」


 ミサキはホッとした様子で、深くため息をついた。


「まあ、そんなに心配する事はないよ」


 そう慰めた僕の声は、まだ高いままだった。



「ところで核融合だと、電気代は幾らくらいになるんだろう?」


 キングが料金の心配をする。すると、姉ちゃんはこう答える。


「そうね。一般的な家庭だと、月に200円~500円くらい、どんなに浪費しても1000円は行かないんじゃないかしら?」


「そ、そんなに安いのか……」


 驚いているキングに、姉ちゃんは追い打ちをかける。


「水も海水から浄化して作るから格安よ、水道代もおそらく400円くらいで何とかなるわね」


 それを聞いたジミ子が反応をする。


「……私、この都市に住みます!」


 この後、みんなでジミ子に説得するのが大変だった。

 この島に住むことになると、みんなと高校が別になると言ったら、ようやく思い止まってくれた。



 なんとかジミ子を説得した僕らは、予定された滞在時間をかなり過ぎていた、大急ぎで地元に帰る。


 会社に戻り、姉ちゃんからバイト代を貰うと、時刻は4時近くになっていた。

 そこそこの時間だが、そのまま家に帰るのには、ちょっと早すぎる。

 僕たちはいつものメェクドナルドゥに寄って時間を潰す事になった。



 それぞれがメニューを頼み、席について話しながら食べていると、スマフォが鳴り、こんな臨時ニュースが流れてきた。

 それは先ほどまで僕らが行ってきた、海上都市の民住島みんじゅうとうに関するニュースだった。僕がみんなに読み上げる。


「民住島の建設、運営費用として、野党が請求した特別融資法案が通ったってさ。金額は最大5000億までで、3年間無利子。4年目からは、0.8パーセントの低金利で融資を受けられるらしいよ」


「凄いじゃない」


「これで成功、間違いなしだな!」


 ジミ子とヤン太が声を上げた。


 海上を移動できる、未来の都市。核融合炉を備え、電気も水道も低価格で提供できる。そこに低利子の融資まで加わった。


 この海上都市が失敗するハズがないだろう。

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