民住島 1

「弟ちゃん、『生徒のモデル』をやってくれない? もちろん、お友達も誘ってね」


 朝ご飯を食べている途中、姉ちゃんからバイトの話を振られた。


「モデルなんて僕らには無理じゃない?」


「そんな事は無いと思うけどな。もしかして顔が公開されるのが嫌なの? 嫌なら隠すから大丈夫よ」


「それなら良いと思うけど」


「拘束時間は短くて、せいぜい3時間くらいかな。バイト代は一万円でどう?」


「どこで撮影するの?」


「あー、ちょっとまだ秘密なのよ。場所は今日の国会中継を見てれば分ると思うけどね」


「……国会中継を?」


「うん、14時くらいにロボ党から発表がある予定だから。じゃあ、バイトの話はお友達に話しておいてね」


 そういって姉ちゃんは会社に出かけて行った。


 ロボ党とは、ロボットが議員を務めている政党だ。

 議員がロボットなので、ロボットが政治をやっているように見えるが、中身は違う。ロボ党に投票した有権者のアンケート通りにロボットが振る舞う、直接民主主義に限りなく近い政党だが、この政党が何かをやるんだろうか?


 何をするのか分らないが、僕は姉ちゃんに任された事をする。

 メッセージアプリのLnieでみんなに確認をすと、みんなバイトの話はOKをしてくれた。



 この日は僕の家に集まった。リビングのテレビの前で、みんなで国会中継を見守る。

 テレビを見ながら、ミサキが僕に質問をした。


「お姉さんは、撮影場所は国会中継で発表するって言ったのよね?」


「うん。家を出るときに、確かにそういったよ」


 ジミ子が困惑こんわくした顔で言う。


「どこで撮影するのかしら、想像もつかないわね」


「うん、そうだね」


 生徒のモデルという事は、おそらく学校か塾あたりで撮影すると思うのだけど、そこに国会中継が絡んでくる理由が全く分らない。



 雑談をしていると、ヤン太が僕たちに注意を促す。


「おっ、何か始まったぜ、今日は党首討論とうしゅとうろんの日みたいだ」


 テレビを見ていると、野党の民住党みんじゅうとうの党首、枝理えだすじ議員が壇上だんじょうに上がった。


「総理、『チューリップを見る会』の、名簿の件ですが、お答えをお願いします」


「またか。半年以上やっていて、まだ足りないのか……」


 ヤン太があきれた調子で言う。


「俺、ちょっとゲームをしてるわ」


 そういってキングはスマフォをイジり出す。


「まあ、この話は聞き流しても良いかもね」


 僕はテレビのボリュームを落とし、ロボ党が出てくるのを待つ。



 10分くらい質問が続いた後、ようやくロボ党の番となった。一体のロボットが壇上に上がる。

 ちなみに民住党の質問は、全てうまく回避されたみたいだ。半年間も停滞している問題が、この10分で解決するはずがない。


 ロボ党は首相に何を聞くのだろう。そう思っていたら、ロボットは民住党の枝理えだすじ議員を指名した。

 普通は『与党の党首である総理大臣 vs 野党の党首』。まれに、もう一つの与党の兊明党だめいとうの党首が指名される事があるが、野党が野党の党首を指名するのは珍しい。何を質問するのだろうか?



 ロボ党の党首は、いつもの口調で質問をする。


「枝理議員ハ、現在の政権は不満デスカ?」


「ええ、不満ですね。このままでは国民が不幸になります」


「枝理議員ハ、以前に『我々の政権のほうが、はるかに政治が上手く機能をしていた』と発言しましたが、民住党が政権を取れば、解消されると思いマスカ?」


「再び政権を取れたらですがね、上手くやってみせますよ」



 次にロボットは、全く関係の無い質問をする。


「長崎の沖にある運艦島うんかんじまという島をご存じデスカ?」


「えーと、世界遺産に登録されている、廃墟で出来ている島ですか?」


「ソウデス。南北に480メートル、東西に160メートルの海底炭鉱の島デス。全盛期は5100人が住んでいまシタ。島の中だけで使える独自の通貨もあったそうデス」


「独自の通貨は知らなかったですね。ところで、この質問の意味は何でしょう?」



 枝理議員が質問を返すと、ロボットはこう言った。


「現在の政権より、民住党の政権の方が優れていマスカ?」


「ええ、我が党は国民の為になるような、有益な法案を通したいのですが、なにぶん議席数が足りておらず、法案の発足にこぎ着ける事ができません」


 枝理議員が大げさな仕草でなげくと、ロボットは大きな写真のパネルを取り出してきた。

 写真には海の上に浮かぶ、マンションや建設物の塊のような島が写っている。


「ソコデ、民住党が自由に管轄かんかつできる、特別行政区を用意しまシタ。独自の通貨を発行しても構いまセン。様々な有意義ゆういぎな法案を施行して、この海上都市かいじょうとしを発展させて下サイ」


 テレビを見ていた僕たちは、思わず声をもらす。


「海上都市だってさ」


「またとんでもないのが出て来たな」


 ヤン太とキングがニヤけながら言った。これはちょっと面白くなりそうだ。



 今度は枝理議員がロボットに質問をする。


運艦島うんかんじまの話が出て来ましたが、この海上都市は運艦島うんかんじまがモデルですか?」


「そうデス。収容人口5000人、学校、病院、商業施設を備えた、海上都市デス。客席数4万人規模のアリーナ競技場も付いてマス」


「どこに存在するのですか?」


「現在、太平洋上にありますが、浮遊型なので、移動できマス。設置できる場所の一つには、東京デスティニーランド沖、約2キロの地点がありマス。この地点が、この海上都市の地価がもっとも高くなる場所デス」


 それを聞いたミサキが言う。


「うらやましい。2キロっていったら、空飛ぶ自転車で10分もかからないじゃない。毎日だって行けるわ」


 距離的には行けるかもしれないが、あんな場所に毎日通ったら、おこづかいがいくらあっても足りなそうだ。間違いなくミサキは破産するだろう。



「これ、建築費はどっから出したんです?」


 あまりの出来事に枝理議員が素で話し始めた。


「プレアデス財団のポケットマネーです」


「ポケットマネーって……」


 枝理議員が言葉を失うと、ロボット議員が、今度は首相に向けて問いかける。


「この海上都市を、民住党が運営する特別行政区とくべつぎょうせいくにする特措法案とくそほうあんを提出しマス」


「わかりました。この首相討論が終わり次第、この法案について話し合いましょう」


 この後、この海上都市は民住党の特別行政区として、あっさりと認められた。

 議決中の与党の議員の落ち着きぶりと、関連法案のスムーズな可決を見ると、与党には事前に通っていたのかもしれない。民住党の党首の枝理議員は、ずっと顔が真っ青だったが……



 テレビ中継が終わると、ミサキが口を開く。


「バイトの撮影場所って、もしかして……」


「あの海上都市でしょうね。学校もあるって言ってたから、その生徒役なんでしょう」


 ジミ子が冷静に答える。

 ロボ党は他の話題を出さなかったし、撮影場所はあの島で間違いなさそうだ。

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