安眠枕

 夕食の時、姉ちゃんが大きな段ボールを抱えて帰ってきた。


「姉ちゃん、その荷物は何?」


 僕が聞くと、姉ちゃんは段ボールを開けながら言う。


「今、開発中の安眠枕あんみんまくらよ。私がテストをする為に持ってきたの」


 段ボールから取り出されたのは、かなり大きめの枕だった。

 ベージュ色をしていて、見た目は普通の枕だが、端から電源コードが伸びている。


「それも宇宙人の技術を使っているの?」


「そうよ。弟ちゃん、使ってみたい?」


「うん、ちょっと使ってみたい」


 宇宙人の技術が使われているとなると、どうしても気になってしまう。



「じゃあ、まず、電源を入れましょう」


 そういって姉ちゃんは枕から伸びているコードを、コンセントに繋ぐ。


「これで準備はOKよ。じゃあ試してみましょうか」


 いよいよ僕が試そうとした時、母さんから声が掛かる。


「ほら、晩ご飯が冷めちゃうわよ。早くしなさい」


「「はーい」」


 枕はひとまず置いて、僕らはご飯を食べに行く。



 今日の晩ご飯はカレーライスだった、僕は素早く食べ終わると、再び枕の前に戻ってきた。


「姉ちゃん、これ、どうやって使うの?」


「タイマーで起床させる機能とか、色んな機能があるんだけど、とりあえず普通に使う時は、そのまま枕として使えば良いわ」


「わかった、使ってみるね」


 僕は3人掛けのソファーの片側に、この枕を置くと、さっそく寝転んでみた。


 枕は柔らかく、粒子の細かいビーズクッションのような感じだ。頭と肩を包み込むように、ゆっくりと沈み込む。

 ただ、柔らかすぎて、沈み込みすぎる。そう思っていると、奥の方から何か抵抗を感じ、ググッと押し戻された。そして、ちょうど良いくらいの位置に頭と首が固定された。


「なにこれ? 中から押されたよ?」


「ピンポン球くらいの機械が、いくつも入っていて、連結しながら適切な形になっていくの。脳波を読み取って、出来る限り理想の形を取るはずだけど、使い心地はどう?」


「あっ、うん、凄く良いよ」


 僕は肩こりが酷いが、これを使っていると、あまりにリラックスしすぎて、こりが溶けていくかのような感覚に襲われる。これは理想の枕かもしれない。



 ウットリしながら、ボーッと天井を眺めていると、姉ちゃんが話しかけてきた。


「とっても具合がよさそうね。弟ちゃんは、この枕がほしい?」


「うん、欲しいけど高そうだね」


「販売価格は2万円くらいになりそうよ」


「2万円かぁ~、それならお金を貯めて買おうかな」


「そこまで気にいってくれたの。それなら、モニターとしてテストに参加してみる?」


「本当に?」


「協力してくれるなら、その商品は無料であげてもいいわよ。お友達も誘ってやってみる?」


「やらせて!」


 僕は、メッセージアプリのLnieでみんなにメッセージを送った。すると全員OKの返事が返ってくる。


「姉ちゃん、全員参加するってさ」


「じゃあ、明日、うちに荷物を送るから、よろしくね」


 こうして僕らは安眠枕のテストをする事になった。



 翌日、みんなは僕の家に集まった。

 いつもはリビングで遊ぶが、今日は和室の方を利用する。その理由は、あの枕を使う為だ。枕は電源が要るので、延長タップを用意し、寝ながら読めるようマンガも用意した。これで準備は大丈夫だろう。


 部屋に入ると、それぞれ段ボールごと枕を渡す。みんなは箱から安眠枕をだすと、この枕の印象を言う。


「ちょっと色が地味すぎるかも、もっと可愛らしい色が欲しいわ」


 ミサキがベージュの色を見て文句を言う。それを聞いて、ヤン太がこんな提案をしてきた。


「枕に着けられるカバーがあると良いんじゃないか」


「そうね。それにしても…… ちょっと大きすぎるわね」


 ジミ子が巨大な枕を見て感想を言う。確かにジミ子の身長だとこの枕は大きすぎる気もする。ひとまわり小さいヤツがあっても良いかもしれない。


「小さいサイズか。それなら足枕あしまくらとかあっても良いんじゃないか?」


 キングがヤバい発言をした。枕だけであの使い心地なのに、そこに足枕が加わると、大変な事になりそうだ。



 見た目の印象はあまり良くないみたいだ。


「まあ、見た目は普通の枕とあまり変わらないけど、使ってみようよ。僕はちょっと使ってみたんだけど、凄かったよ」


 僕がみんなを説得すると、始めにヤン太が試してくれた。


「ツカサがそこまで言うなら使って見ようぜ」


 そういって、枕から伸びているコードを電源タップに入れて、寝転がる。


「あっ、うん、そうなのか……」


 ヤン太は一言つぶやくと、もうそれ以上喋らない。ボーッと天井を見ている。


「何がそうなのよ」


 ミサキが続いて枕を使う。


「そうなのね。これが、ふーん」


 僕らは寝転がっている二人に、使い心地を聞く。


「どう? 寝ながらマンガでも読む?」


「いや、いい」


「もうちょっと、こうしていたい」


 ヤン太とミサキがボーッとしている。どうやらこの枕の力に負けてしまったらしい。



「ちょっと、俺も試してみるか」


 そういってキングが横になる。


「どうかな?」


 僕が意見を聞いたが、しばらくしても返事が返ってこない。

 顔をみると、まぶたが閉じていた。どうやら寝てしまったらしい。


「そんなに凄いわけないでしょう?」


 そう言ってジミ子が試してみる。試してしばらくするとジミ子はこう言った。


「メガネを外しておかなきゃ」


 そういってメガネをメガネケースにしまい、目を閉じた。

 どうやら本格的に眠る気らしい。



 今日も何かゲームでもして遊ぶ予定だったが、たまには昼寝をする日があっても悪くないだろう。

 僕も枕を使ってみると、気を失うように眠りについた。



「あいたっ」


 誰かに軽く蹴られて、僕は起きた。

 どうやら寝相の悪いミサキに蹴りをもらったらしい。


 周りを見て僕は驚く。太陽が傾きかけていて、あたりが暗くなり始めていた。

 時計を見ると、けっこういい時間が過ぎていた。


 僕は慌ててみんなを起こす。


「みんな、起きて、家に帰る時間だよ」


 ヤン太がボーッとしたまま答える。


「ん、いや、もうちょっと寝かせてくれ」


「もう夜だって、起きてよ」


「うそだろ…… あっ本当だ、みんな起きろ!」


 ヤン太が多少、手荒く、みんなを起こした。



 ミサキが大きく伸びをしながら言う。


「んー、いやぁ、寝たわよね」


「そうね。これだけぐっすりと寝たのは久しぶりかもね」


 ジミ子がメガネを着けながら答えた。


「これだけ寝ると、夜は眠れないかもな」


 キングがスマフォの時計を見ながら、ポツリとつぶやく。

 確かにこれだけ寝てしまうと、夜は眠れないだろう。


 この後、目が覚めると、みんなは慌てて帰っていった。



 ぐっすりと昼寝をした僕は、夕食を食べて、風呂に入り、ベットの上でスマフォをイジって時間を過す、そのハズだったが……

 ……気がつくと翌日の昼近くだった。ベットの上でスマフォをイジろうとした所までは覚えているが、その先の記憶が無い。

 昼間、あれだけ寝たと言うのに、あの枕の上に頭を置いた瞬間、またぐっすりと眠れてしまったらしい。この枕は危険すぎる。


 後日、とりあえず僕は、この枕にセーフティー装置のような機能をつけるべきだと、姉ちゃんに提案した。

 僕の提案は受け入れられて、ある一定の時間を過ぎると、目を覚めるよう機能する様に、設定が変更された。

 これで17時間眠り続けて、おねしょで目が覚めるという、ミサキのような被害者は、いなくなるだろう。

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