民住島 2

 民住党みんじゅうとうが自由に管轄かんかつできる海上都市は、民住島みんじゅうとうという愛称でマスコミに報道された。5000人が暮らせるこの都市は、東京デスティニーランドの2キロ沖に浮かべられ、2ヶ月後から運営される予定となっている。


 ちなみに他の野党にも、この特別行政区とくべつぎょうせいくの話が持ちかけられたらしい。

 噂によると、供産党ともさんとうは即答で断ったようだが、惟新びしんの会は乗り気らしい。大阪湾に浮かべて、新たな商用施設として運営をするという話だ。



 ロボ党が、この民住島を発表して、翌日になった。

 僕たちは『生徒のモデル』のバイトとして、朝から姉ちゃんの会社の前に集まる。

『生徒のモデル』という事なので、服装は夏休みなのに制服を着ている。久しぶりの制服は、ちょっと窮屈きゅうくつに感じた。


「弟ちゃんたち、準備が出来たから出かけるわよ」


 姉ちゃんに言われて僕らは会社の中に入る。

 そして、ピンク色の『どこだってドア』で、別の場所に移動をする。



 移動先は、どこかの建物の中だった。広い廊下があり、両側には大きな部屋がいくつも連なっている。生徒のモデルという話だったので、ここは学校なのだろう。


 姉ちゃんが、教室らしき部屋のドアを開けて言う。


「ちょっと窓の外を見てみなさい」


 僕らはダッシュで部屋に入り、窓際に駆け寄る。

 窓から見えたのは一面の青い海。そして、空と雲の他には何も見当たらない。


「すげぇな、海の真ん中だ」


 ヤン太がつぶやくと、姉ちゃんが説明してくれる。


「そうね。今は太平洋のど真ん中にいて、これから東京湾に向ってるところなの。この海上都市は移動が出来るけど、あまり早くないのよね。時速15キロぐらいしか出ないの」


「それでも充分すごいと思います!」


 ジミ子がやや興奮した感じで答える。

 5000人規模の都市が移動できるのは、確かに凄い。今は東京湾に向っているが、その気になれば、どこにでも移動できそうだ。



「さて、まずは『生徒』として写真を撮りましょうか。ちなみに、この都市は建築途中で、まだ出来てない部分も多いんだけど、後でこの都市を見て回りたい?」


「「「見たいです」」」


 僕らは大きな声で返事をする。どんな都市なのか見てみたい。


「じゃあ、まずはさっさと撮影をしましょう」


 こうして僕たちの撮影が始まった。



 海上都市の教室は、大学の講堂のような作りをしていた。階段状になっていて、後ろの方が高くなっている。これなら後ろでも見やすいだろう。

 机も広く、普段、僕たちの使っている倍くらいはあった。


 この教室は、あまりにも立派なので、特別な教室かと思ったのだが、姉ちゃんに確認したら、ここは高校の一般的な教室になる予定らしい。こんな所に通えるなんて、かなりうらやましい。


 そんな教室の中で、授業風景を撮る。

 机に座り、教科書を開き、ノートを取っている振りをする。

 いつもは真面目に勉強をしないミサキも、勉強の振りだけは、なかなかさまになっていた。



 10分ほどすると、教室の撮影が終わる。


「さあ次は体育館での撮影よ、その次は図書室ね」


 僕らは校内を移動して、体育館へと向った。

 体育館は違う階にあったが、校内にはエレベーターとエスカレーターが設置されていて、フロアの移動はかなり楽だ。体育の授業が終わると、短い時間で3階分を駆け上がっている僕らとしては、この学校はずるいと思う。


 体育館に着くと、僕らはバスケットボールをしている振りをして、何枚か写真を撮る。体育館はかなり広く、僕らの高校の2~3倍くらいはありそうだ。


「姉ちゃん、僕ら制服で、体操着を着てないんだけどいいの?」


「細かい事は気にしなくて良いわよ。楽しそうに遊んでいる光景が撮れればいいの」


「そういえば、この学校に校庭はないのかな?」


「無いわ、屋外はちょっと風が強すぎるからね。球技とか、かなり難しいわ」


「そうなんだ」


 海上都市だと、地上では考えられないような問題が出てくるようだ。

 外で遊べないのは、ちょっとかわいそうに思えるが、これだけ大きな体育館があれば、運動不足にはならないだろう。



「体育祭とかも、ここでやるのかな?」


 ヤン太が広い体育館を見回しながら言うと、姉ちゃんが答える。


「この都市には4万人規模のアリーナ競技場があるから平気よ。学校の体育館とか、球技大会とかはそこでやると思うわ。保護者の方がいくら押し寄せても大丈夫でしょう」


「マジか…… 体育祭とか地上のアリーナでやったら、どれだけ金がかかるんだろう……」


 ヤン太が遠い目をして言う。確かに、この海上都市の学校は恵まれすぎている。僕らも一度で良いから、本格的な球場で何か球技をやってみたい。


 体育館での撮影が終わると、次は図書室へと移動をした。



 図書室に入ると、ちょっと異様な光景が広がっていた。


 明るい開けた空間と、広い勉強机。その周りには本棚が連なり、所々に観葉植物が置いて有る、ちょっとおしゃれなカフェの様な空間だったのだが、不思議な事に、本棚には本が一冊も入っていない。


「あれ? 本が無いぜ……」


 キングが周りを歩き回って見たが、やはり一冊も本は見当たらなかった。

 その様子を見ていた姉ちゃんが言う。


「海上都市にある施設は、空のまま民住党さんに引き渡すの。この図書室にどんな本を購入して入れるかは民住党さんしだいね」


「全部、使える状態にして渡すんじゃないんだ」


 僕が聞くと、姉ちゃんはこう答えた。


「そうね。この学校は公共施設だから、普通に使える状態にまで作っているけど、一般エリアにあるビルは、外側だけ作って、内装は未完成のまま引き渡す予定よ」


「どうして作らないの?」


「ビルの中身をオフィスにするのか、住宅にするのか、お店にするのかは民住党さんの判断に任せるつもりだから」


 それを聞いていたジミ子が言う。


「政策や方針によって、街づくりの形も変わってきますからね」


「そういう事。とりあえず、ここでの撮影が終わったら、今日のモデルの仕事は終わりよ。ランチを食べた後に、ちょっと他の場所もみてみましょうか?」


「はい」「わかりました!」


 ランチという言葉に釣られて、ミサキがひときわ元気な返事をした。

 この後、空の図書室で何枚か写真を撮って、モデルのバイトは無事に終わった。


 今まで月や火星では、1から10まで、宇宙人が全て用意していたが、この町はそうでは無いらしい。

 民住党の手腕しゅわんが問われそうだ。

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