廃線レストラン 7

「そろそろバスの出る時間ですよね。バスの代わりに電車で行きましょう。この際、曰高本線いだかほんせんの終着駅を『えもり岬』まで延長しましょう」


 姉ちゃんが突然、とんでもない事を言い出した。


「いや、調査とかをせず、いきなり走らせて大丈夫なんでしょうか?」


 丁Rていあーる北海道の社長さんが、やんわりと否定をするが、姉ちゃんは自信満々な様子で言い切った。


「そうですね。では、バスの運転手さんに道案内をしてもらいましょう。これで大丈夫です!」


 半ばあきれながらも、丁Rの社長さんはこれに従う事にしたらしい。


「わかりました。連絡をするので少々お待ち下さい」


 そう言って、どこかに電話をする。



 しばらくすると、バスの運転手が徒歩でやって来た。


「バスの運行は中止ですか?」


「ああ、今日は列車の道案内をしてくれ」


「列車の道案内? 何ですかそれは?」


 困惑するバスの運転手に、時間を掛けて事情を説明する。

 するとどうやら分ってくれたようだ。


「分りました。案内をさせて頂きます。しかし列車の大きさとなると問題があります。トンネルがいくつかあるのですが……」


「ああ、大丈夫ですよ。空を飛んでトンネルは迂回うかいしますから」


 姉ちゃんが、さも当然のように言う。


「まあ、それなら、何とかなりそうですね。他に、こちらから聞きたい事があるのですが……」


 姉ちゃんとバスの運転手さんは、この後の軽い打ち合わせを始めた。



 僕らがバス停の前で話し込んでいると、リュックサックを背負った、年配の二人組がやってきた。

 カジュアルな格好をしていて、おそらく旅行者だろう。

 この二人に姉ちゃんが気づき、声を掛ける。


「『えもり岬』までのバスをご利用ですか?」


「ええ。その予定ですが」


「ではこちらへどうぞ。今日は駅のホームから発車します」


「駅からですか? 変わっていますね」


「そうですね、最新式の車両ですから」


 二人を列車へと案内して、僕たちも列車の中に入った。

 姉ちゃんは駅にいる鉄道ファンたちに向けて、アナウンスをする。


「本日の曰高本線いだかほんせんの終着駅は『えもり岬』に変更します。ご乗車になられる方は、列車にお乗り下さい」


 すると、それまで列車の写真を撮っていた鉄道ファンたちが、声を上げる。


「はあ?」「終着駅はここだろ?」「何を言ってんだ?」


 そんな事を言いながらも、素直に列車に乗り込んで来た。

 姉ちゃんは車掌しゃしょうのロボットに確認をする。


「この列車に乗ってきた、鉄道ファンの人たちは、全員が列車に乗り込んだかしら?」


「ハイ、全員の確認をしまシタ」


「では行きましょうか。ええと、道路をそのまま走ると交通の邪魔になるから、上空30メートルくらいを走りましょう。バスの運行道路上を走る感じでお願いね。出発進行!」


 列車がフワリと浮いて動き出した。



 動き出すと、姉ちゃんに変わってバスの運転手さんがアナウンスをする。


「本日は丁Rバスのご利用、ありがとうございます。これは『えもり岬』行きのバスです。途中下車をされる方がいたら、挙手きょしゅをお願いします。バスのダイヤ通り運行するので、電車と比べると遅く感じると思いますが、ご容赦ようしゃください」


 海沿いの道の上をゆっくりと走る。右手には海、左手には草原が広がり、奥には山が見える。

 ここまでは通常の列車の高さで、地を這うように飛行していたが、今は地上から30メートルという、そこそこの高さを飛行している。見晴らしのよい特等席で、僕らは北海道の絶景を楽しんだ。



「次は『郵便局前』です。『郵便局前』で降りる方は居ませんか? それでは通過します~」


 電車とは違い、お客さんがいなければ、バスは停留所を通過する。

 ほとんど人の居ない田舎の路線なので、停車する事もなく、順調にバス停を通り過ぎていく。


「次は『公民館前』です。お乗りのお客様が居るようなので、停車しますが…… ええと、これはどうすれば良いんでしょうか?」


 バスの運転手さんが、困惑しながら姉ちゃんに聞く。すると、姉ちゃんはこんな指示をだした。


「2体の八口は、それぞれ、交通整理の光る棒を持って、列車の前後についてちょうだい。一般の車が来たときに交通整理をお願いね。ロボットのあなたは、緊急時に使う階段を設置してあげて。バスの運転手さんは、接客だけお願いできるかしら?」


「はい、分りました」



 ボールのような八口は、光る棒を持って、一足先に地上に降りていく。

 そして、地上の安全を確保すると、列車はゆっくりと下降していく。


 やがて地面に降りると、ドアが開き、ロボットが素早く階段を設置する。

 ドアの向こうには、口をポカンと開けたおばあちゃんが二人、固まっていた。

 バスの運転手さんが声を掛ける。


「佐藤おばあちゃん、佐々木おばあちゃん、落ち着いて下さい。今日はバスの代わりにこの列車で行きましょうか」


 バスの運転手さんは、二人の手を取り列車に乗せる。

 二人のおばあちゃんは、乗ったあともしばらくポカンとしていた。



 列車は再び浮上して走り出すが、姉ちゃんが眉間みけんにシワを寄せてつぶやくように言う。


「やっぱり列車3両分となると、邪魔じゃまよね」


 列車の長さは、一両あたり20メートル近く。3両分では60メートル近くになる。

 この道路の通行量はほとんど無いが、やはり邪魔になる事もあるだろう。そこで僕がこんな提案をする。


「あの、空飛ぶバスに付いていた、空中を移動するエレベーターを、この列車につけてみたら? バス停の場合は、あのエレベーターの部分だけ降ろせば良いんじゃないかな」


「弟ちゃん、ナイスアイデア。2両目と3両目の間に小型のエレベータを搭載しましょう!」


 列車をバスとして使う問題も、宇宙人の技術でどうにか解決できそうだ。



『公民館前』のバス停で人を乗せた後は、順調に進み、やがて終着駅の『えもり岬』へとだとりついた。


 姉ちゃんがマイクを取り、アナウンスをする。


「バスのダイヤに合わせて出発するので、15分後の出発となります。それまで『えもり岬』を堪能たんのうして来て下さい」


 列車のドアが開き、非常用の階段を降りると、そこは海の見える丘のような場所だった。

 しかし何も無い。物置のようなバス停と、民家の他は、倉庫ぐらいしか見える物が無い。


「な、何にもないな……」


 ヤン太が辺りを見回して言う。岬なので灯台くらいは見えるかと思ったが、それもなかった。

 すると、キングはスマフォで周辺の地図を調べる。


「おっ、岬の先端の方に300メートル移動すると、おみやげ観光センターがあるぜ、走れば間に合うかも?」


「どっち? 行きましょう!」


 キングが指をさすと、ミサキがそちらの方向にダッシュをする。

 僕らはあわててミサキの背中を追いかけた。



 何も無いと思っていたが、300メートル先に行くと、大きな駐車場が見えてきた。

 駐車場のすぐ横には、お店らしき建物がある。おそらくおみやげ観光センターだろう。

 駐車場の奥にも道は続いているようで、そのさらに奥に小さな灯台が見えた。


 ミサキは脇目もふらずおみやげ観光センターの中に入って行く、僕らは息を切らせながら、その後を追う。



 僕らが遅れて、おみやげ観光センターに入ると、ミサキは竹串をくわえていた。


「ツブ貝の串焼き、美味しかったわよ」


 もちろん串に貝は付いておらず、既に食べ終わった後だ。

 色々と突っ込みたい所だが、僕たちには時間が無い、ミサキはこのまま放置する。


「せいぜい5分くらいね。お土産を買うなら早くしないと!」


 ジミ子が時計を見ながら言った。

 周りを見ると、昆布がたくさん並べてある。たしかに『曰高こんぶ』は全国的に有名だ。

 僕は目に付く場所に置いてある昆布を手に取ると、それをレジに持って行く。みんなも適当にお土産を選び、買っていた。


「もう時間がないぞ、走らないと!」


 ヤン太に言われて、僕たちは再び走り出した。



 列車に戻ってくると、鉄道ファンたちは、相変わらず写真を撮っている。

 息を切らせながら帰ってきた僕たちを見て、姉ちゃんがこう言った。


「観光をしてきたのね。灯台はどうだった? アザラシが居るらしいんだけど、見えた?」


 僕は息も絶え絶えに答える。


「い、いや、そ、それどころじゃ、ないよ」


「まあ、疲れたでしょうから車内でゆっくりしていて。そろそろ出発だから」


 姉ちゃんはマイクを手に取ると、鉄道ファンに向けてアナウンスをする。


「さて、帰りますよ。列車に乗って下さい」


 そう言われると鉄道ファンたちは、笑顔で帰ってきた。


「いやあ、素晴らしい写真が撮れた」

「まさかえもり岬で写真が撮れるとは」

「列車の中でトゥイッターに上げよう」


 そんな会話をしている。これだけ息が上がるなら、僕らもこの付近で大人しくしていた方がよかったのかもしれない。



 えもり岬から、バスとして様以駅さまいえきまで行き、そこから電車として苫小枚駅とまこばいえきまで走行する。


 ちなみに帰りは早かった。寄り道した遅れを、取り戻すために、姉ちゃんが列車を超高速で走らせた為だ。

 様以駅と苫小枚駅の間は、およそ146キロメートルあるらしいが、時速400キロ近くで空中を走らせて、20分そこそこで到着した。


 ただ、帰路で新たな問題が見つかる。

 時速400キロ近くで地上付近を走行する、見晴らしの良い展望車両は、恐怖そのものだったらしい。あの鉄道ファンたちでさえ「もう乗りたくない」と弱音を吐いていた。

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