新時代の腹筋ベルト

 僕の家にみんなが集まった。

 この日は特に目的もなく、ダラダラと過す予定だったが、特別な事が起こる。ミサキが段ボールを持ってやってきた。


「その荷物はなに?」


 僕が質問をすると、ミサキが苦笑いを浮かべながら答える。


「最近、不思議な事に、太って来ちゃってね」


「でしょうね」「だろうな」「まあ、そうだな」「うん、そうだね」


 ミサキ意外の全員が、当然のように返事をすると、ミサキはほっぺたを膨らまして怒った口調で言う。


「ちょっと、そこは否定する所でしょう!」


「でも、最近は特に食べてるでしょ? 北海道の列車のレストランでも、かなり食べてたし」


 ジミ子の突っ込みに、ミサキはこう答えた。


「しょうがないじゃない。北海道と言えばグルメなんだから、どうしても食べちゃうわよ」


 まあ、ミサキの言いたい事も少し分かる。北海道まで行ったなら、必要以上に食べてしまいたくもなるだろう。



「それで、太ってきたから、どうするんだ?」


 ヤン太が話題を元に戻す。


「あっ、そうそう。そこでコレを買ったの。テレビCMでやっている製品みたいなヤツよ」


 ミサキが段ボールを開けると、そこには『腹筋ベルト』が入っていた。

 たしか腹に巻いて、電気で腹筋を刺激してダイエットが出来るというアイテムだ。

 ただ、この箱には中国語で商品名が書かれていた。おそらくCMでやっているような正規品ではないだろう。


「これ、本当に効き目があるのか?」


 ヤン太が疑いながらミサキに聞く。確かにこの手の商品は、効き目がほとんど無い。


「大丈夫よ。宇宙人の最新技術が採用されているらしいわ」



「これ、いくらしたの?」


 ジミ子が値段を聞く。


「ええと、2400円くらいだったわね」


 値段を聞くと、キングがすかさずスマフォで調べる。


「テレビでCMをやっている企業の物は1万円くらいするぜ」


「……ちょっと安すぎない? 大丈夫なの?」


 ジミ子が心配そうにミサキを見つめる。安い方が良いジミ子でも、この商品は心配になるくらい安いらしい。


「大丈夫よ。通販サイトのナマゾンで、星5個の最高評価しか付いていなかったわ」


 ……評価はバラつくのが普通なのに、最高評価だけというのは怪しい。本当にこの製品は大丈夫だろうか?



 ミサキは『腹筋ベルト』の化粧箱をバリバリと開ける。

 箱の中にはベルトとマニュアル、あとコピー用紙が一枚だけ入っていた。


 マニュアルは全て中国語で書かれていて、『宇宙人的驚異』とか『限界突破』とか、そんな感じの宣伝文句が踊っている。

 コピー用紙には、日本語でこの製品の使い方が書かれていた。

 中国語のマニュアルはかなり分厚いが、日本語のマニュアルは、このコピー用紙が一枚だけだ。本当にこの一枚だけで、機能の説明や、製品を扱う上での注意点などを解説できているんだろうか?


 ミサキが日本語のマニュアルを見て言う。


「ええと、とりあえずUSB端子で充電するみたい。しばらく時間が掛かりそうね」


 スマフォの充電器を使い、この『腹筋ベルト』の充電をする。

 その間、僕らはゲームをやったり、マンガを読んで時間を潰す。



「あのベルト、充電が終わったみたいだぜ」


 キングがベルトのLEDを見て言うと、ミサキがさっそく動き出す。


「じゃあ着けてみましょうか」


 シャツをまくり上げると、ちょっとだらしない腹があらわとなった。

 その腹にベルトを巻き、スイッチを入れる。


「どう? 効きそう?」


 僕が質問をすると、ミサキはえない顔で答える。


「いや、ちょっと動いているのか分らない」


「CMだと、ビクッと腹筋が動くよね」


「うん、でも、よくわからない」


 この様子を見ていたヤン太が、からかうように言う。


「腹の脂肪に邪魔されて、電気が到達して無いんじゃないか? もっと強くしないと」


「そ、そこまで太ってないわよ」


 そう言いながら、出力を上げるボタンを連打する。



 出力が最大まで上がったようなので、僕は改めてミサキに聞く。


「どう? 感じる?」


「良く分らないわね。本当に動いているのかしら?」


「LEDは点滅しているから、動いているんじゃないかな?」


 動作を確認するためにマニュアルを読んでみると、こんな事が書かれていた。


「『限界突破、リミッター解除モード』っていう、最強のモードがあるみたい」


「そんなのがあるのね、やってみましょう、どうすれば良いの?」


「出力を上げるボタンを、7秒以上、長押しだってさ」


「じゃあ、さっそく押してみるわね」


 いままでゆっくりと点滅していたLEDが、激しく点滅を始めた。


「今度はどう?」


「わかんない。腹筋はピクリと動かないわ」


 この様子を見ていたジミ子が言う。


「安いから、LEDが光るだけの偽物なんじゃないの」


「うーん。そう言われると確かにそうかも……」


「あきらめて、ゲームの続きをしようぜ!」


 キングに言われて、僕らは再び遊び始めた。



 そして何日かが過ぎた。


 遊んでいる途中に、ジミ子がミサキを見て、こんな事を言った。


「あれ? 痩せた? お腹周りがスッキリした感じがするわよ」


「えっ、本当?! もしかして、あのベルトを着け続けていたおかげかな」


 ミサキが、ちょっと嬉しそうに答える。


「あのベルト、本当に効果があったのか? ちゃんと確認してみたらどうだ?」


 ヤン太に言われて、ミサキはシャツを上げ、着けているベルトを外した。

 そこには6つにくっきりと分かれた、陸上選手のような、たくましすぎる腹筋があった。


「いやあぁ、やだあぁ、こんなのかわいくない!」


 悲鳴に近い声を上げるミサキ。困ったミサキは僕に助けを求めてきた。


「どうしようツカサ。元に戻さないと」


「まあ、太れば隠れるんじゃないかな?」


「じゃあ、いまからメェクドナルドゥに行って、ハンバーガーを食べましょう! たしか今は3段重ねのギガントメェクを売ってる期間だわ!」


 さらに数日後、ミサキの鍛え抜かれた腹筋は、脂肪によってきれいに隠れた。

 しかし、腹筋がつきすぎたせいか、前よりも太く見えた。

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