廃線レストラン 5

「3両目の列車に行って見ましょうよ」


 列車にあまり興味の無かったミサキが、急に言い出した。

 おそらく、3両目に駅弁とラーメンの自販機があると聞いたからだろう。

 さきほど食事を済ませたので、僕は食べ物は感心が無いが、3両目のレトロな車両はちょっと気になる。みんなで3両目に移動をする事にした。


 列車のドアをくぐり、3両目の列車に入ると、田舎を走る様な、ごく普通の列車だった。中央に通路があり、4人のボックス席が左右にいくつも配置されている。ボックス席のシートは、古びた青い色をしていて、かなり硬そうだ。



 座席は普通だが、この車両には特殊な物がある。トイレと洗面台、そして自販機が3台ならんでいた。


 自販機の一つは、飲み物の自販機。ちょっと見慣れない丁Rていあーるのジュースやお茶が並んでいるが、どこにでもある普通の自販機だ。


 二つ目は駅弁の大型の自販機で、三つ目は『生カップラーメン』と書かれているラーメンの自販機だ。この2つの特殊な自販機に、鉄道ファンたちが群がっていた。



 この人混みを避けて、古い列車の席に行こうとしたのだが、ミサキが僕の手を握って、こう言う。


「ねえ、ちょっと自販機をみてみましょうよ!」


「混んでるのは今だけでしょ。人がいなくなった後で、ゆっくり見れば良いんじゃないの?」


「それじゃ売り切れちゃうじゃない!」


 そういって、僕の手を強く握り、自販機の前から動こうとしない。

 間違いなく買う気だろう。でも駅弁は弁当なので、買ってもすぐ食べず、家に持ち帰ってから食べる事もできるはず…… まあ、その確率は低そうだけど。



「おおぅ、すごい人混みね」


 姉ちゃんがマイク片手に様子を見に来た。

 すると、鉄道ファンから質問が飛んでくる。


「この、2000円の『海鮮弁当』って、中身は何ですか? 他のメニューも内容がよく分らないんですが?」


 人混みでよく見えなかったが、自販機をみると、値段と商品の名前しか書いていない。確かにこれだと、何が入っているのか、よく分らないだろう。


「ああ、ごめんね。今日は本格的に使うとは思っていなかったから、まだ仮設置の段階なのよ。じゃあ具体的に説明するわね。2000円の『海鮮弁当』は、ウニとイクラと花咲ガニの海鮮丼がベースになってるわ。1100円の『豚丼弁当』は、帯拡おびひろの豚丼がメインね。あのうなぎのタレっぽい味付けの豚の焼き肉ね。800円の『イカめし』は、イカにご飯を詰めたおなじみのヤツ。700円の『チャイニーズ・ザンギ・バーガーセット』は唐揚げを挟んだハンバーガーと、じゃがバターのセットね。これは『アンラッキー・ピエロ』ってお店が製造元よ」


「おおー」「美味そうだ」「どれにしよう」


 鉄道ファンから声が上がった。確かにどれも美味そうだ。



 鉄道ファンの1人が、もう一つの自販機を指さしながら、姉ちゃんに聞く。


「こっちの『生カップラーメン』っていうのは、普通のカップラーメンとは、どう違うんですか?」


 普通のカップラーメンの自販機だと、醤油、カレー、シーフードなど、定番のカップラーメンしか売っていないが、この自販機は違った。

 ラーメンが15種類もあり、『礼幌れっぽろ』や『旭州あさひしゅう』など地方の名前と、さらに店の名前とラーメンの味の種類が書いてある。ちなみに値段は400円~700円あたりが中心だ。


 鉄道ファンに聞かれて、姉ちゃんが自信満々の笑顔で答える。


「そのラーメンは、生のラーメンを宇宙人の技術で急速冷凍した物なの。味は保証するわ、店のラーメンを、そのまま冷凍した物だから」


 すると、ジミ子が気になったようで、姉ちゃんに質問をする。


「店のラーメンをそのまま凍らせるとすると、この値段だと採算が取れるんですか?」


「大丈夫よ。お店って、どうしても客数より多めに仕込みをするじゃない。それで余って食材を無駄にしてしまう。そこで、うちの会社が廃棄する予定のラーメンを買い取って、そのまま冷凍にしてここで出す事にしたの。定価よりかなり安く仕入れさせてもらってるわ」


 姉ちゃんの説明を聞いていた鉄道ファンが、駅弁の自販機だけではなく、こちらのラーメンの自販機にも興味を持ち始めた。


「店と変わらない味なのか」

「この店はいつも行列で、30分は軽く待つぞ」

「そう言われると、ラーメンが食べたくなってきたな……」


 駅弁かラーメンか、鉄道ファンたちは散々悩んだ後に、どちらかを買っていく。

 この車両にも、レストラン車両ほどの大きさではないが、座席にはテーブルがついている。

 食べ物をかった人はそれぞれが椅子にすわり、弁当などを広げて食べ始める。

 ちなみにミサキはいつの間にか『チャイニーズ・ザンギ・バーガーセット』を手に持っていた。



 美味そうなラーメンの匂いが漂ってくると、ヤン太がこんな事を言う。


「みんなでラーメンを分けて食べないか? ランチは豪勢ごうせいだったけど、ちょっと量が少なかったし」


「確かに、レストラン車両の食事はちょっと上品すぎたかもな」


「まあ、軽くなら食べられるわよ」


 キングとジミ子が、なんとなくヤン太の意見に賛成する。

 僕も、一杯だととても食べられないが、みんなで分けるなら食べられそうだ。


「そうだね。『礼幌れっぽろ』の味噌ラーメンは聞いた事があるけど、『旭州あさひしゅう』のラーメンはどんな味だろう」


 僕がそう言うと、キングが直ぐにネットを調べる。


「旭州は醤油ラーメンがメジャーらしいぜ。おっ、ランキング一位の店が、その自販機にもあるぜ」


「じゃあ、それを食べてみましょうか。500円だから、1人当り125円ね」


 ジミ子がお金を集めて、自販機でラーメンを買った。その様子を見ていた姉ちゃんが気を利かせてくれる。


「あら、みんなでラーメンを食べるのね、ちょっと小分けのお椀を持ってくるわね」


 僕らは空いている席に座ると、しばらくして姉ちゃんがお椀とレンゲを人数分持ってきてくれた。

 ラーメンを取り分けて、流れる海の景色を見ながら、麺をすする。

 気がつくと手ぶらのミサキが僕のラーメンを凝視ぎょうししていた。しょうがないので、僕は一口だけミサキにラーメンを味見させる。しかし、手に持っていたバーガーセットはどこに行ったのだろうか……



 ラーメンを食べ終わり、海をボーッと見ていたら、隣にいる姉ちゃんが鉄道ファンに呼ばれた。


「ちょっと来て下さい! これはどういう事なんですか!」


 鉄道ファンの人は、やや興奮気味に姉ちゃんを呼びつける。

 何事が起こったのかと、鉄道ファンの後をついていく姉ちゃん。僕たちはさらにその後ろを追いかける。


 そして、鉄道ファンの人は、車両の最後尾にある、運転席へのドアの前で止まった。


「ここに『ご自由にお入り下さい』って、プレートがドアに貼り付けてあるんですが、どういう事です?」


 鉄道ファンの人の、震える指がさしている先には、たしかにそう書かれている。

 それを見て、姉ちゃんは素っ気なく答える。


「ええと、この車両を空飛ぶ列車に改造するときに、いちおう運転席を残しておいたのよ。自動運転だから、本当は要らないんだけどね。撤去しようか悩んだけど、とりあえず残したわ」


「つまり、この運転席は、操作に影響の無いタダの飾りで…… もしかして、勝手に入っても良いという事ですか?」


「ええ、興味があるならどうぞ。中に入って色々とスイッチをいじってみても良いわよ。もちろん、何も動作しないけどね」


 それを聞くと、鉄道ファンたちから雄叫びが上がる。


「うおおぉ! まじか!」


「走っている車両の運転席…… いや、最後尾だから車掌室しゃしょうしつか。まさか聖域せいいきに入れるなんて!」


「俺が、俺が運転席に座るぞ!」


「焦るな! 公平にいこう! 1分ずつで交代していこう! 全員でこの素晴らしい体験を味わうんだ!」


笹吹ささぶきアヤカ様、あなたは神だ! 未来永劫みらいえいごうたたえます」


 なにやら姉ちゃんが絶賛ぜっさんされていた。

 確かに運転席に入れるのは珍しいかもしれないが、そこまでの事なのだろうか?


 僕はとても不思議に感じたが、この騒ぎは、終点の『様以駅さまいえき』に着くまで、ずっと続いた。



 終点の様以駅に着くと、姉ちゃんがこんな事を言った。


「ちょっと確認しなきゃいけない事があるの、よければ付き合って」


「うん、まあ良いけど」


 はたして何を確認するのだろうか?

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