廃線レストラン 3
先頭の展望車両のドアが開くと、
「『
このロボットは乗務員の代わりだろう。周りに聞えるように大きな声でアナウンスをする。
姉ちゃんは、このロボットに新たに指示を出した。
「追加で人を乗せる事になったから、その人たちの乗車チェックをお願いね」
「了解しまシタ。追加でご乗車の方は、切符かICカードのご提示をお願いしマス」
乗務員のロボットがそう言うと、
「これが切符だ!」「俺のICカードの方が先に提示したぞ!」
おそらく良い席を確保する為だろう。
なだれ込むように、鉄道ファンたちは展望車両の中に消えていった。
列車には、北海道の知事さんも、
姉ちゃんが周りの関係者に軽く説明をする。
「この列車は自動運転なので、運転手は必要ありません。車掌もロボットが務めるので、無人での運営が可能です。しかし、何かトラブルがあった時に対応するように、人間も乗っていた方が良いと思います。ちなみに、今日は私が列車内で最も権限のある『列車長』という役職の設定をしてあります」
姉ちゃんがこの列車の責任者なのか…… ちょっと心配になってきた。
鉄道にそこまで興味の無い僕らは、あまり急ぐ必要は無い。列の最後尾につき、ゆっくりと列車の中に入る。
中に入ると、ドアを入った場所で、人の渋滞が起きていた。
「座席数は充分にあるんじゃなかったの?」
僕が姉ちゃんに聞くと、こう答える。
「充分にあるはずよ。おかしいわね? 通路の設計が悪くて詰まっているのかしら? すいません、ちょっと通して下さい」
姉ちゃんは人をかき分けて中に入っていく。
その様子を後ろから見ていて、原因が分った。鉄道ファンの人たちが、座席につかずに写真を撮りまくっているようだ。通路の途中で進まないらしい。
「ほら、中に入って席についてくれないと、このままだと今日の試運転は中止しますよ」
姉ちゃんがそう言うと、サッと、驚く早さで席に着く。
渋滞が解消され、ようやく僕らも展望車両の中に入れた。鉄道ファンの人たちは、ちょっとクセがありそうだ。
展望車両は、その名の通り、細い窓枠のような柱があるだけで、それ以外のほとんどがガラスで出来ている。
自動運転なので、前面は全てガラス。天井も照明部分は除いて、残りの半分くらいはガラスなので、開放感がすごい。
気がつくと、姉ちゃんはマイクを持っていた。全員が座席に着くと、喋り始める。
「本日は『
そう言って、しばらくすると、列車のドアがしまり、音もせず、振動もせず、スーッと列車が動き出す。
周りの風景を見ていないと、おそらく動いている事に気づかないだろう。
鉄道ファンたちが、ボソボソと話し出す。
「動き出したぞ、やけに静かだな」
「あまりにも静かすぎる、あの独特のエンジン音が聞けないなんて……」
「レールの繋ぎ目の音が聞えない。全く揺れが無いし、これはダメだな。
僕は、静かで揺れがない方が良いと思うのだが、どうやら鉄道ファンは違うようだ。
列車は市街地を滑るように移動する。リニアモーターカーには乗った事はないが、乗ったとしたら、おそらくこんな感じだろう。
しばらく経つと、こんな会話が聞えてきた。
隣のブロックに座っている、姉ちゃんと丁Rの社長さんの会話だ。
「今日は、昔のダイヤと同じ速度で走っていますが、復旧した後はどうしましょうか? 燃料重視の『エコ走行』にします? それとも速度重視の設定で行きますか?」
「『エコ走行』だと、燃料をどのくらい節約できるんでしょうか?」
「もともと鉄道は燃料効率が良いので、そこまで上がりませんね。冬の間は暖房費もかさみますし、だいたい今までの4分の1くらいでしょうか?」
「ほう、それでもそこまで減るんですか、凄いですね。ちなみにこの車両は、どのくらいの速度が出るんでしょうか?」
「カーブとかを考慮せず、純粋に出せる速度なら、およそ420キロくらいですかね」
「420キロ!」「マジかよ、ありえない!」
この二人の会話を聞いていた鉄道ファンたちが大声をあげてざわついた。たしかに420キロはすごい。
しかし、展望車両のような未来的な車両が、その速度で走ってきても納得が行くが、3両目のレトロな車両が、その速度で走って来たら驚くだろう。ボロボロの車両が新幹線より速く走るのだから。
「いやあ、想定外の速さですね……」
丁Rの社長さんが驚いた様子で言うと、姉ちゃんはこう返す。
「まあ、線路に沿って走ると、カーブと騒音の問題で、そこまでスピードは出せません。私らのシミュレーションだと、特急の設定で、平均営業時速は170キロくらいを考えています」
「充分に速いですよ。それでも」
「列車の細かいダイヤに関しては、後で決めるとして、もう一つ、決めておきたい事があるんですけど、良いですか?」
「はい、なんでしょう?」
「踏切はどうします? 撤去しますか?」
姉ちゃんが、ちょっと訳の分らない事を言い出した。
丁Rの社長さんが姉ちゃんに聞く。
「踏切ですか? どういう事でしょう?」
「ええと、やってみせた方が早いですね。『今から3分の間、走行高度7メートル』」
姉ちゃんは持っていたマイクに高度を言うと、地面の近くを走っていた列車が浮上した。その高さは、おそらく姉ちゃんの指示した高さだろう。二階の屋根くらいの場所を、列車が走り出す。
姉ちゃんが得意気に解説をする。
「こんな感じで少し上空を走れば、道路の通行を邪魔しなくなるので、踏切を撤去する事ができます。車との事故も無くなるでしょう」
「おお、これは便利ですね。うちは車との事故はほとんどありませんが、野生動物との接触事故がとにかく多くて、この機能があれば非常に助かります。北海道の全体で、動物との接触事故が、年間で2500件くらいありますからね」
「あっ、そうでしたか。この車両を導入すれば、その心配も無くなりますよ」
「そうですね。燃費の事もありますし、積極的に導入して行きたいと思います」
姉ちゃんが、この車両をしっかりと売り込む。車両の値段は分らないが、この調子だとかなり売れそうだ。
窓の外の風景を眺める。初めは田舎の街並みだったが、すぐに緑が多くなり、やがて海が見えてきた。
左手の窓には、広大な畑がどこまでも続く。右手の窓には一面の海が広がる。
そんな絶景の中を僕らは走っている。
「お食事のご用意ができまシタ。ご予約の方は2両目のレストラン車両にお越し下サイ」
「来たわ! 行かなきゃ!」
恐ろしい速さで、ミサキが車両を移動して行った。その速さは、鉄道ファンとは比較にならないくらい速かった。
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