火星歴元年 7

 牧場で一通り遊び終えた僕は、スマフォの時計を見る。

 時刻は午後の2時半、まだまだ遊べそうだ。


「姉ちゃん、何か他に観光施設はないの?」


「うーん。他には公園で釣りが出来るくらいかしら。釣り竿とかのレンタルもあるし、釣った魚は食べられるわよ」


 食べられる魚と聞いて、ミサキがすぐに反応する。


「釣りに行きましょう! バンバン釣りましょう!」


「他にレジャー施設はないの?」


 僕が確認すると、姉ちゃんは言い切った。


「特に無いわね、カラオケとか、ボーリングとか、ビリヤードとか、どこにでもあるような物はあるけど……」


 わざわざ火星でカラオケとかに行かなくてもいいだろう。まあ、釣りも地球上で出来るが、室内で遊ぶよりはマシだと思う。


「他に何もないようだし、釣りに行く?」


「行きましょう!」「いいぜ」「いいわよ」


 みんなに質問をすると、全員が賛成してくれる。

 こうして僕たちは釣りに行くことが決まった。



 無料のタクシーに乗って2分ほど。走り出したと思ったら、あっという間に目的地に着く。

 車を降りると、湖と言おうか、池のほとりに到着した。


 池はおよそ150メートルほどの大きさで、楕円形をしている。

 水面には、二人乗りの手こぎボードが何隻か浮いていた。

 ボートに乗っている人は、釣りをしていたり、本を読んでいたりと、ゆっくりと漂っている。


 池の中央には小さな島があり、歩道橋のような橋が架かって、行き来ができるようになっている。


「あの島で、釣りのレンタルをしているわ、行くわよ」


 姉ちゃんの後を着いて、僕らは中央の島へと向う。



 中央の島には小屋が建っていて『ボート有り』『釣り具有り』と、看板が出ていた。おそらく管理小屋のような物だろう。

 姉ちゃんは、その小屋の受付に居るロボットに声をかける。


「すいません、レンタルの竿を5本、エサ付きで。あとタイプのレンタルクーラーボックスも1つ」


「全部で1400ゼニーになりマス。お支払いはどうしますか?」


「私から一括でお願いね」


 そう言うと、ロボットは大きめの竿を5本、あと、高さ60cm、縦横80cmはありそうな、巨大なクーラボックスを渡してきた。

 クーラーボックスの中には水が張られていたが、重力遮断装置が付いているらしく、蓋を閉めると、姉ちゃんは軽々とかつぐ。


「さあ、釣りをはじめましょうか」


 僕らは小屋のすぐ近くの桟橋に移動して、釣りを開始する事にした。



「どんな魚が釣れるんですか?」


 エサを付けながら、ジミ子が姉ちゃんに尋ねる。


「うーん。まあ、日本の池とかでも、よく釣れる魚ね」


「なんだろう? こいとかフナかな?」


 僕がよく釣れそうな魚の名前を挙げると、ヤン太が竿を見ながら言う。


「竿がかなりデカいからナマズとかじゃないか?」


 渡された竿は、確かにかなりデカい。仕掛けの針も大きく、50cmを越えるような大きな魚が釣れてもおかしくはない。



「まあ、釣ってみればわかると思うぜ」


 そう言って、キングが仕掛けを水に入れた瞬間。魚が食らいついたようだ、竿が大きくしなる。


「うお、もうHITヒットかよ。これはかなりデカいぞ!」


 魚は初めのうちは激しく抵抗をしていたが、やがて大人しくなってきた。それを見て、キングはすかさず釣り上げる。


 それは40cmを越える、クロダイのような立派な魚だった。


「鯛か? いやちょっと違うな、ここは淡水だろうし……」


 釣り上げた魚を見て、ジミ子が声を上げる。


「あれ、この魚、どこかで見なかった?」


 そう言われてみると、どこかで見た覚えがあるが、名前が出てこない。

 しばらく考えていたら、姉ちゃんが答えを教えてくれた。


「前に地元で釣りをやった時があったでしょ? あの時、大量のブルーギルを駆除したじゃない。あれが育ったのが、ここにいる魚よ」


「こんなに大きくなったの?」


 僕は驚く。たしかブルーギルは10cmそこそこしかなかったハズだ。この魚は40cmはオーバーしている。


「チーフが食用向けに早く大きくなるよう、ちょっとだけ遺伝子操作をしたみたい。でも、安全性に関しては大丈夫よ、衛生管理もバッチリで、お刺身でも食べれるわ」


「ああ、うん、そうなんだ」


 立派に育ったブルーギルを見ながら、僕はつぶやく。

 まあ、宇宙人が操作したなら安全かもしれないが、これだけ急激に大きくなると、不気味だ。


「美味しそうね、どんどん釣りましょう!」


 ミサキは全く気にしていないようだ、やる気を出した。



 この魚、元がブルーギルなので貪欲だ。エサをつけて放り込むと、瞬時に食らいつく。

 こうして、10分そこらで、大型のタイプのクーラーボックスが満杯となった。


「調子に乗って、釣りすぎたな……」


 ヤン太がクーラーボックスの中を覗き込みながら言う。


「そうね。どうしましょう」


 ジミ子がちょっと呆然ぼうぜんとしながら答えると、ミサキはこんな事を言い出す。


「夕飯に全部食べましょうよ」


「ザッと30匹は居るぜ、それに魚をさばけるのか?」


 キングに言われて、ミサキは視線をそらせながら言う。


「えっと、それは……」


「そうだ! フォボス、今日の料理教室の予定表を見せて。 ……うん、これなら問題なさそうね。予約してみんなで行きましょう」


 姉ちゃんが何かを思いついたようだ。

 僕たちは大量の魚をかかえて、再びタクシーへと乗り込んだ。



 タクシーに乗ること、およそ10分。僕らは再び大学に戻ってきた。


 姉ちゃんは歩きながら、僕らに説明をする。


「これから料理教室に行くわ。これからお店を開く、オーナーシェフを対象とした上級者向けのクラスよ。ちょっと厳しいかもしれないけど、貴方たちも同じ授業をうけてみて」


 広大な大学の中を歩いて行き、『第3調理実習室』という教室にドアを開けて入る。

 中に入ると、授業のまっただ中で、3人の教師と20人あまりの受講生が、一斉にこちらを振りいた。


「もう授業は始まってるぜ。授業料が無料だからって、なってねーんじゃねーのか?」


 やたらとガタイの良い教師が、ドスの聞いた声で脅してきた。


「まあ、良いじゃない。新鮮な食材も持ってきたんだから」


 姉ちゃんは親しげに答えると、ガタイの良い教師は驚いた様子で答える。


「しょ、所長。なにやってんだ?」



 教師の三人は、火星の料理バトル番組でおなじみの『麻薬の売人のヤク』『鉄砲玉のテツ』『銀行強盗7回のカーリー』の、三人の囚人だった。ちなみに姉ちゃんは、火星刑務所の所長で、彼らとは顔見知りのハズだ。


「来るなら来るって連絡をよこせよ……」


 ガタイの良い元麻薬の売人のヤクさんが、あきれた様子で姉ちゃんにクレームを入れる。


「それよりコレを見て、まだ生きてるわよ」


 姉ちゃんはクレームを無視して、クーラーボックスを床に置き、蓋を開けた。

 クーラーボックスの中には、詰め込みすぎて、ちょっと酸欠気味のブルーギルがたくさん入っている。



 一匹、魚を取りだし、それを眺めながら、カーリーさんがつぶやく。


「活魚か。そうなるとテツの出番でしょ」


「俺か? まあ魚なら、俺の腕の見せどころか」


 指名されてまんざらでもない鉄砲玉のテツさんは、カーリーさんから魚を受け取ると、説明をしながら、さばき始める。



「まず、魚をシメる。まあ、シメ方はいくつかあるが、包丁で椎骨ついこつを両断するのが早い、エラから包丁をいれて、この部分を両断だ!」


 レーザーで刃が出来ている包丁を、エラの間から入れ、クイッと動かすと、魚はピクリとも動かなくなった。


「次に血抜きをして、あとは骨にそって3枚に下ろす。内臓は傷つけないようにな」


 魚はあっという間に切り身となった。


「あとは、適当に刺身にでもすれば出来上がりだ」


 切り身を丁寧に切り分けて、綺麗なブルーギルのお造りが出来上がった。



 職人のような見事な技に僕は感心したが、まわりの料理教室の参加者達は、違う反応を見せる。


「私には無理だ」「あんなに美しくさばけない」「僕ごときが料理店を開こうとしていたのは間違っていた……」


 店を出そうと頑張っていた料理人の卵たちは、自信を無くして、大きく凹んでいた。


 その様子をみて、カーリーさんとヤクさんが、慌ててフォローをする。


「囚人仲間でも、上手く魚をさばけるのはテツぐらいだから気にすんな!」


「俺なんかが魚をさばいたら、ぐっちゃぐちゃだぜ!」


 それにつられて、姉ちゃんも余計な事を言ってしまう。


「テツだって、最初は失敗ばっかりやってたんだから。これがその時の映像ね」


 料理教室には、大きなモニターがあるのだが、そこにテツさんの映像が映った。

 どうやら包丁で魚をさばく練習をしているが、おそるおそる魚に包丁を入れ、目の前にいる人物とは、とても同じ人とは思えない。


「かぁー、なんでかっこ悪い所をバラすかな」


 手で顔を隠すようにして嘆くテツさん。


「こんな感じで、毎日、練習を積んでいたもんね。皆さんもコツコツと修行すれば、そのうち出来るようになりますよ」


 姉ちゃんが、授業の参加者に言うと、参加者達は何とかやる気を取り戻す。


「初めはあんな様子だったんだ……」「まあ、少しずつ修行をすれば、私もいずれ……」



「さあ、じゃあ、やってみよう!」

「初めは失敗しても当たり前だからな」


 カーリーさんとヤクさんが、仕切り直して、再び料理教室が始まる。


 この後、もう一度テツさんが、丁寧に魚のさばき方を説明し、僕らもチャレンジをする。

 苦労しながら、どうにか切り身を作ると、そこから料理が始まった。


 テツさんは『刺身盛り』の作り方。カーリーさんは『魚と野菜の包みパイ』。ヤクさんは、比較的、簡単そうな『フィッシュアンドチップス』。


 先生方の手順を見ながら同じ様に作り、それぞれの料理を仕上げていく。



 そして、どうにか料理を作り、試食タイムとなった。


 苦労して作った自分の料理は、とても美味い。

 しかし、同じ調味料を作り、同じ様な手順で作った先生方の料理は、それ以上に美味かった。


 一体、何が違うと言うのだろう?


 他の参加者達が、また大きく凹んでいた。


「なぜ、こんなにも味が違う……」「私には才能がないのでは……」


 火星で飲食店を出店するのは、意外と困難な道なのかもしれない。

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