火星歴元年 8

 料理教室が終わり、僕らはシェフであり囚人のヤクさん、テツさん、カーリーさんと別れる。

 自分達の作った料理を試食したので、小腹が満たされた。

 満腹にならなかったのは、ミサキのおかげだ。ミサキは試食と称して、僕らの作った料理のかなりの量を食べていた。


「この後はどうしよう?」


 時刻は午後の4時40分。何かをするにはちょっと中途半端な時間だ。

 姉ちゃんがあごに手を置きながら、考える。


「う~ん。ちょっと食べたから、軽く運動とかどう? 大抵のスポーツだったら出来るわよ」


「ち、ちょっと、動けません……」


 ミサキが腹を押さえながら言う。確かにあれだけ食べれば運動は厳しいかもしれない。


「とりあえず、夕食は出来るだけ遅くした方がいいね」


 僕がそう言うと、姉ちゃんはうなずきながら答える。


「そうね。じゃあ、それまでショッピングか、住宅に戻って暇を潰すか、どっちが良い?」



「宇宙人の出したお店もあるんですよね?」


 ジミ子が興味津々きょうみしんしんで姉ちゃんに聞く。


「ええ、あるわよ。家具とか服とか、一通りそろっているわ」


「それなら、行ってみたいです!」


 ジミ子が強く主張してきたので、僕らは行ってみる事にした。宇宙人のお店は、みんな気になっているらしい。



 タクシーに乗り5分ぐらい立つと、商業エリアの中に入ったようだ。

 ここは郊外型の大型店舗が並ぶエリアらしく、3階建ての巨大な倉庫のような建物が並んでいる。


 走って行く途中に、家具屋の『イケア』『ネトリ』、ホームセンターの『コメル』『ケーオーD2』、スーパーは『コトスコ』『イウォン』、などなど、日本でもおなじみの店も数多く見かけた。

 地球上と違うのは、駐車場が一切無い事だろうか。タクシーが無料なので、店の前にはタクシーの乗降口しかない。


 見慣れた大型店舗の中で、僕らは黒に近いような、暗い灰色の建物の前で降ろされた。

 それは、金属か石材かよく分らない物質でできており、窓は一つも無く完璧な立方体で、看板には『エイリアン・ショップ』とだけ書いてある。何が売っているのかも分らない、かなり怪しい建物だった。


 ちなみに、この商業エリアでは人がそこそこ居るのだが、この店だけは、あまり人が寄りついて居ない。僕らは、この怪しい店の中に入っていく。



 店の中は、ほとんど灰色一色だった。

 よく分らない素材で出来た、なんだかよく分らない商品が並ぶ。


 入り口付近に置いてある商品の説明書きを見てみる。

 このコーナーにあるのは、どうやら日常品らしい『洗剤』と書かれていた。


「姉ちゃん、この『洗剤』って何の洗剤?」


「洗う時に使う洗剤よ。汚れが落ちるわ」


「いや、そうじゃなくて、食器とか、洗濯とか、風呂掃除とか、洗剤にも色々と用途があるじゃない」


「だから、全部に使える洗剤よ。全ての用途に使えて、18リットル入り、3600ゼニー。なかなかお買い得でしょう?」


 どうやらこの洗剤は万能洗剤のようだ。

 家だと、台所の食器用、洗濯用の粉石鹸、お風呂掃除の洗剤と、用途によってバラバラだが、それがこれ一つで間に合うらしい。これは便利だと思う。


「お土産に買っていこうかな」


 キングが巨大な洗剤を手に取りながら言う。


「じゃあ、私も」「俺も」


 それにジミ子とヤン太も続いた。


「じゃあ、重いから家の方へ郵送しておくわね。他に何か見たい物はある?」


「ちょっと変わった物があれば、見てみたい」


 僕が無理な質問をすると、姉ちゃんはそれに答えてくれる。


「それだと、やっぱり家具かしらね。家具売り場は3階よ」


 僕らはエレベーターで3階に上がる。



 扉が開くと、広大なフロアに、大小さまざまな灰色の立方体が飾られていた。

 僕は思わず聞いてしまう。


「姉ちゃん、これは何?」


「家具よ。どう見ても家具売り場でしょ?」


 四角い立方体の物体は、大きさが違うだけで、何がなんの家具だか、全く分らない。


「これは何ですか?」


 ミサキが高さ2メートルほど、幅1メートルちょっと、奥行き50センチくらいの、かなり大きい立方体を指さして言う。


「それは、タンスよ。手を触れると開くわ、試してみて」


 ミサキが長方形の適当な部分を触ると、その部分がせり出してくる。せり出した部分は、ごく普通のタンスの引き出しになっていた。

 見た目は変わっているが、機能的には普通のタンスとなんら変わりない。


 ちなみに、出ている引き出しを押し込んでしまうと、繋ぎ目が消えて、一枚の金属のようになった。



「じゃあ、これもタンスですね」


 ジミ子が同じ大きさの立方体に触れる。

 すると、今度は扉が両側に開くように開いた。姉ちゃんが家具の説明をする。


「そっちはクローゼットね。まあ、機能的にはタンスのような物だけど」


「じゃあ、これもタンスかクローゼットか」


 ヤン太が同じ大きさの立方体に触れる。

 すると、扉が両側に開くように開いたが、中に棚があり、細かく仕切られている。


「そっちは食器棚ね。チーフいわく、台所を意識したデザインらしいわ」


「じゃあ、これも食器棚かな」


 キングがまた別の立方体を触る。これも扉が両側に開いて、中には棚が設置されているが、先ほどと様子が違う、冷やされた冷気が、霧のように出て来た。


「それは冷蔵庫ね。一般家庭の冷蔵庫と同じで、下の部分は冷凍庫になっているわ」


 僕には全部、同じ立方体にしか見えないが、どうやら中身は様々な機能に別れているらしい。



「ちょっと疲れたんだけど、椅子とかはない?」


 僕がそう言うと、姉ちゃんは、縦横40センチ、高さ60センチくらいの、座りやすそうな立方体を指さして言う。


「あれが椅子よ、座るとき、ちょっと気をつけてね」


 大きさは座りやすそうだが、どう見ても金属の塊にしかみえない。かなり硬そうなので、僕はゆっくりと座る。

 すると、僕の想像は大きく外れた、金属のような椅子の上部は、やわかかいゼリーかこんにゃくのような質感で、優しくお尻を支える。


「おお、すごい、柔らかくて座り心地が良い」


 僕が声を上げると、みんなも興味を持ったようだ。


「俺も」「私も」と、そばにあった同型の椅子に腰掛ける。


「私は、この大きなソファーに座るわ」


 ミサキが僕らの使っている椅子より、かなり大きい立方体に飛び乗った。


「あっ、ミサキちゃん、それは……」


 姉ちゃんは止めようとしたが、ゴツッ、とミサキの尻から鈍い音が聞えてきた。


「いったぃ。何これ? 硬い!」


「それはソファーじゃなくてテーブルよ、ソファーはあっち」


 姉ちゃんは同じ様な大きさの立方体を指さす。


 この後、僕らはソファーやベッドなどの家具を試した。

 ベットは、柔らかさの調整機能があり、寝心地は最高だったが、値段は20万ゼニーを越える高級品だった。僕らのおこずかいで買える物ではなさそうだ。



 家具を見て色々と試していると、気づけば時間が過ぎていた。


「そろそろ晩ご飯にしない?」


 ミサキの一言で、僕らは晩ご飯に行くことにする。

 家具のフロアを去る時に、姉ちゃんがボソリと愚痴を言う。


「機能と耐久性には自信があるんだけど、さっぱり売れないのよね」


 そう言われて、改めて周りを見渡すと、フロアには、ただただ立方体があるだけだ。この光景を見て、家具が欲しくなるとは、絶対に思えない。売り場の改善が必要だろう。



 僕らはタクシーを捕まえて、1分くらいの飲食店が集まるモールに来た。

 タクシーで移動したものの、先ほどの宇宙人の店とは200メートルくらいで、もしかしたら歩いた方が早かったかもしれない。


 このモールでは、大小さまざまな飲食店が70ほどあり、世界各国の料理が食べられる。案内板がある場所に行き、僕らは、大いに迷う。これだけ種類があると、どれを食べて良いのか分らない。



 僕が、姉ちゃんから意見を聞いてみる。


「何かオススメのお店とかある?」


「ロボットが握っている回転寿司の店とかどう?」


「魚はさっき食べたから、他にないの?」


「大丈夫よ、うどんも蕎麦もラーメンもカレーもハンバーガーもあるから、好きな物を食べれば良いと思うわ?」


「……その店、回転寿司の店だよね?」


「そうよ、回転寿司のお店よ」


 ラーメンやカレーやハンバーガーを食べられる店は、寿司店といって良いのだろうか? 不安になってきた。



「ちょっと待って、この匂い嗅いだことがあるわ」


 ミサキが匂いに釣られて、ふらふらと動き出した。ちなみに僕は何も匂わない。

 不確ふたしかな足取りは、やがてしっかりとした足取りに変わる。

 そして、一件のカレー屋の前にたどり着いた。


「この店で良い? このカレー、一度食べて見たかったの」


「いいぜ」「いいわよ」「OKだぜ」


 食にこだわりの無い僕らは、どの店でも構わない。OKの返事をする。

 しかし、この店は有名店なのだろうか? 店の名前は聞いた事がなかった。



 ドアを開けると、まだ小さな子がウェイターの手伝いをしていた。

 その顔をみて、僕は思い出した。


 それは、ミサキと二人で学習収容所に勉強にきたときに出会った女の子だ。

 確か、難民として学習収容所に来て、支給される飯がマズいので、身近にある様々なスパイスでカレーを作り、自炊していた家族だ。

 あの家族が、ここに移住してきて、店を開いたらしい。


「マサラカレー、ライス大盛り、ナン追加でお願い。あと、シシカバブーとタンドリーチキンね」


 ミサキは常連のように注文をする。


 僕らもメニューを見て注文したが、ここのカレーはかなり美味しかった。

 日本で食べるとなると1500円はしそうだが、それが700円くらいで食べられる。ミサキもあれだけ頼んだのにもかかわらず、1100ゼニーしか掛かっていない。もしこの店が近所にあれば通い詰めるだろう。


 食事を食べ終わり、満足すると、僕らは挨拶をして店を出た。

 店はモールの端にあり、あまり良い場所ではないが、それなりに席が埋まっていて繁盛しているようだ。この値段でこの味なら、納得できる。


 しかし、一度だけ嗅いだ匂いで、店を探し出すミサキはさすがとしか言いようがない。

 この記憶力をちょっとだけでも勉強に使えれば、凄い成績を取れそうなのだが……

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