火星歴元年 6

 火星の名所の『人面岩じんめんいわ』という場所に行くことになった。


 どうやら今日は、姉ちゃんが火星を案内して回ってくれるらしい。

 僕らは無料のタクシーに乗り込むと、目的地へと向う。


「人面岩までは、ちょっと時間がかかるわ。まあ10分ちょっとだけどね」


 姉ちゃんが言うと、ミサキが人面岩がどんな場所か聞き出す。


「人面岩って何があるんですか?」


「うーん。いちおう、分類上だと遺跡になるのかな? かなり昔に、航空宇宙局のNASYAが、火星の写真を公開して話題になったんだけど、知ってる?」


「知りません」


 ミサキが即答した。一方、キングがスマフォを取り出して、この遺跡を調べようとする。


「ここって、電波はどうなんです?」


「ほとんどの電波は通じるわよ。でも、フリーWi-Fiがあるから、そっちを使った方が良いかもね『Mars-Free-Wi-Fi』っていうのが、パスワード無しで使えるわ」


「お、これか。設定して、検索ワードは『火星の人面岩』で出てくるかな?」


 キングが検索すると、たくさんのページが引っかかる。

 色々な年代の写真があるようだが、代表的なのは1976年の写真らしい。そこには、鮮明な人の顔があった。


「本当に人の顔をしてるわ、これ、絶対に火星人の遺跡でしょ!」


 ミサキが興奮気味に言う。

 確かに、プレアデス星団の宇宙人がいるなら、火星人がいてもおかしくないかも知れない。

 これは、ピラミッドやスフィンクスのような、火星を代表する観光スポットになるんじゃないだろうか?


 期待の高まる僕らだったが、姉ちゃんの表情は微妙だった。



 やがてタクシーは居住区の端につく、車から降りて周りを見渡しても、それらしき遺跡は全く無い。


「姉ちゃん、人面岩はどこ?」


 僕が質問をすると、姉ちゃんは居住区のガラスの外側にある、小高い丘を指さす。


「ま、まあ、あれがそうなんだけど……」


 それはただの丘だった。巨大な土の塊でしかなく、とても顔に見えない。


「あれがそうなの?」「う、嘘でしょ……」「どこが人の顔なんだ……」


 受け入れがたい現実を前に、みんな落胆の色を隠せない。


「手配すれば、真上から見る事もできるけど、まあ、私には人の顔には見えなかったわね。あの写真は奇跡が重なった写真かもしれないわ……」


 姉ちゃんが、遠い目をしながら言った。


「中学の時に行った、地元の前方後円墳ぜんぽうこうえんふんを思い出すな……」


 ヤン太がポツリとつぶやく。するとジミ子が思い出したように返事をする。


「ああ、あの土くれね」


 前方後円墳と言えば、鍵穴の形をした、神秘的な遺跡を思い浮かべるだろう。

 僕の地元にも前方後円墳があり、中学の社会の授業で行った事があるのだが、それは高さ約4メートル、全長20メートルほどの、こんもりと盛り上がった、古墳とはとても思えない微妙なものだった。

 今の心境は、あのときに襲われた虚無感に似ている。



「他に何か観光施設はないの?」


 僕は気持ちを切り替える事にした。すると、姉ちゃんはタブレット端末を取り出し、写真を見せながら言う。


「ええと他には牧場があるわ。馬と牛がいて、乗馬とかもできるわよ」


「じゃあ、そっちに移動しようか」


 僕がそう言うと、みんなそそくさとタクシーに乗り込んだ。



 タクシーに乗ると、7分もしないうちに牧場へと着いた。

 黄緑色の鮮やかな牧草地が広がり、所々に馬や牛が草を食んでいる。

 地球上の牧場と違う点は、柵がない点だろうか。柵が全くないので、ただでさえ広い牧場がさらに広く感じる。


「観光客用の入り口はこっちね。ついてきて」


 木で出来た『Welcome』というゲートをくぐると、そこは日本の観光牧場と大して変わらない。

 レストランや販売コーナー、おみやげコーナーがあり、牧場には定番の牛乳、ソフトクリーム、チーズといった乳製品が並ぶ。


「ソフトクリーム、食べます!」


 ミサキは強く宣言をすると、アイスの販売コーナーに並んだ。

 しょうがないので、僕らもアイスを食べる事にする。


 プレーン、ブルーベリー、ヨーグルト、レアチーズ、それぞれ好みのソフトクリームを食べていると、姉ちゃんがこう言ってきた。


「あなたたち、乗馬をする気はある?」


 ジミ子が心配そうに、こう言った。


「乗馬とか経験の全く無い、私達でも大丈夫でしょうか?」


「大丈夫よ。この牧場は、動物たちと会話ができる機械を使っているから、おおよその意思疎通ができるわ。馬の方が、初心者に合わせてくれるから問題ないわ」


「それなら安心しました」


 ほっとするジミ子。確かに動物と意思疎通ができれば、何とかなりそうだ。


 全員が乗馬をする気になると、僕らは姉ちゃんに連れられて、受付へと移動する。



 受付に行くと、姉ちゃんが確認をする。


「ええと、初級25分コースで良いかしら? 乗馬する馬の種類だけど、どうする? 『ポニー』『ロバ』『サラブレッド』と、幅広くあるわよ」


「サラブレッドは怖そうだな」


 キングがおじけづくと、受付にいた飼育員の人が、こんな事を言ってきた。


「大丈夫ですよ、穏やかな性格の馬も多いので。それに、安全装置をつけるので、万が一、落馬しても大丈夫ですよ」


「それだったら、サラブレッドにしてみようかな」


 キングがちょっとその気になった。



 キングがサラブレッドに挑戦しようとする一方、ジミ子はあきらめが早い。


「私はポニーでお願いします。怖くなさそうだし」


 それを聞いて、飼育員の人が答える。


「そうだね。背の高さも一番低いし、いざという時は足が付くから、初めはポニーが良いかもね」


「じゃあ僕もポニーで…… あっ、でも、ポニーは小さすぎるかな。僕の体重が……」


 僕がそう言いかけると、飼育員の人がフォローしてくれる。


「君くらいの体格なら問題ないよ。ここでは重力が3分の1だから、せいぜい子供並みの体重にしかならないよ」


「じゃあ、ポニーでお願いします。」



「俺はどうしようかな?」


 ヤン太がどの馬にしようか決めかねていると、飼育員の人がこんな事を言う。


「どの種類でも良いなら、ロバはどうだろう? 彼ら、中途半端であまり人気が無いから暇を持て余しているんだよね……」


「じゃあ、俺はロバで良いです」


 みんなが無難に決める中、最後にミサキがとんでもない事を言い出す。


「ここで『あらくれ馬』っているかしら?」


「ええと、引退した競走馬とかもいるので、気の荒い馬も居ますよ」


「じゃあ、その中で、一番、気の荒い『荒くれ馬』をお願い! 私が乗りこなしてみせるわ!」


「お前なあ…… まあ、いいか」


 それを聞いてヤン太が止めようとしたが、途中で辞めた。まあ、言っても聞かないだろう。


「本当に良いんですね?」


「もちろんよ。それでお願いね」


 飼育員の人が確認をすると、ミサキは胸を張って答えた。



 乗る馬が決まると、僕らは安全装置のついたベストとヘルメットを着用する。

 そして、飼育員さんはマイクの前に立って、こんな事を呼びかける。


「『レノア』さん、『ボルドー』さん、『アールグレイ』さん、『アリス』さん、『ブラック・マキャベリィ・3世』さん、お仕事です、お客様の乗車口まで来て下さい」


 牧場に向ってアナウンスをすると、馬が5頭やってくる。

 ちいさなポニーが二頭、灰色のロバが一頭、温厚そうなサラブレッドが一頭、そして、あきらかに気が立っているデカいサラブレッドが一頭。



「この俺様に乗ろうとする愚か者は誰だ!」


 馬の声が、身につけているイヤホンを通じて聞えてきた。


「私よ! あなたを乗りこなしてみせるわ!」


 ミサキが憶する事なく、一歩、前に出る。


「おもしれーじゃねえか。乗りこなせるものなら乗って見ろ!」


 飼育員さんは、ミサキを『ブラック・マキャベリィ・3世』にまたがせると、こう言う。


「内股で挟み込むようにして、踏ん張って下さい。それから手綱にはあまり力を入れないようにして……」


「いくぜ!!」


 話の途中だが、『ブラック・マキャベリィ・3世』は、力強く地面を蹴り、大地を飛ぶように走り出した。

 火星の重力での、馬の全速力はすさまじい。速度も凄いが、高さも凄い、二階建ての4~5メートルくらいは届きそうな高さが出ている。


「いやはぁあああ!」


 悲鳴とも喜びとも取れる、ミサキの声が上がる。



「まあ、俺たちはゆっくり行こうぜ」


 はしゃぐミサキを放っておいて、僕らはのんびりと乗馬を楽しんだ。



 牧場から、自然公園に入り、美しい風景を楽しみながら、湖を一周して帰路に着く。

 身も心もリラックスして、再び戻ってくると、そこにはガクガクと震えながら、かろうじて立ってるミサキがいた。


「遅かったじゃない。私はもう三周くらいしたわよ!」


 僕らに向けて必死に自慢をしてきたが、気のせいか、ちょっと涙目に見える。

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