火星歴元年 2

 姉ちゃんから言われて、僕たちは『火星の生活、体験ツアー』に申し込んだ。

 このツアーには人数制限があって、参加者が多い場合は抽選方式を取るらしいが、あまり人気がないのか、すぐに僕らの参加は確定した。



 後日、僕らは姉ちゃんの会社の前に集まる。


 指定の時刻になると、ロボットが会社から出て来て、僕らは会社の中に案内された。いつもの会議室の中に入る前に、ロボットがイヤホンを片耳だけ渡して来た。


「翻訳用のイヤホンです。身につけて下サイ」


 僕らは言われた通り、それを身につけ、会議室の中に入る。



 会議室の中には、安っぽい会議用の長机と、パイプ椅子が並べられていた。

 既に10人ほどの人が席に着いている。どうやら世界各国から集まってきたらしく、白人、黒人、中東系などなど、様々な人種の人が居た。年齢層は30~40歳代が多いように見える。


 その中にいて、僕らの存在は浮いている。それは、人種や年齢などの問題ではなく服装の問題だ。

 周りの人達は、スーツなどの正装に近い格好をしているが、僕たちはTシャツにGパンなどといった、実にラフな格好だった。


 どうやら周りの人達は、その服装から考えると、真剣に火星への移住を検討しているのだろう。

 遊び半分で参加する僕たちは、ちょっと場違いに思え、恥ずかしかった。



 しばらくすると姉ちゃんが入って来て、参加者に向って挨拶をする。


「今日は参加頂き、ありがとうございます。まず、私の方から概要を説明して、その後に質問を受け付けます。それから火星に移動し、体験プログラムを受けてもらう手順となっております」


 いつもの僕たちと違って、ちゃんと説明をするようだ。

 参加者達はメモ帳やスマフォを取り出して、真面目な姿勢で話を聞く体制を取った。



 まず、姉ちゃんから概要が説明される。


「まずはおおよその予定ですね。今日の午前中はレクリエーションを行ない、火星の重力に慣れてもらいます。昼食を食べて、午後は自由行動です、各自、興味のある場所を見学して下さい。

 翌日の午前中は、農作業の仕事を行なってもらいます。農作業に関しては、支援システムがあるので、未経験者でも心配いりません。農作業終了後、昼食を取って解散となります。ご自宅近くの駅、または空港に送り届けて、終了となります。ここまでで何か質問がありますか?」


 参加者の一人から手が挙がり、こんな質問がなされた。


「見学先の施設は、どのような場所があるのでしょう?」


「ここにパンプレットがあるので、まずはお配りしますね」


 姉ちゃんはパンフレットを配るのだが、それは先日、僕が見せられたパンフレットと同じものだった。


『人類は次なる舞台ステージへ。赤き大地の楽園に、新たな天使こくみんたちよ、いざ募れ!』


 怪しげなポエムが表紙を飾る。このポエムを見て、参加者が帰らなければ良いのだが……



 パンフレットが行き渡ると、姉ちゃんがそれを解説する。


「まず、火星の衛星軌道上からの写真をご覧下さい。およそ一辺が4.5キロメートルの6角形の形をした居住スペースが、三つあります。

 一つあたり、およそ52平方キロメートル。面積だと、山手線の内側より、少し狭いくらいですね。

 これらの居住スペースのどれかに住む訳ですが、三つの巨大な居住ブロックには、それぞれ特徴を持たせました」



 姉ちゃんはホワイトボードに写真を張り出しながら説明をする。


「一つ目は『商業、レジャー地域』このブロックの中枢は、商店が連なり、繁華街のような街作りがされています。もちろん、商業ブロックに隣接するように、居住ブロックも配置してあります。すこし賑やかな場所に住みたい人にはお勧めですね」


 繁華街と聞くと、都会のゴチャゴチャした雑居ビルを思い浮かべたが、張り出された写真はかなり違っていた。

 郊外型の大きめのゆったりとした店が連なっている。都心というより、地方の栄えた国道といった感じだ。ホームセンターや、大型のショッピングモール、飲食店街があるらしい。



「二つ目は『学業施設、運動施設』小学校、中学校、高校、大学などの学業施設と、各種の競技のスタジアムがあります。スタジアムの方は、プロのチームがある訳ではないので、あくまで市民がスポーツを楽しむエリアですね。あっ、ちなみに学費は全て無料となっています。社会人になっても、興味のある大学の講座などがあれば、そのカリキュラムのみを受ける事ができますよ」


 姉ちゃんは色々なスタジアムの写真を張り出す。

 野球、サッカー、ラグビー、テニス、あとはプールやバスケットコートなどもあるようだ。

 学校の校舎も張り出されるが、これまた大きそうだ。このエリアは学園都市と言っても良いだろう。



「三つ目は『自然風公園しぜんふうこうえん、牧場牧畜エリア』自然というのは、まあ、本当に火星の自然を再現してしまうと、単なる荒野になってしまいますから、地球の自然を真似したものですね。このエリアには森や湖を多く配置しております」


 草原と湖の写真を張り出す。

 火星の群青色の空と、それを映し出す深い青い湖。そこから広がる黄緑色の牧草地。

 美しい自然の風景だが、続いて張られた森の写真はちょっと貧弱だ。木々がまだ苗木の状態で、たぶん1メートルも育っていない。しかし、作ったばかりなので、これはこれで仕方が無いだろう。この場所は10年も経てば、立派な森になるはずだ。



「ここまでで何か質問はありますか?」


 姉ちゃんが問いかけると、何人もの手が挙がる。


「まずは手前の方からどうぞ」


「有害物質や光線。例えばX線や紫外線ですね。人体への影響はどうなんでしょう?」


「火星には大気を逃がさないように天井があります。その天井は強化ガラスで覆われているんですが、この強化ガラスが有害な光線をカットしてくれます。

 例えば紫外線を例に挙げると、作物を育てる農業エリアだと地球のおよそ80パーセント、居住エリアでは地球の20パーセントくらいになっていますね。X線も同様に地球以下の数値ですし、汚染物質に関しては、火星より地球の方が酷い状況ですね。健康面では火星の方が安全と言えます」


「ありがとうございます。分りました」


 質問した人が、納得した様子でお礼を言う。



「では次の方、どうぞ」


「住居に関しては無料とのお話でしたが、居住区は自由に選べるのでしょうか?」


「ご希望をうかがい、できるだけベストになるような振り分けの仕方を致します。

 今回の住民の募集は12万人ほどですが、今のところ地球からは2万人ほどしか集まっていません。

 火星の学習収容所の方からも、収容者の約8割。およそ4万人の住民が移ってくる予定ですが、それでも住居の半分くらいしか埋まりません。空き家が多いので、おそらくご希望に添えられる配置が出来ると思います」


隣人りんじんと馬が合わないなどといった場合などはどうなのでしょうか?」


「希望すれば、いくらでも引っ越す事ができます。さすがに毎日のように引っ越すとかはダメですが、月に一回ぐらいの頻度なら全く問題はありません。1年くらい、各エリアを転々と回ってから、定住するエリアを決めてもいいかもしれませね」


「なるほど、了解しました。心配はなさそうです」


 安堵あんどの表情で質問を終える。



「他の方、いませんか? そちらの方、どうぞ」


「給料とか生活費とかはどうなるんでしょうか?」


「ザックリとですが、居住費は無料、医療費、学費なども無料。食費は一人当り、月額3万円の食料クーポンを配布。他にベーシックインカム6万円が配布されます。給料は歩合制ぶあいせいの部分が大きいですが、最低保証金額8万円。平均給与だと14万円くらいを予想しております」


「歩合制とは、どういう事でしょう?」


「一人一人に一定の畑の面積を受け持って頂いて、そこで取れた作物の売り上げの、約6割を給料に乗せる形ですね。高値で売れる良い作物を効率良く作れば、給料が上がるシステムです」


「給料とベーシックインカムのお金は別ですよね?」


「ええそうです。最低保証金は8万円+ベーシックインカムの6万円で、合計14万円ですね。そこに食料クーポン3万円分が乗っかります」


「物価はどれくらいでしょう?」


「一般的な先進国の価格を基準にしています。おそらく不自由のない生活を送れると思いますよ」


「分りました。良い生活が送れそうですね」


 質問者は満足げに返事をした。



「他に質問はありますか?」


 とりあえず、質問が出尽くしたらしい。手を挙げる人は居なかった。


「わかりました。では火星へと向いましょう。細かな質問は、また現地で答えます」


 こうして一通り説明を受け、僕らは火星へと向う。

 しかし、姉ちゃんが、ちゃんと説明をするとは意外だった。僕らの時はいつも説明不足だったのに……

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