飛行船クルージング 2

 飛行船の試運転の当日となった。

 約束の時間、夜7時30分のちょっと前に、僕らは姉ちゃんの会社の前に集まる。


「キングさん、今日も素敵ですね、輝いています!」


 白木しろきくんが相変わらずキングを褒めまくる。犬猿の仲のヤン太がそばに居るが、あまり目に入ってないらしい。



 時間がくると姉ちゃんが会社から出て来た。僕らを手招きしながら呼ぶ。


「お待たせ、あら、あなたが白木くんなのね、いつもツカサがお世話になっています」


「い、いや、俺、お世話なんてしてないです。今日はヨロシクおねがいします」


 白木くんが緊張した様子で返事をする。


「父さんと母さんはもう先に行ったわ。じゃあ、みんな着いてきてね」


 僕らは姉ちゃんの後について、会社の中へと入る。



 移動する途中、白木くんが僕らだけに聞えるよう、ささやくように言う。


「なあ、あの人、大社長の『笹吹 アヤカ』だよな」


「いや、姉ちゃんは大社長なんかじゃ……」


 僕がそう言いかけると、それを遮るようにジミ子が解説を言い始めた。


「そうよ。ロボット派遣会社の社長、プレアデスグループ会社の副会長、宇宙人の秘書室長『笹吹 アヤカ』様よ」


「……さっき言いかけたけど、もしかしてツカサくんのお姉さん?」


 白木くんは驚いた表情で僕に聞いてきた。


「うん、まあ、そうだけど」


「あの大社長の弟さんだったのか……」


 これはいけない、大幅な勘違いをしている。姉ちゃんはそんな大した事はやっていない。ジミ子に聞えると色々と面倒なので、白木くんだけに聞えるよう、小声で言う。


「そんな重要なポストじゃないよ。会社の中では、せいぜい中間管理職くらいのポジションじゃないの?」


「でも社長や会長をやってるよね?」


「確かに肩書きはそうらしいけど……」


 そこまで言うと、会議室にある『どこだってドア』の前に到着した。


 姉ちゃんが僕らに確認をする。


「忘れ物はない? じゃあ移動するわよ」


 そう言って『どこだってドア』を開けて中に進んでいく。僕らもその後に続く。



 ドアの向こう側は、どこかの港だった。波の音と海の臭いがする。


「飛行船だから空港じゃなかったの?」


 僕が質問をすると、姉ちゃんが答える。


「今回、この飛行船を作ったのは、彡菱さんびし造船会社ぞうせんがいしゃさんなのよ。ベースとなる飛行の部分は、うちの会社で作って、内装と旅客部分の設計をお任せした感じかな。元々、船を作っているから、内装はかなり船っぽいわ」


 そう言って造船会社の大きなゲートを通ると、中へと進んでいく。



 造船会社の広大な敷地を歩いて行くと、船着き場の一角に、卵を横倒しにして、そのまま巨大化させたような形の飛行船が浮いている。形は普通の飛行船とあまり変わらないが、大きく違う点は巨大な窓が船腹に連なっている事だろう。


「飛行船はアレね、全長68メートル、全幅52メートル、高さ24メートル、中は6層構造ね。空港で使えるのはもちろんだけど、港での乗り入れも考慮されているわ。さあ行きましょう」


 大きさは前もって聞いていたが、こうして目の前で見るとかなり大きい。学校の校舎か、となり駅にあるデパートぐらいはありそうだ。



出入ではいりは、一階のエントランスからね。渡したチケットは、ダブルのファーストクラスの部屋、3部屋で、和室1、洋室2、だったと思ったけど、部屋割りは決まった?」


 姉ちゃんが僕らに質問をすると、ヤン太が代表して答える。


「ええ、決まっています。ミサキとジミ子、ツカサとキング、俺と白木のペアに分かれて、俺の所が和室の予定です」


「え~、俺はキングさんと一緒じゃないのかよ」


 白木くんが文句を言うが、それをヤン太が押さえつける。


「お前は俺と一緒だ! ろくでもない事をしそうだからな!」


「そんな事ないぜ、神に誓って!」


「寝顔とか、絶対に撮るだろう」


「それは否定できないな……」


 確かに白木くんは大した事はしないだろうけど、ちょっとした撮影くらいはやらかしそうだ。ヤン太の提案した部屋割りは正解だろう。


「じゃあ、その部屋割りで登録するね。部屋の鍵は生体認証でオートロックだから、鍵を無くす心配とかいらないわ」


 僕ら一番下のエントランスから、飛行船の中へと入る。



 船らしい、重厚な自動ドアを抜けて飛行船の中に入ると、そこはホテルのロビーのような場所だった。壁は無く、360度、ガラス張りの室内には、椅子やソファーが置かれ、くつろげるような空間が広がっている。

 部屋の中央を見ると、大型のエレベーターの入り口が3つあり、その横には階段と勾配こうばいの緩いエスカレーターまでついている。


「さあ、チェックインをしましょう」


 姉ちゃんに言われて、入り口付近にいるロボットにチケットを渡す。すると、部屋番号を教えてくれた。

『617』『618』『623』どうやら6階建ての飛行船の最上階に、僕らの部屋があるようだ。


「まずは荷物を部屋に置いてきましょう。エレベーターで行っても良いんだけど、ここはエスカレーターで行きましょう。軽く説明をするわ」


 姉ちゃんの後に着いて、エスカレーターで移動を開始した。



 エスカレーターに乗っている時、姉ちゃんがこの飛行船について解説をしてくれる。


「1階は、エントランスでになっていて、飛行中は展望室になるわ。

 2階は、荷物室と機械室。飛行機だとアタッシュケースを預けると、目的地に着くまで手元から離れるけど、この飛行船だと乗組員のロボットに声をかければ、忘れ物とか取り出す事とかできるの。今回は大きな荷物が無いから、この階は関係無いわね。

 3階はレストランと風呂場、あと売店ね。

 4階はエコノミー、5階はビジネスクラス、6階はファーストクラス以上の部屋と、展望テラスね」


 各フロアをエスカレーターで登りながら見ていく。

 どの階も天井が高く、窮屈な感じはしない。最も狭いエコノミーの席でさえかなり広く感じる。


「姉ちゃん、エコノミーの席ってどのくらいの広さなの?」


「あの席は完全にフラットに出来て、フラットにするとシングルベッドよりちょっと狭いくらいかな。一人当り、大体1畳くらいの面積よ」


「僕らが泊まるファーストクラスの部屋はどのくらいなの?」


「一人当り、大体3畳くらい。ダブルの部屋だから6畳くらいかな」


 僕らが泊まる部屋は、ごく普通の部屋くらいある。これは移動するホテルと言っても良いだろう。



 説明を受けていると、あっという間に6階に着いた。

 姉ちゃんが廊下の突き当たりを指さしながら言う。


「部屋はあそこにあるわ。荷物を置いたら3階のレストランエリアに来てちょうだい。30分後の8時15分から、彡菱の造船会社の社長さんの挨拶が食堂であるの。悪いんだけど、そのイベントには参加してね。大した物は出ないけど、食事とかが出て、食べ放題だから」


「行きます! 絶対に行かせてもらいます!」


 ミサキが目をギラギラさせて返事をする。用意された料理は足りるのだろうか……

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