飛行船クルージング 3

 僕らはひとまず荷物を置くために自分の部屋の扉を開ける。すると、そこには普通の大きさの部屋があった。姉ちゃんの言うとおり、6畳くらいの部屋で、セミダブルくらいベットが二つあり、壁には大きな窓、窓際にはカウンターテーブルと、質素な椅子が二つ置いてある。


 昼間だったら、窓の外は素晴らしい景色が広がるのだろうが、今は夜だ。

 窓の外には、港を照らす最低限の明かりしか見えない。


「広いな。飛行船の中とは思えないくらいあるぜ」


「多分、普通のビジネスホテルの部屋くらいありそうだね」


 キングと僕は荷物を置くと、他のみんなと合流して食堂へと移動する。



「うわぁ、広い」


 食堂へ入り、思わずミサキが声を上げる。ここも、船の中とは思えないほど広かった。

 体育館ぐらいありそうな広さに、テーブルが無数に並び、その様子はショッピングモールにある大型のフードコートのようだ。

 周りを見回してみると、コンビニ、アルコール飲料を扱うバーカウンター、Tシャツや下着を売っている自販機までもある。


 ただ、レストランのような店は見えない。そのかわり、ありとあらゆるファミリーレストランやファーストフードの弁当を売る自販機があった。


 牛丼の吉理家と木公屋、ラーメンの曰高屋、餃子の玉将、シウマイの﨑陽軒、立ち食いそばの富土そば、ファミリーレストランのゲスト、イタリアンのサイゼリア、フライドチキンのケソタッキー、そしてもちろんハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥの自販機もある。



「美味しそう」


 ミサキが食品を売っている自販機に駆け寄る。すると、自販機はどれも『準備中』と表示されていた。


「残念だったわね。でもどんなメニューがあるのか、とりあえず見てみましょう」


 ジミ子が自販機のメニューをチェックし始めた。


 僕も通い慣れたメェクドナルドゥの自販機をチェックしてみると、『ビックメェックセット』『ダブリューバーガーセット』『フィッシュバーガーセット』などなど、おなじみのセットが、定価より50円くらい高い値段で売っていた。

 通常、船の中では値段が2~3割増しくらいになるらしいから、この値段はとても良心的な値段と言って良いだろう。



 自販機のメニューを見ていると、かなり時間がすぎていたらしい、姉ちゃんの声でこんなアナウンスが入る。


「そろそろお時間となります。バーカウンターと飲み物の自販機を無料開放しますので、お飲み物を手に取って下さい」


 大人たちがバーカウンターの周りに集まる。一方、僕らはそこら辺にある飲みのもの自販機へと向う。

 飲み物の自販機は、全て『無料開放中』と表示され、価格は0円になっていた。


 各メーカーの自販機が並ぶ中、どれにしようか迷っていると、ジミ子が値段が高い事で有名なコーヒーショップの『スターバッタス』のラベルの付いたカップを持って現われた。


「うそ『スターバッタス』のコーヒーもあるの?」


 ミサキが驚いた様子でジミ子に聞く。


「あっちにあったわよ。もちろん、無料だったわ」


「私も、ソレをもらう!」


 ちょっと離れた一角に、コーヒー専門の自販機が並んでいた。

 スターバッタス、トドール、ベローチュ、コシメダ。

 ミサキは最も値段の高いスターバッタスの自販機に飛びつく。


「さてどれにしようかな。この『ダークチョコレートキャラメルフラペチーノ』ってヤツにしようかな」


 普通の自販機なら、これで買えるのだが、この自販機はそうはならない。


『サイズを選んで下さい。ショート、トール、グランデ、ベンティ』


「なにこの呪文みたいなの…… とりあえず『ショート』は小さそうね、という事は『ベンティ』を頼もうかな」


 ミサキがボタンを押すと、更に質問をしてくる。


『トッピングはどうしますか? ホイップクリーム、アーモンドトフィーシロップ、ショット追加、シナモンパウダー……』


 想像の付く物から、全く意味不明の物まで、様々なトッピングの名前が上がってくる。


「どうせタダなんだから、全部入れちゃいましょう」


 ミサキが全てのトッピングを追加した。


 30秒くらいすると、メェクドナルドゥのLサイズくらいの大きなコップに、あふれんばかりに盛られたコーヒーらしき物が出てくる。


 これを見て白木しろきくんがボソリと呟いた。


「すげえな、こんなの飲みきれないだろ」


「大丈夫よ、大した量じゃ無いわ。よっと」


 取り出し口からコーヒーらしき物を取り出す。

 ホイップクリームや、チョコチップや茶色の粉に覆われていて、コーヒー本体は全く見えない。


 これだけ盛っているのに、全くこぼさないのは、運動神経の良いミサキだからできる芸当だろう。僕やジミ子だったら、多少はこぼしていたハズだ。

 しかし、このギリギリの量はミサキでも辛いらしく、バランスを取るため、絶えずプルプルと震えていた。



「飲み物を手に取りましたか? さて、社長さんからの挨拶です、しばらくそのままでお待ち下さい」


 こう言った場では、必ず「乾杯」の合図があるだろう。それまで飲み物に口をつけてはいけないルールのはずだ。常識をあまり知らないミサキでも、この事は知っているらしく、口をつけずにバランスを保つためプルプルと震えている。


 やがて造船会社の社長さんの挨拶が始まった。


「この度、我が社が、世界で一番早く、世にリリースできる事が決まりました!」


「パチパチ」「やったぜ!」


 周りの従業員らしき人々から、歓声が上がる。


「これも残業時間ギリギリまで頑張ってくれたおかげです。これまで造船業界は冬の時代でしたが、これからは違います、追い風が吹いてきました。これまでの鬱憤うっぷんを晴らすよう、どんどん飛行機産業のシェアを奪ってやりましょう!」


「うぉー!」「そうだ、やっちまおう!」


「それでは乾杯と行きましょう、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 社長さんの挨拶は幸運にも短かった。乾杯の挨拶と共に、ミサキは先ほどの『ダークチョコレートキャラメルフラペチーノ、ホイップクリーム、アーモンドトフィーシロップ、ホワイトモカ、シナモンパウダー、ココアパウダー、チョコチップ、ショット追加』のドリンクらしき物体を、一気に飲みきった。ちなみにカロリー表示は1000キロカロリーを優に超えていた。



 社長さんの挨拶が終わると、再び姉ちゃんの声でアナウンスが入る。


「それでは飛行を開始します、約10時間後の朝7時、目的地のグァムへと到着します」


 動くといったが、動き出す様子が無い。

 心配して窓の外を見てみると、港の灯がゆっくりと遠ざかっていく。

 どうやら既に動き出しているようだ。


「ここからは団欒だんらんのお時間となっています。自販機の食事のメニューを無料開放いたします。ささやかな食事ではありますが、お楽しみ下さい」


 僕がミサキ以外のみんなに声をかける。ミサキは既に自販機の前に行ってしまったようだ。


「どうする? とりあえず席を確保する?」


「これだけ広いと、どうにでもなりそうだけど、そうだな席を取っておくか」


 ヤン太を先頭に僕らは座席を探す。

 この場所に集まって居る人は、ざっと300人は超えそうだが、それでもこの食堂の座席の半分を埋めるくらいだろう。

 空いている座席の中から、僕らは窓際の見晴らしの良い席を取った。まあ、今は暗くて外はほとんど見えないが……



 しばらくするとミサキがこちらを見つけやって来た。両手には牛丼やら、カツ丼やら、ハンバーグセットなどを抱えている。


「みんなの分をまとめて貰ってきたのか」


 白木くんが、そう言った。普通に考えればミサキの行動は、そう見えるだろう。しかし、その見解は大きく間違っている。


「いいえ、私一人分の食事よ。みんなも早く自分の分をもらってきなさいよ」


「そんなに持ってきても、絶対に残すだろ。食べ物を無駄にするなよ」


「大丈夫よ、絶対に無駄にしないわ」


 この言い争いにヤン太が仲裁ちゅうさいに入る。


「まあ、アイツは放っておいて、俺らは自分の分を取りにいくぞ」


 ヤン太が納得できない様子の白木くんを、ちょっと強引に引っ張っていく。



 自販機の前に移動すると、しばらく悩む。

 無数にあるメニューの中で、僕は牛丼を扱っている木公屋のカルビ焼き定食を選んだ。


 メニューのボタンを押すと、しばらくしてチーンという電子レンジの音がして、アツアツの灰色の弁当箱が出て来た。僕はそれをトレーに乗せて、自分のテーブルに戻る。


 座席の戻ると、既にミサキは食べ始めていたので、僕も定食を食べる事にした。


 弁当の蓋になっている灰色のフィルムを剥がすと、写真どおりの定食が出て来た。

 どうやら宇宙人の技術提供をした電子レンジを使っているらしく、おかずごとに最適な温め方をしている。

 ご飯はホクホクで、サラダは常温でシャッキリと新鮮だ、そしてメインのカルビは炭火で焼いたように香ばしい。店で出来たてを食べているのと、なんら変わりは無い。


 白木くんは、だいぶ悩んでいたようで、かなり遅れて戻ってきた。

 トレーの上には曰高屋のラーメンと半チャーハンセットが乗っている。


 白木くんが戻ってくると、それとすれ違うようにミサキが席を立つ。


「ちょっとおかわり行ってくるね」


「えっ、おかわりって、あれだけあっただろう?」


 白木くんが驚いた表情を見せる。


「ラーメンと半チャーハンセット、良いわね。私も食べようかしら」


 そう言って、ミサキは再び自販機の方に向っていった。


「どうなっているんだ、アイツの腹は……」


 白木くんの反応を見て、僕らがミサキに対する感覚が麻痺している事に気づかされた。あの食欲は、やはり異常なのかもしれない。一度、宇宙人に治療してもらったほうが良いだろう。

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