格安の宿 4

 漁港近くの駅から電車に乗り、僕たちは宿屋の最寄りへと向う。

 海岸沿いを走る列車から、内陸を走る列車へと乗り換え、ただただ列車に揺られる。窓の外の景色は住宅街から、田んぼと畑が増えてくる、そして山の稜線りょうせんが見えてきた。


 漁港の駅から1時間半。最初から考えれば、電車を乗り継いで合計5時間近く。

 ようやく僕らは目的の駅へと付いた。



 木造平屋もくぞうひらやの駅舎の無人改札を通り抜け、駅の外へと出る。

 小さな駅前ロータリーの向こう側には、畑と森が広がっていて、民家がちらほらと見える。ほとんど何も無い田舎の風景の中、せみがやたらとうるさい。


「宿から迎えのバスが来るはずなんだが、ちょっと早いな……」


 ヤン太がスマフォの時計を見ながら言う。

 今日はスムーズに乗り換えが出来たので、予定より一本早い電車で目的の駅に着いてしまったようだ。


 いつもなら、ハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに入って時間を潰す所だが、この場所にはファーストフード店も、ファミレスも、喫茶店も無い。見える範囲にはコンビニすら無かった。この周辺に有る物と言えば、せいぜい駅の自販機くらいなものだ。


 キングがスマフォをイジりながら言う。


「最寄りの店は、2.6キロ、歩いて33分の所にコンビニがあるみたいだ……」


「宿屋のバスは30分後だから、それだと間に合わないな。大人しくここで時間を潰すか」


 ヤン太が頭を掻きながら言う。コンビニへ行くだけで1時間以上も掛かってしまうのなら、ここでジッとしているしかないだろう。



 僕らは無人の駅舎のベンチに座ってひたすら待つ。移動で疲れて、みんなは少しグッタリとしていた。

 途中で買った、ご当地とうちラムネを飲みながら、だらだらとしていると、やがてマイクロバスがやって来た。


 駅前に停車したマイクロバスに宿屋のロゴを確認し、ヤン太が外に出て来た運転手さんに声を掛ける。


「今日、5名で予約をした屋上やがみですが」


「はい、屋上様ですね。うけたまわっております。バスの中へどうぞ。大きなお荷物はこちらで預かります」


 ヤン太とジミ子とキングはリュックサックなので、そのままバスの中へと移動をする。ただ、僕とミサキの荷物はやたらと大きい。ここで運転手さんに預ける。


「これ、お願いします。軽いですよ」


「おっ、例の宇宙人の鞄ですね。『重い』と警告される事はあっても『軽い』と言われたのは初めてです」


 運転手さんは、笑いながら荷物を受け取る。


「本当に軽い、これなら幾つでも持てそうだ」


 そう言って僕とミサキの荷物を、マイクロバスのトランクルームへ軽々と入れる。

 手ぶらになった僕らは、バスの中で出発の時間まで待機をする。



 僕らがバスに乗り込んで、しばらくすると、駅に列車が到着した。

 パラパラと人が降りてきて、次々とこのバスへ乗り込む。やがてバスの座席は、ほぼ満席になってしまった。


「では、出発します」


 運転手さんの掛け声と共に、バスが動き出す。


 ジミ子が僕たちにささやく。


「これだけ人が行くって事は、意外と良い宿なのかもね」


 人がまるで居なかったら心配だが、これだけの人が泊まるなら大丈夫だろう。


「確かにそうかもしれないね」


 僕が小声で返事をする。

 値段が値段なので、期待はまるでしていなかったが、もしかすると『当り』の宿かもしれない。



 バスは畑の中から次第に山の中へと入っていく。渓流沿いの道を少し進んだ所で、バスは止まった。

 駅からおよそ10分くらいで、山のふもとにある温泉宿に僕らは到着した。


 温泉宿は3階建ての古くさい建物だったが、しっかりとした作りをしている。

 大きなガラスの自動ドアをくぐり、ロビーに入るとかなり広く感じた。

 室内は全体的に落ち着いた雰囲気で、特に派手な装飾などは無いが、ちょっと高級な感じがする。


 僕らはフロントで受付をすませると、仲居さんに導かれ、ある特別な部屋に案内される。

 渡り廊下を進み『はなれ』のような別の建物に案内された。


 その建物はバス、トイレが付きで、10畳の部屋が二間ふたまあり、部屋の中にはイグサの臭いのする緑色の畳、壁には山の風景の写真のパネルや、高そうな掛け軸が飾ってある、とても豪華な部屋だった。


 僕ら高校生には場違いなので、ヤン太が思わず確認をする。


「俺ら、3200円の格安プランなんですけど……」


「ええ、こちらで合ってますよ。ごゆっくりお過ごし下さい」


 そう言って仲居さんは退室していく。



 あまりの好待遇こうたいぐうに僕は不安になったが、ジミ子がこんな事を言い出した。


「高校生だからうるさいと思われて、隔離かくりされたのかしらね?」


「そうだな。バカ騒ぎすると他のお客さんに迷惑がかかるからな」


 ちょっと納得しながら、ヤン太がそう答えた。

 すると、キングが苦笑いを浮かべながらみんなに言う。


「うちらはそんなにバカ騒ぎしないけどな」


 確かにそうだ。うちらはそんなにはしゃがない。


「ふぉーう。新しい畳だ!」


 そんな会話をしている横で、ミサキがダイブするように畳に寝転がる。

 大の字に寝転がった後、感触を確かめるように、右へ左へとゴロゴロと転がる。


「ほら、みんなも寝転がりなさいよ。気持ちいいわよ」


 はしゃいでいるミサキを見て思った。これは隔離した方が正解だったかもしれない。

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