格安の宿 3

 旅行に行く日になった。


 僕は、前日に姉ちゃんが貸してくれたクーラーボックスを肩に掛け、ミサキを迎えに行く。

 重力遮断じゅうりょくしゃだんのバックは、大型のトランクケース、機内持ち込みのアタッシュケース、クーラーボックスのタイプの3つが発売されたが、姉ちゃんは全て買ってしまったらしい。


 姉ちゃんは確かに出張が多い。トランクケースとアタッシュケースは役に立つ事もあるだろうが、クーラーボックスは、まず使わない。どうやら何も考えもせず、勢いで買ってしまったようだ。

 そんな理由で、僕に余っているクーラーボックスを貸してくれた。


 クーラーボックスは充電式で、仕切り板を使う事で、いくつかの空間に分ける事ができるらしい。そして、分けられた空間は、それぞれ、常温、冷蔵、チルド、冷凍、などの細かい温度管理が可能だ。

 姉ちゃんは、暑いからと、中には麦茶やスポーツドリンクや色々な物をたくさん入れてくれた。姉ちゃんにしては気の利いた配慮だ。姉ちゃんお礼をいって、僕は飲み物などをもらった。



 朝早くミサキの家のチャイムを鳴らすと、すぐさまミサキが飛び出してきた。どうやらちゃんと準備をして待っていたらしい。


「さあ、早く行きましょう!」


 僕は手を引っ張られて、集合場所の地元駅へと向う。



 集合場所に行くと、ヤン太が既にいた。僕らの荷物を見て思わずつぶやく。


「おはよう、重そうだな、とくにツカサのヤツ」


「大丈夫だよ。どんなに詰め得ても700グラムにしかならないから。重い荷物があるなら僕が持つよ」


「今の所は大丈夫だ。おっ、キングとジミ子も来たみたいだぜ」


 ジミ子が手を振りながら近寄ってきた、その後にキングが続く。


「お待たせ、じゃあちょっと早いけど行きましょうか」


 予定の集合時間より少し早く集まり、一本早い電車で僕らの旅行が始まった。



 予約した後も、宿屋の周りを調べたのだが、本当に何にも無かった。

 そこで僕たちは青舂せいしょう18切符のどこまで行っても値段が変わらない特性を利用して、大きく寄り道をすることにした。


 真っ直ぐ行けば済むところを、わざわざ海沿いの路線で回り道をする。その途中に漁港近くの駅に立ち寄り、お昼を食べる計画だ。

 目的の宿屋までは、特急で約2時間30分、普通列車で真っ直ぐ行けば3時間20分の所だが、今回の道のりでは5時間近くの移動時間に膨れ上がった。


 都心を走る通勤電車を2本ほど乗り継ぎ、田舎へと向う長距離列車へと乗り込む。

 僕らはこの大移動も旅行の一部として楽しむ事にした。

 電車の中でいつもの通りの雑談をしたり、トランプでゲームを楽しんだり、クーラーボックスからアイスキャンデーを取り出して食べたりして時間を過ごす。



 電車に乗り始めて3時間が過ぎた頃だ。窓の外の視界が突然広がり、夏の日差しの中、鮮やかな紺色こんいろの海が見えた。


「海が見えるよ」


 僕がそう言うと、みんなが窓の外へ視線を移す。


「きれいね」


 ミサキがウットリとした目で言う。

 ヤン太はこんな事を言い出した。


「例の水着で泳ぎたいな」


「たしかに泳ぎたいわね」


 ミサキが返事をすると、ジミ子がちょっとニヤけながら言う


「確かにツカサの水着、また見てみたいわよね」


「い、いや、もうあの水着は着ないよ。新しいの買うから」


 僕が急いで答える。ジミ子にあの水着の事を言われて、思い出してしまった。あの格好はかなり恥ずかしい。今、自分でも顔が赤くなっているのが分る。

 僕の様子を見てキングがフォローしてくれた。


「まあ、水着を買い直して、またみんなでプールでも行こうぜ」


「そ、そうだね」


 これは早めに水着を買わないと行けないだろう。あの水着はもう着たくない。



 美しい海がしばらく見えていたが、やがてトンネルへと入る。


「ざんねん、もっと見たかったのに」


 ミサキは悔しがるが、これはどうにも出来ない。

 その後、海はチラチラと見えるのだが、すぐトンネルに入ってしまってろくに見られない。


 いくつかトンネルをくぐり抜けると、漁港近くの駅へと着いた。

 僕らはここで途中下車をする。



 田舎の駅に降り立つ。

 電車から降りたミサキは、大きく伸びをしながら言う。


「疲れた~、久しぶりの地上だわ」


「ほんと、お尻がちょっと痛い」


 ジミ子がお尻をさすりながら言う。


「ほら、早くメシを喰いに行くぞ」


 のんびりとしている二人をヤン太が急かす。この旅は意外と乗り継ぎに追われ、時間が無い。



 年季の入った階段を上り、錆びの浮いている駅舎を通り抜け、僕らは改札を出た。


 漁港近くの駅だが、漁港までは意外と距離があり、およそ2キロほど離れている。

 歩くと30分近く掛かるが、駅からはバスが出ていて、僕らは時間の短縮の為、この漁港へと行くバスに乗らなければならない。


 改札を出ると、駅前のバス停には既にバス何台か止まっていたが、ここで問題が起こる。事前にバスがある事は確認していたが、バス停の場所までは詳しく調べていなかった。


「どれが正解だ? 間違えるとバスに乗り損ねて昼飯が食えないかも?」


 キングがそう言うと、ミサキが機転きてんを利かせた。


「プレアデススクリーン、オン『漁港行き』のバスはどれ? ナビゲートして」


 光の矢印が現われ、一台のバスを指し示す。僕らは急いでそのバスへと乗り込んだ。

 僕らが乗り込んだ事を確認してから、バスは出発した。


「ふう、間に合ったな」


 ヤン太が一息つく。食べ物に関わったミサキは、やはり頼りになる。



 バスに乗ること、およそ6分。僕らはあっという間に漁港についた。

 漁港には、観光客向けの食堂がいくつかあり、どの店も美味しそうな看板を出している。


 数ある店の中、ミサキが一件の店を指さす。


「あそこに行きたいんだけど良い? 実は調べてきたの」


「いいよ」「いいぜ」「いいわよ」「OKだぜ」


 みんなの了解を得て、僕らはその店に決めた。ミサキの食事に対する嗅覚は鋭い。おそらくハズレはないだろう。他のみんなも、その点は信用しているみたいだ。



 店に入ると、お客さんは意外と少ない。まだ11時20分と、お昼には少し早いからだろう。座敷のゆったりとした席に案内され、僕らはメニューを選ぶ。


 数々の魅惑的なメニューがある中で、僕らはこんなメニューを選んだ。

 ヤン太は『おまかせ刺身定食』、ジミ子は『金目鯛の煮付け定食』、キングは『おすすめ握り寿司セット』、僕は『とれたて海鮮丼』、ミサキは『海鮮かき揚げメガタワー丼』だ。


 注文してからおよそ15分。みんなの料理が届く。


 ミサキは待ちきれなかったのか、届いたそばから食べ始めた。

 他のみんなは、全員の配膳が終わってから箸を付ける。


 僕の海鮮丼は、さすがとしか言いようが無かった。魚の鮮度がまるで違う。特に海老の弾力と、イカの歯ごたえは今まで食べた事のないくらい美味しかった。他のみんなもそれぞれの料理を味わって食べる。美味いものを食べると、人は幸せそうな顔をする、みんなの表情は緩みっぱなしだ。


 料理を食べ終わると、僕らはこの漁港の中を、少し散策する事にした。

 キングがスマフォのタイマーをセットしながら言う。


「バスが来るまで、およそ15分。お土産でも見ようぜ」


「そうね。そう言えば、晩ご飯はどうするの?」


 ジミ子が旅館の予約をしたヤン太に問いかける。宿屋の料金は一泊3200円で、おそらく食事も何も出ない素泊まりだろう。そう思っていたが、ヤン太が予想外の返事をした。


「それが、あの値段で晩飯と朝食もついてくるらしいんだ。ちょっと心配なんだが……」


 僕がたまたま目についた商品を見ながら答える。


「とりあえず『海鮮ふりかけ』でも買っていく? これがあれば何とかなるでしょ」


「そうだな。ふりかえさえあれば、まあ食えるだろう」


 ヤン太が腕組みをしながらうなずいた。

 僕とジミ子とヤン太が、それぞれ別の味のふりかけを買い。キングは味付けのりを買った。本当はクーラーボックスがあるので、刺身も持って行こうとすればどうにかなるのだが、宿屋に食べ物をあまり持ち込むのはルール違反だ。最低限のおかずは買ったので、これで何とかなるだろう。


 僕らはこうしてお土産をいくつか買い、再びバスへ乗り込む。

 漁港の近くの駅から、再び電車に乗り込むと、僕らは格安の宿へと向った。

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