釣りの一日 5

 蕎麦を食べ、腹を満たした僕たちは、釣り餌のミミズを買い足して午後の釣りに挑む。


「弟ちゃん。釣り竿、たしか余っていたはずだよね?」


 姉ちゃんが僕に聞いてくる。


「うん。一本、余っているよ」


「それをチーフに貸してあげて」


「分った。姉ちゃんは釣り竿はあるの?」


「昨日届いたばかりの竿とリールがあるわ。これでバッチリよ」


 そういってビニールに包まれた真新しい竿を僕に見せる。それはフライフィッシングの竿だった。

 フライフィッシングの竿をちゃんと扱うのはかなり難しい。かなりの練習が必要だ。姉ちゃんはこの竿を扱いきれないだろう。


「ねえちゃん、この竿難しいから、僕のと交換しよう。こっちのが簡単だから」


「分ったわ。弟ちゃんにお任せするわ」


「ちなみに宇宙人さんは釣りの経験は?」


「全く無いネ」


 宇宙人は強く言い放つ。これは大変だ釣りの初心者が一気に増えてしまった。



 とりあえず、僕がミサキと姉ちゃんを、ヤン太がジミ子を、キングが宇宙人の面倒を見る事になった。


「姉ちゃん、エサはミミズと練りエサ、どっちが良い?」


「私はどっちでも良いよ。弟ちゃんのオススメの方で」


 姉ちゃんはミサキと違ってミミズに拒否反応を示さない。僕は初心者が扱いやすいミミズにする事にした。

 練りエサは、時間が経つとふやけて針から崩れ落ちてしまうが、ミミズはそれが無い。それに練りエサと違って、多少乱暴に扱っても、まず針から外れる事は無い。


「魚がエサに食いつくと、浮きが沈むから、上手くタイミングをあわせて糸を引いて」


 僕がそう説明をしている時に、ヤン太が声を上げた。


「ほら浮きに当りが来てるぞ、ちょっと見てて…… おっと食らいついた!」


 ヤン太が見事に魚を釣り上げる。だが、その表情はさえない。


「また、ブルーギルか……」


「まあ、しょうがないよ」


 僕があきらめ半分でなぐさめる。



「大体、分ったわ、とりあえずやってみるわね」


 姉ちゃんはそう言って仕掛けを水に入れた。ブルーギルは貪欲なので、すぐに食らいついてくる


「おっ、きたきた。これで引き上げればいいのよね」


 かなり遅いタイミングで竿を引いたが、針にはちゃんとブルーギルが引っかかっていた。


「意外と簡単なのね。弟ちゃん。針から魚を取って」


「はいはい。でもこの魚以外を釣るのは大変なんだよ」


「そうかもね。チーフの方はどうかしら?」



 視線を隣に移すと、宇宙人もちょうど魚を引き上げた所だった。こちらもブルーギルだが、なかなかの大物だ。

 釣り上げて陸上に聞き上げる。地面の上をピチピチと跳ねる魚を、宇宙人自ら押さえつけようとするが、ヌルヌルと滑って上手く行かない。するとこんな事を言い出す。


「チョット、スタンさせた方が良いカネ?」


 そう言って両手で魚を押さえたと思ったら、バチィっと静電気が走ったような音がして、次の瞬間には魚がピクピクと痙攣けいれんしていた。


「ああ、うん。そんな事がが出来るなら、そうやった方が良いかもな」


 釣りの面倒をみているキングが、何とも言えない表情を浮かべ受け答えをする。

 宇宙人には宇宙人なりの釣りのやり方があるのかもしれない。



 午後になりしばらくすると、ミサキもコツをつかんだようだ。


「そこそこ、おっ、食いついた、いよっ」


 釣るときに変な掛け声を発するが、気にしないでおこう。釣れるようになり、そこそこ楽しんでいるようだ。


 一方、宇宙人の方は、どうやら水の中がある程度見えているらしい。


「あそこに大きいのが居るカラ、狙ってみるネ」


 そんな事を言って、大物をバンバンと釣り上げていく。釣り人として、かなり優秀だ。



 魚を釣りまくっていたらエサが無くなってしまった。

 午後になって釣れた魚は、コイが1匹と、40匹を超すブルーギル。コイは在来種だった気がしたので、釣れると直ぐに放流した。


 エサを買い足して、すぐに釣りを続けることも出来たが、僕らは少し休憩をする事にする。簡単に釣れすぎて少し飽きてきたからだ。

 姉ちゃんがもってきたクーラーボックスからスポーツドリンクをもらって、公園を散歩し始めた。



 散歩の途中、釣りの上手そうな、元お兄さんに宇宙人が声を掛ける。


「釣れているカネ?」


「いやぁ、ブラックバスを狙っているんですが、ブルーギルしか釣れませんね。って、えっ、本物の宇宙人?」


 宇宙人を見て愕然がくぜんとする。まあ無理もないだろう。姉ちゃんが慣れた感じで受け答えをする。


「ええ、本物ですよ。プレアデス星団から来た宇宙人です」


 こんどは姉ちゃんを見て驚く。


笹吹ささぶきアヤカだ、じゃあこの宇宙人は本物か……」


 どうやら姉ちゃんもかなりの有名人らしい。



「コノ池の状況について、どう思っているカネ?」


 宇宙人が聞くと、元お兄さんは真剣な表情で答えてくれた。


「いや、まずいですね。一時期はブラックバスも問題になりましたが、その比ではないです。もはやブルーギルしかいません。なんとかしようと、釣ったブルーギルは持ち帰ってますが、とてもじゃないけど追いつかない。役所の方でも駆除に動いていますが、もうお手上げ状態です」


「ナルホド、生態系を元に戻したいカネ?」


「そりゃあ、戻せる物なら戻したいですが……」


 すると宇宙人が姉ちゃんにこんな質問をする。


「養殖池ハ余っているカネ?」


「ええ、たしか火星に4つ、月面に7つ空いていますね。空き具合から月面でいいですか?」


「イイヨ」


「一応、役所のほうに確認を入れますね」


 そういって姉ちゃんは電話をした。

 しばらく話した後に、電話を切り、宇宙人に向ってOKサインを出しながら言う。


「大丈夫です。やっちゃいましょう」


「デハ、ブルーギルを駆除するヨ」


 そう言うと、上空から長さが5メートルくらいのモノリスが幾つも現われる。

 そして水面の3メートルくらい上から、下に向って淡い光を落とした。

 フォンフォンといかにもそれらしい音がして、魚が次々と上空に吸い上げられて行く。


「おいおい、マジかよ」「ありえねーぜ」


 ヤン太とキングが驚きの声を上げる。僕らはこの様子をぼうぜんと見守る事しかできない。

 やがて、5分も経たないうちに、この光景は終わった。


「駆除が完了したヨ。ワレワレも釣りに戻ろうカ」


「そうね。エサを補充して戻りましょう」


 姉ちゃんに背中を押されて、僕たちは元いた場所へと引き返す。


 背後では釣りをしていた元お兄さんが、あっけにとられていた。



 買い足したばかりの生きの良いミミズを付けて、僕らは再び釣りをする。

 すると、こんどは全く当りが来ない。魚がほとんど居なくなってしまったようだ。


 先ほどは、釣れすぎて飽きてきたが、こんどは釣れなすぎて飽きてきた。各自、スマフォをいじりはじめる。


 そして、釣り竿に反応が無いまま、2時間くらいが経った。太陽が少し傾き始め、この日はここまでとなる。

 今日の出来事で、魚の数は大幅に減少したみたいだが、何年か経てば昔の生態系に戻るだろう。



「一足先に帰っているわね」「マタネー」


 姉ちゃんと宇宙人に別れを告げ、僕らも家に帰る支度をする。

 ブルーギルをたくさん入れた魚籠びくを引き上げると、そこには一匹も居なかった。


「あれ? いない?」


 僕が不思議がると、ジミ子がこう言う。


「さっき宇宙人にさらわれたんじゃないの? ブルーギルを駆除するとか言ってたし」


「なるほど、そうだね」


 僕は納得したが、納得できない人が一人居た。ミサキだ。


「そんなぁ~、フライ、ムニエル、天ぷらにして、全部食べる予定だったのに~」


 あの量を食べるのは無理だと思ったが……

 まあ、ミサキだったら行けたかもしれない。

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