釣りの一日 4


 僕らは夏の公園で朝から釣りをする。

 初心者の僕らは釣れない事も覚悟していたが、思いのほか簡単に魚が釣れた。ただ、釣れるのはブルーギルという外来種だけだ。


 日差しが大分高くなり、お昼に近づこうという時間。姉ちゃんから連絡が入ってきた。


『今からそちらへ向うね。会社の人も連れて行くね』


 姉ちゃんとは、合流する予定になっていたが、さらに会社の人も連れてくるという話になったらしい。

 レオ吉くんあたりが来るのかと思ったが、それは違った。姉ちゃんはなんと宇宙人を連れてきた。


「ツカサくん、釣れているのカナ?」


 宇宙人は通りがかりのおじさんのように、気軽に声を掛けてきた。


「いや、まあ、釣れている事はつれているんですが……」


 僕は水に浸してあった魚籠びくを引き上げる。すると、20匹以上の、大小さまざまなブルーギルがピチピチと跳ねる。


 姉ちゃんがちょっと驚いた様子で言う。


「大漁じゃない。もっと釣れていないと思ったのに」


「うん、でも、ブルーギルっていう『特定外来生物』に指定されている魚だけなんだ。もしかしたらコイツが繁殖しすぎて、他の魚は繁殖できないのかも?」


「それはちょっと厄介ね。まあ、いいわ。あなた達お昼はまだでしょ、おごるわよ」


「やった! さすがお姉さん」


 ミサキが調子良く、姉ちゃんを持ち上げる。


「釣りの道具はそのままで良いわ。ロボットに留守番をさせましょう」


 そう言って姉ちゃんは電話でロボットを呼びつける。ロボットに釣り竿を預けると、僕らはお昼を食べに出掛けた。



 キングが近くにある店を調べ、僕らは蕎麦屋そばやに入った。

 そこは、古民家を改造した、ちょっとお洒落な店だった。


 席に着きメニューを眺める。いつもならごく普通の光景だが、今日はちょっと違う。僕は宇宙人が何を頼むのかが気になる。

 全員のメニューが決まった事を確認し、姉ちゃんが店員さんを呼び止めて注文をする。


「海老天せいろと生ビールをお願いします」


 すると、宇宙人もそれに続いた。


「ソレ、もう一つネ」


「わ、分りました。『海老天せいろ』と『生ビール』を二つずつで良いんですね。他に特別な物は要らないんですね」


 すると、姉ちゃんがなれた感じで対応をする。


「いらないわ、普通のヤツをお願いね」


 店員さんは宇宙人を相手に、どう対応したら良いのか分らず緊張しすぎて挙動不審きょどうふしんなやり取りをする。まあ、初めてだと仕方がないだろう。

 しかし、宇宙人の頼んだメニューは意外と普通の注文だった。まあ、普通の蕎麦屋なので、普通のメニューしかない訳だが……


 この後、僕らもごく普通のメニューを注文する。ミサキはもちろん大盛りだ。



 食事が来るまでの間、宇宙人が姉ちゃんに仕事の話を振る。


「プレアデスグループ会社の状況はどうカナ?」


「順調ですよ。売り上げはやや下がりますが、労働時間を6時間から5時間30分に減らすつもりです」


「良いネ。大幅な赤字が出なければ、ドンドン労働時間を削って行こうヨ」


「わかってますって。ガンガン削りますよ!」


 そんな話をしていたら、店員さんがビールを持って来た。


「こちら、お先にビールです。どうぞ」


 グラスのビールをテーブルに置いていく。

 姉ちゃんと宇宙人がそれぞれグラスを手に取り、軽く乾杯をする。


「お疲れさま」「オツカレー」


 そう言って美味しそうにビールを飲み始めた。

 おつまみに出された揚げ蕎麦をつまみながら、ビールをあおるその姿は、そこら辺にいる普通のもとおじさんと変わらない。



「仕事の話はここまでにしましょうか。弟ちゃん、今日の調子はどうだった? なんか変な魚しか釣れてなかったけど」


「そうなんだ。ブルーギルって魚が大繁殖して、他の魚が居なくなったみたいなんだ」


「ソノ魚が繁殖すると何が困るのカネ?」


「ええと、今まで住んでいた在来種が絶滅させられそうになっています。これが、自然に淘汰とうたされるのなら、仕方がない部分もありますが、問題の魚は人間によって持ち込まれました。人間の手による生態系の破壊や環境破壊は出来る限り避けたいです」


 宇宙人に聞かれて、咄嗟とっさに答える。

 上手くまとめられなかった気がするが、言いたい事が伝わっただろうか?


「なるほどネ」


 宇宙人がちょっと納得したような表情を浮かべた。どうやら伝わったようだ。安心していたら、続けてミサキが余計な事を言う。


「そうなんですよ。ですから私達が釣って、責任を持って食べます! 美味しいらしいですよ」


「食べるつもりなのカネ?」


「そうです。全てを食べ尽くします!」


「なるほどネ」


 宇宙人は何かに納得してしまったようだ。これは、一体何に納得したのだろうか? 不安になってきた……



 こんな会話をしていたら、知らない間に時間が過ぎていた。店員さんが蕎麦を持ってやって来る。


「こちら、ご注文の品です」


 目の前に食事が置かれるが、僕は自分の食事より気になる事がある。宇宙人はどのように蕎麦を食べるのだろうか?


 しばらく観察していると、宇宙人は割り箸を割り、何度か箸をこすり合わせた後、器用に箸で蕎麦を食べ始めた。

「ズズッ」と、小気味こきみ良い音を立てて、蕎麦をすすり、その合間あいまにビールを飲む。

 その様子を見ていたら、この宇宙人の中身は普通のおじさんの気がしてきた……



 お腹を満たした僕たちは午後の釣りに挑む。

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