ゲームと夏休みイベント 5

 薄暗い、酉武ドームの天井に魔方陣が描かれて、巨大な生物の足が見えてきた。

 周りでは「いあ、いあ、くとぅるふ、ふたぐん」と、独特のかけ声が、あちこちで上がる。


 足から徐々に出て来たクトゥルフは、やがて全身を表す。

 その姿はドームの天井に届くほどの巨人で、タコのような頭をしており、髭の代わりに長い触手がウネウネとうねっている。背中にはコウモリのような羽が生えており、いかにも悪魔か邪神っぽい禍々まがまがしい姿をしていた。


「あれがクトゥルフか、でけぇな」


 ヤン太が声を上げる。するとジミ子がこんな疑問をもった。


「あんなのに勝てるのかしら?」


 たしかに、ボスキャラはデカいのが多いが、あれはいくらなんでもデカすぎだ。アレとくらべれば一般的なラブモンは豆粒程度しかない。大きさで何とか張り合えそうなのは、ミサキのラブモンくらいだろう。


「大丈夫さ、こういったイベントだとゲームとして成り立つように、運営側がちゃんとバランスを取ってるだろう」


 キングが正論を言う。それに白木くんが相づちを打つ。


「そうっすよね。ちゃんとプレイヤーが勝てるようになってるハズですよね……」


 まあ、普通のゲームのイベントならそうなのだが、このゲームを作ったのは姉ちゃんと宇宙人だ、ちゃんとバランスを取っているかは、かなり怪しいと思う……



 僕らがクトゥルフの話しをしていると、目隠しをしているミサキも興味を持つ。


「なに? ボスキャラってどんな格好なの?」


「巨人だな。タコっぽい」


 ヤン太がざっくりと説明をする。


「じゃあ、ハゲたおっさんなんだ。それなら怖くなさそうね。目隠しとっても平気かしら?」


 ミサキがどんな想像をしているか分らないが、あれほど怖がっていたミサキのラブモンが、クトゥルフと比べるとかわいらしく見える。ミサキはアレを見てはいけない気がした。


「やめた方が良いと思うよ」


「そ、そうね。ツカサがそう言うならやめておくわ」


 僕がはっきりと言うと、ミサキは素直に従った。



「始まるヨ」


 宇宙人の一言と共に、クトゥルフが動き出す。いよいよ戦闘が始まった。


 クトゥルフはかなり遠くに居た。芝生の外野席の場所に立っている。おそらくプレイヤーを避けて出て来た為だろう。それが、ゆっくりとこちらに向って歩き出す。


 たまたま近くに居たラブモンは、この巨人に戦いを挑む。

 炎や雷がチラチラと見え、クトゥルフに攻撃するが、全く効いているようには見えない。


 食屍鬼グールなど、肉弾戦しか攻撃方法がないキャラは、無謀むぼうにも突っ込んでいく。

 しかし、クトゥルフの髭のような触手に絡め取られ、握りつぶされて肉片と血煙に化した。それらは近くにいたプレイヤーにボタボタと降りかかる。


 何人かのプレイヤーは、この地獄のような光景に耐えられず、失神したようだ。

 ロボットが担架をもって、あわただしく救護にあたる。



「こんなもんどうすりゃいいんだ?」


 ヤン太があきれながら言った。キングも、どうしようもない感じで言い放つ。


「足止めでもしなきゃ、この勢いだと、すぐに全滅しそうだな」


「アレを止められるのは、ミサキのラブモンくらいかしら?」


 ジミ子がそう言うと、それに反応するようにミサキのラブモンが動き出した。そして、そのラブモンの上に大きく、吹き出の様なメッセージが表示された。


『ダゴンはクトゥルフ側に寝返りました。これからは敵キャラになりマス』


「「「ええっ!」」」


 僕らは思わず声を上げた。白木君も悲鳴に近い声を上げる。


「クトゥルフだけでも勝ち目がないのに、あんなラブモンまで敵に回ったら勝ち目がないじゃないですか!」


 混乱している僕たちに対して、狂信者のマスクをかぶった二人組が来て、この事態を説明してくれる


「『ダゴン』は『クトゥルフ』の信奉者しんぽうしゃなんだよ」

「こういう状況になったら、『クトゥルフ』側に着くよな、常識的に考えれば」


 な、なるほど。常識的に考えると、裏切るのか。



「でもどうすんのよ、これじゃますます勝ち目がないじゃない」


 ジミ子がなげく様に言う。


「普通だと弱点とか攻略のアイテムがあるんだが……」


 キングがそう言って考え込んでいると、身近な場所からメッセージの吹き出しがピョコピョコと表示される。それはジミ子の所有している『深き者』からだった。


 ジミ子は43体の『深き者』を所有している。ちょっとした小隊並の数だが、その43体のうち半分くらいに吹き出しが出た。


 その内容は、『深き物はクトゥルフ側に寝返りました。これからは敵キャラになりマス』というものだった。

 やがてジミ子の持っていた『深き者』は敵と味方に分かれて争い始めた。


「ちょっと! なにやってるの!」


 ジミ子は怒鳴るが『深き者』は聞く耳を持たず、血みどろの殴り合いが繰り広げられる。


 訳の分らない僕らに、狂信者のマスクをかぶった二人組が、またもや解説をしてくれる。


「『深き者』は『ダゴン』の眷属けんぞくなんだよな」

「『ダゴン』が裏切ったら、その配下の『深き者』も裏切るヤツが出てくるよな、常識的に考えて」


 なるほど、確かに敵側の部下なら裏切ってもおかしくはないだろう。



 この、『裏切り』の表示は、意外にも多い。あちこちで吹き出しが表示される。

 クトゥルフのだけでも勝てなさそうなのに、裏切ったラブモンの攻撃により、プレイヤー側は壊滅状態だ。


「こりゃあ負けかもな」


 キングがそう言うと、キングの所有している『ニャルラトホテプ』が、阪面ライダーの変身ポーズをとった。


「なんだ、変身でもするのか?」


 ヤン太がそう言っている間に、『ニャルラトホテプ』は深くしゃがみ込み、次の瞬間、ものすごい速さで飛び出す。そしてクトゥルフに向かって突っ込み、ライダーキックをかました。


 女の子くらいのサイズのラブモンが、クトゥルフに蹴りを入れたところで、どうしようもないと思ったが、結果は違った。もの凄い衝撃波が発生し、クトゥルフはくの字に折れ曲がるように倒れ込む。


「おお!行けますよ、キングさん!」


 白木くんが喜んでいる中で、ヤン太の『クトゥグァ』もいつもまにか人の姿になっていた、そして同じように 深くしゃがみ込み、凄い跳躍で飛び出していく。


「これなら勝てるぞ! 行け!」


 ヤン太がそう叫ぶと、先ほどと同じような威力のライダーキックが炸裂さくれつする。キングの持っている『ニャルラトホテプ』に……


「嘘だろ!」「なにやってるんだ!」


 キングとヤン太が叫ぶ中、狂信者のマスクの二人が言う。


「『クトゥグァ』と『ニャルラトホテプ』は敵対しているからね」

「まあ、常識的に、こうなるわな」


 なるほど、これがこの世界の常識なのか……


 この後、『クトゥグァ』と『ニャルラトホテプ』はクトゥルフを無視して戦い続けた。この二体がクトゥルフ相手に協力して戦えば、けっこう良い戦いが出来ると思うのだが……


 ちなみに、白木くんの持っていた『黒き仔山羊』は近くに寄ってくるラブモンを、見境無く触手で捕まえ、口に運んでは捕食をする。

 白木くんは必死に止めようとするが、ラブモンは一切、言う事を聞かない。やがて白木くんは力なく笑うだけとなった。



「これは負けだな、難易度設定が無茶苦茶だぜ」


 キングがこのゲームを投げた。確かにこのイベントで勝つ事は不可能だろう。

 誰しもがそう思っていると、こんなアナウンスが流れる。


「これよりプレアデス星団の宇宙人がヘルプに入ります。周りに居る方は離れて下さい」


「宇宙人はどんなラブモンを使うのか分らないけど、この状態をひっくり返せないよね?」


 僕がそう言いながらも、宇宙人が『何か』をしてくれるんじゃないかと期待する。



 プレイヤーのみんなが注目する中、宇宙人はペンライトのような物を取り出した。そしてエコーの掛かった声で、こう言う。


「シュワッ」


 光の点滅と共に、みるみる大きくなる宇宙人。あっという間にクトゥルフと同じくらいの大きさになった。


「デュワッ」


 宇宙人はファイティングポーズを取った。


「ヘァッ」


 そう言って腕を交差させると、交差した場所から「ヒーー」という音と共にビームが放たれた。

 それはクトゥルフに当たり、大爆発を引き起こす。


 薄暗かったドーム球場に明かりが点き、再びロボットの声で場内アナウンスが流れる。


「プレイヤー側がクトゥルフに勝利しまシタ。おめでとうございマス」


 ……これで僕たちは勝ったのだろうか?

 いままでの戦闘は一体なんだったのか……



 誰しもが呆然ぼうぜんとしている中、宇宙人はこんな事を言う。


「プレイヤーの勝ちダヨ。これでイベント参加者には、レア以上が確約されたガチャチケットが配布されるよ」


 すると、静まり返った会場から、徐々に歓声があがる。

「オォー」「いいぞ、レアガチャチケットだ!」「さすが俺たちの宇宙人!」「エイリアン最高!」「オオォー、オオオォー」


 僕は納得のいかない終わり方だったが、他のプレイヤーは満足したようだった。


 このあとMVPなどの授賞式になった。

 MVPには宇宙人、敢闘賞かんとうしょうはキングの『ニャルラトホテプ』、もっともプレイヤーのラブモンを殺した、ワーストMVPにはミサキの『ダゴン』が選ばれた。


 僕は、貢献賞こうけんしょうとして粗品をもらった。『ティンダロスの猟犬』は人知れず戦っていたようだ。



「イベントは終了しまシタ。ラブモンの表示はOFFになりマス」


 アナウンスが流れ、イベントは『無事』と言って良いのか分らないが、とにかく終わる。


 最後に白木くんが、僕にこうささやいた。


「ツカサくんのオオカミ、格好いいね……」


 ……どうやらこの戦闘を経て、白木くんは見える側に行ってしまったらしい。

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