ゲームと夏休みイベント 4

 僕たちはトイレによって、少し早めに戦闘のイベントが行なわれる野球場へと入る。

 まだ会場は比較的、空いている。セカンド近くの良い場所を確保すると、僕らは雑談を始めた。話題はもちろんこのゲームの事だ。


「ヤン太は、どんなラブモンで戦うの?」


 僕が質問すると、ヤン太はこう答えた。


「まだラブモンGOが正式リリースする前の、テストの段階の時。『クトゥグァ』って人魂みたいな炎のラブモンをゲットしただろう?」


「うん、そんなラブモンが居たね」


「アレが結構レアキャラで強いらしいんだ。俺はこのキャラで戦うぜ」



「そういえばキングさんはどんなラブモンで戦うんですか?」


 白木くんがキングに質問をぶつけた。


「俺は、ヤン太と一緒の狩りで手に入れた、このラブモンを使う。手に入れるの大変だったんだぜ」


 そういってプレアデススクリーンを表示した。


 そこには、とんでもなく長いアホ毛の女の子が、シルエット画像が表示されていて、名前は『ニャルラトホテプ』と書かれている。


「『ニャルラトホテプ』か、結構かわいいキャラクターだね」


 僕がそう言うと、ジミ子が反論した。


「とてもじゃないけど、かわいらしくは見えないわね。それに名前は『ニャルラトテップ』よ、画面をよく見て」


 すると白木くんがこんなことを言う。


「俺には『ナイアーラトテップ』って書いてあるように見えるぜ」


「私は『ナイアルラトホテップ』って表示されているわ」


 ミサキも違った名前を言う。するとキングも驚いたようだ。


「俺には『月に吠えるもの』と、日本っぽい名前で表示されているんだが……」


 どうやらこのラブモンは見る人によって名前が違うらしい。これはゲームの攻略サイトが作りにくそうだ



「ツカサはどんなラブモンをもっているんだ?」


 ヤン太に言われて、僕は答える。


「ガチャを引いて、『ティンダロスの猟犬』てラブモンを手に入れたんだけど……」


 そこまで言いかけると、このゲームに詳しい白木くんがフォローしてくれる。


「そのラブモンは普通の人間には姿が一切見えないんだ。精神が異常な狂人にしか姿が見えないらしい」


「すると、あの『狂信者』の連中ぐらいしか姿が見えないかもな……」


 ヤン太が苦い顔をしながら答えた。まあ、たしかに行動のおかしかった『狂信者』のプレイヤーには、僕のラブモンの姿は見えるかもしれない。



 ゲームの話しをしていると、時間はいつのまにか過ぎていたようだ。

 球場内の放送で「イベント開始10分前デス。皆さま、移動して下サイ」と、ロボットの声でアナウンスが入った。少し遅れてイヤホンからも同じメッセージが流れる。


 アナウンスが流れて、少し経つと、ゾロゾロと人が入ってくる。

 混雑までとは言えないが、かなりの人が野球のグラウンドに集まった。



「イベント開始5分前デス。皆さま、お急ぎ下サイ」


「は、始まるのね……」


 ミサキが緊張した声で言う。暗がりであまり気がつかなかったが、かなりの汗をかいていた。


「大丈夫、ミサキ? 調子が悪いなら、今からあきらめて外に出る?」


 僕がそう声を掛けると、ミサキはそれを否定する。


「だ、大丈夫よ。ただちょっとお願いがあるの」


 鞄から黒いおびか鉢巻きのような物を出して、こう言った。


「これはゲームで映像よね? 見ていなくても何も問題はないわよね? だから私に目隠しをして欲しいの。ただ、手は握っていてね」


「わかったよ。じゃあ目隠しするね」


 僕はミサキに目隠しをしてやり、手を軽く握る。するとミサキは強く握り返す。

 その手は少し震えているようにも感じた。



 そして、時間は過ぎ、場内アナウンスが流れる。


「時刻になりまシタ。これよりイベントを開催しマス」


「おー」という歓声と「パチパチ」という拍手の音があがった。


「後ろをご覧くだサイ」


 ロボットのアナウンスに言われて、僕らは後ろを振り向く。すると、スポットライトがあたり、例の宇宙人が歩いてやって来る。


「ヤア。これから『クトゥルフ』との戦闘イベントを開始するヨ。楽しんでネ」


 宇宙人はなんの前振りもなく、戦闘開始の宣言をする。


「普通は挨拶とか説明から入るだろう。いきなり戦闘を始めるか?」


 白木くんは驚いて、文句を言う。

 僕らは何度か宇宙人と直接会っているが、この説明不足な感じは、いかにもあの宇宙人らしい。



「これより戦闘イベントが発生しマス。ラブモンを表示しマス」


 ロボットの場内アナウンスが響き渡ると、みんなのラブモン達が姿を現す。


 それぞれのラブモンの上には、だれのラブモンか分るように、所有者の名前が光るプレートのように表示されていた。この表示の仕方は、ちょっとゲームっぽい。


 所有しているラブモンは、基本的には所有者の近くに現われるようだ。ただ、ミサキの馬鹿でかいタコのようなラブモンは、周りに人がいて出現できるスペースがないようで、野球のスコアボードにへばりつくように現われた。


 そばにいた狂信者のマスクをかぶった人が、ミサキのラブモンを指さして叫ぶ。


「おい、『ダゴン』持ってるヤツがいるぜ!」

「グレート・オールド・ワンの一角じゃないか! これで勝つる!」


 会話している雰囲気からすると、どうやら相当なレアキャラらしい。もしかしたらミサキは本当にMVPを取れるのかもしれない。



 様々な姿のラブモン達が居る中で、僕のラブモンは姿が見えない。

 所有者の名前のプレートだけが、むなしく空中にういている状態だ。


 すると、そのプレートをみてヤン太がこう言った。


「おっ、なんだツカサ。そのオオカミみたいなキャラクター強そうじゃん」


「えっ?」


 続いてキングもこんな事を言う。


「なかなか鋭そうな形をしているよな」


「そうね。かなり強そうだわ」


 どうやらジミ子にも見えているらしい。


 僕は、小声で白木くんに確認する。


「白木くんには何か見えている?」


「いや、全然みえない。キングさん達には何が見えているのだろう……」


 どうなっているのか詳しく聞きたい気もしたが、僕は何も言い出せなかった……



 ウネウネとした、見るもおぞましいキャラクターが多い中。白木くんの黒い仔羊こひつじのラブモンはひときわ愛らしく映った。


「本当に可愛いよね、そのキャラクター」


 僕がそういうと、白木くんも少し自慢げに語る。


「良いでしょ。『黒き仔山羊』って種類で。『ショーソ』って名前をつけたんだ」


 辺りを小さく跳ね回る仔羊に癒やされていると、こんなアナウンスが入った。


「ラブモンGOキッズのキャラクターはラブモンGO仕様に変更しマス」


 アナウンスが言い終ると同時に、『ショーソ』の体の黒い毛がぐんぐんと伸び、大木たいぼくのような巨体に膨れ上がる。そして、体からは無数の野太い触手が生え、幾つもの大きな口が体の至る所に出現する。


「あら、強そうになったじゃない」


 ジミ子は冷静に言うが、白木くんは、


「『ショーソ』が! 『ショーソ』が! 嘘だろ、どうなってるんだ!」


 と、ちょっと混乱状態だ。

 そういえば白木くんは『キッズ』ヴァージョンしか起動した事がないと言っていた。このキャラのラブモンGOヴァージョンは、この姿なのだろう。まあ、そのうち慣れると思う。



 混乱している白木くんをよそに、イベントは進む。

 宇宙人の声で、こんなアナウンスが流れる。


「戦闘準備が終わったから『クトゥルフ』が天井から現われるヨ」


 ドーム球場の天井をみると、巨大な魔方陣が描かれていた。

 周りのプレイヤーからは、「いあ、いあ、くとぅるふ、ふたぐん」と、何かの言語で叫ぶ声が聞こえる。

 おそらく「クトゥルフをやっつけるぞ!」みたいな意味合いみあいなのだろう。


 やがて魔方陣からは、何か巨大な生物の足が見えてきた。

 いよいよ戦闘が始まる。

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