勉強合宿 9

 花を満載したかごを両手に持ち、僕らは外国の女の子の後に付いていく。


 女の子の後ろを歩くこと約15分。距離にすると1キロもないと思うが、そこはもう外国だった。

 僕らの居た場所では、ほとんど一人でこの場所に来ていたが、この地域では家族ごとに来ている人達が多い。子供と両親はもちろん、おばあちゃんの姿も見られる。


 ここもベッドの周りに植物も多く植えられているが、先ほどの花畑とは違い農作物が多いようだ。



 この状況がいまいちつかめない僕は、ロボットに質問をしてみる。


「この人達は、どういった状況でこの場所に居るんですか?」


 するとロボットはこう答えた。


「この人達は、インドの階級制度の下位の方々デス。勉強する環境が整って居ないとの事なので、集団で学習しに来まシタ」


 なるほど、階級制度は、おそらくカースト制度とかいうヤツだろう。まさか現代にも、そんな制度が残っているとは……



 ここで僕は、ふと新たな疑問が思い浮かんだ。ロボットに更なる質問をする。


「もしかして、集団でこの場所に来る人は多いの?」


「ハイ、多いデス。政情の不安定な国。差別が撤廃できてない国から大量に移住してきますネ。村の住人が、全て移住して来る人達も居マス」


「移住してきた人はどうしてるの?」


「ココに留まる人達も居ますが、語学を勉強して、更に他の国へと移る人達も居マス」


 なるほど。ここに来た理由は色々と違うと思うが、そういった人達が気軽に逃げられる場所と手段が出来ただけ、だいぶマシになったのかもしれない。


 そんな話しをしていると、目的地についたらしい。女の子がジャンプをして、僕たちが来るのを催促さいそくしている。



 女の子は他の人達と同じように、一家でこの場所に来たようだ。ベッドの影からお父さんとお母さん。おばあちゃんとおじいちゃんとみられる人が出てきた。女の子が事情を説明すると、お父さんが何やら言ってきた。

 ロボットの翻訳によると『お茶でもどうですか』との話しらしい。

 僕らはこころよく、その申し出を受け入れた。



 テーブルの上にIHアイエイチヒーターが置かれ、水を張った鍋が置かれた。ここでは急須きゅうすは使わないようだ。

 次にお茶っ葉を入れるのかと思ったら、先ほど摘んできた花のおしべやめしべをむしり取って鍋の中に放り込んだ。鍋の中の水は、みるみる黄色に染まっていく。


「これはなんですか?」


 僕が謎の液体について質問をすると、


「サフランティーです」


 との答えがロボットの翻訳を通して返ってきた。


 さきほど摘み取った紫色の花はサフランだったらしい。

 サフランは、ちょっとしか入れていないが、お湯はエナジードリンクのような怪しい黄色に染まっている。


「おいしいわね」


 ちょっと見た目が怪しい液体だが、気がつけばミサキは飲んでいた。

 僕も続いて飲んでみると、スッキリとした味わいが心地よい、これはくせになりそうだ。


 ちなみに花を取った後の球根はそこら辺に植え直している。栽培をして何度も花を摘むのだろう。



 この場所にいれば、衣食住については不足は無いが、食については一つ問題がある。味の事だ。

 この人達は大丈夫なのだろうか?


 せっかくの機会なので「食事の味はどうですか?」と質問をしてみた。

 すると意外にも「美味しいですよ」との答えが返ってきた。


 ここに来る前は、よほど不味い物でも食べていたのだろうか……


 そう考えて居たら、水場の方からトントンと包丁で叩く音が聞こえる。

 この場所では調理された品が出てくるはずだ、これは一体どうなっているのだろう?



 ロボットに聞いてみると、こんな答えが返ってくる。


「ココの住人は材料を渡して自炊をしていマス。その方が良いらしいデス」


 素材から調理しても、あまり味が変わらないだろうと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 調理する様子をみていると、そこら辺に生えている葉っぱや根っこを、すり鉢にいれて、砕いて調味料として使っている。


 ロボットに植物の種類を聞いてみると「ショウガ」「ナツメグ」「胡椒こしょう」などと、香辛料の名前を答えてくれた。塩分の薄い食事をスパイスで補っているみたいだ。


 この人達は、食事の不味さも克服こくふくし、この場所で快適に生活を送っているようだ。非常にたくましい。



 時間が経つと、鍋に入れられた食材は、やがてカレーの良い香りを漂わせる。


 その香りに釣られ「グルルルル」と腹の虫を鳴らすミサキ。


「ほら時間だよ、僕らはそろそろ帰らないと。今日ははありがとね」


 女の子に挨拶をすると、僕はミサキを鍋から引き離す。


「ちょっとまって、一口だけ味見をさせて」


「ロボットさん、僕らを転送して下さい」


「了解しまシタ。それでは転送しマス」


 ミサキの一口は底なしだ。あの人達の貴重な食料を奪う訳にはいかない。

 こうして僕らは慌ただしく地球へと帰ってきた。



 地球に帰ってくると、僕はミサキを家まで送っていく。


 ミサキは家に着くなり、おばさんに詰め寄る。


「お母さん、今日の晩ご飯はなに?」


「今日はカツよ」


「レトルトでいいからカレーはある?」


「あるけど」


「じゃあカツカレーにして、今はカレーが食べたい気分なの」


「しょうがない子ね、ちょっと待っていなさい」


 まあ、あの匂いを嗅いだ後ならしょうがないだろう。

 この日は僕もカレーの気分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る