勉強合宿 8

 僕らは『はなおか』と呼ばれる場所に向う事にした。

 ミサキがロボットに案内を頼む。


「『花の丘』という所に連れていって」


「ソレは、多くの花を育成している場所でイイですか?」


「うん、そうだけど。もしかして、そういう場所はいくつもあるの?」


「イイエ、花を育成している人は、ココでは一人しかいまセン」


「じゃあ、その場所によろしくね」


「ハイ、了解しまシタ。徒歩でおよそ7分の距離にありマス」


 僕らはロボットの後ろを付いていく。



 しばらく歩くと、遠くの方に花畑が見え始める。

 大きさはサッカーコートぐらいだろうか。花畑としては大きくはないが、ロボットの話しだと一人で育てているらしい。そう考えると、かなり広く感じた。


 近寄っていくと、花の色と種類の多さに驚かされる。

 青い薔薇ばら大輪だいりんの菊、水辺に咲く花菖蒲はなしょうぶ、花を咲かせるのが難しいらしい胡蝶蘭こちょうらん

 咲いている花の季節もバラバラで、春に咲くチューリップと、秋に咲くコスモスが同時に咲いていた。


 僕らは花畑の中の通路を進んで行く。鮮やかな色合いの道は視覚だけではなく、嗅覚も楽しませてくれる。心地よい香りが満ちている。


「あっ、この臭い嗅いだことある。トイレの香りね」


 ミサキが良い雰囲気をぶち壊す発言をする。


「うん、それはラベンダーだね。それは花の香りで、トイレの臭いじゃないよ」


「わっ、分かってるわよ。ふーんこんな花だったんだ、かわいらしいね」


 ラベンダーの花を見つめるミサキ。これでラベンダーの地位ちいが向上すれば良いのだが……



 花畑の中をしばらく散策していると、じょうろを持って水をまいている若い人物と遭遇そうぐうする。

 ロボットの話しでは、花を育成している人は一人らしいので、この人がこの花畑を作ったのだろう。


 ミサキが軽く挨拶をする。


「すごいきれいな花ですね」


「そうでしょう。心ゆくまでこの楽園を見ていって下さい。気に入った花があったら持ち帰ってもいいですよ」


「本当ですか? ありがとうございます」


 そう言うと、じょうろをもった人は僕らに微笑ほほえんだ。


 柔らかな笑顔だが、僕はその顔をみて、何かが引っかかる。

 どこかで見た顔だ、どこで見たのだろうか?



 記憶を探っていると、その人はミサキに話しかけてくる。


「キミはこの場所へ自らの意思で来たのかな、それとも強制的につれてこられたのかな?」


「あっ、自主的ですね。試験前に勉強をする為に、この場所にやってきました」


「じゃあ、いつでも帰れるんだ。よかったね。オレは強制的にこの場所に連れてこられて、もう帰るのはあきらめたよ」


「ええと、強制的に連れてこられた人は、確かテストに合格すれば帰れるんですよね。あの簡単なアホ毛のテストなら、何度か受けていれば合格するんじゃないですか」


 アホ毛を着けたミサキが言っても、いまいち説得力に欠けるが、言いたい事は分かる。

 これだけの範囲植物を、きちんと管理できている頭脳を持っているのだから、あのテストが受からないハズははいだろう。



 そう思っていたのだが、どうやら事情が違うらしい。こんな事を言い出した。


「まあ、あのテストならすぐにでも合格できると思うんだが、オレは不正をしてしまってクリアしなきゃならないテストが司法書士しほうしょしの試験よりより難しいんだ、もうあきらめて花に囲まれてココで暮らすよ」


 遠い目をしながら、フフフと笑う。



 ここで僕は思い出した。この人は、AHGアホ毛共生団体の日本代表だった人だ。

 アホ毛でも無いのに『補助や援助が必要』と、世間に訴えて、不正に補助金などを受け取ろうとしていた。

 一種の詐欺を働こうとしていた訳だが、こうなってしまうと少しかわいそうにも思える。


「コツコツ勉強をすれば大丈夫ですよ。クリア出来ますよ」


 と、日ごろ勉強を全くしないミサキが強気で励ます。


「そ、そうかな。じゃあ、少し頑張ってみるかな……」


 一応、前向きな返事をするが、その返事は弱々しく消え入れるような声だった。

 ……大丈夫だろうか、この人は?



「オハナ、クダサイ」


 僕らが話し込んでいると、いつの間にか外国の女の子がそばに居た。

 この子は、この花畑の持ち主に、花を摘む許可を取りに来たみたいだ。

 眉間みけんには赤いほくろのような化粧をしているので、インド辺りの子供だろうか?


「いつもの子だね、いいよ、好きなだけもっていって」


「アリガト」


 その女の子は、なれない動作でお辞儀をすると、花畑の一角へと走って行った。

 そして地面に生えている紫色の花を摘み取り出した。

 女の子は大きなかごを持って来ていて、どうやらこの籠いっぱいに花を摘み取る気らしい。


 普通、花を摘むときは、花に近い茎の部分を刈り取るが、女の子は球根ごと根こそぎ引っ張って持って行く。

 花壇を荒らすような行為は普通なら許されないが、花畑の持ち主はこの様子をニコニコとしながら見ているので、ここでは許されるのだろう。



 作業が大変そうなので、ミサキが声を掛ける。


「私達も手伝いましょうか?」


 女の子はきょとんとする。どうやら言葉が通じないらしい。

 ロボットが通訳に入り、何度か言葉を交わす。


「アリガト」


 にっこりと笑い、返事をする。


 1人だと大変な作業でも、3人ならすぐ終わる。

 籠いっぱいに紫色の花を摘み取ると、女の子はお礼を言って、どこかへ帰ろうとするのだが、花を多く摘み過ぎたようだ。荷物が重すぎて足取りがおぼつかない。


「運ぶのを手伝いましょうか?」


 ミサキが言うと、すかさずロボットが翻訳する。


「オネガイ」


 ぺこりとお礼をすると、女の子は荷物を僕らに預けた。



「それでは僕らは行きますね。お勉強をがんばってください」


「うん、頑張ってみるよ」


 元、AHGアホ毛共生団体の日本代表の人と挨拶を交わすと、僕らは外国の女の子の後に付いていく。

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