ちょっとだけ帰ってきたレオ吉くん 5

 猫喫茶でミサキのレクチャーが始まった。


「猫喫茶ではね。猫ちゃんたちは何もしなくて良いの。たまにお客さんの近くに寄っていって、撫でられるだけでいいわ」


 そう言うと、猫の店員さんの一人が反論をする。


「それって、過度な体の接触になりませんか? 風営法に引っかからないでしょうか?」


 この店の猫は全員が進化しており、知能は人間に限りなく近い。

 僕は仮に店員さんが人間として考えてみた。


『裸に近い格好の店員さんが、客に体を自由に触らせる』


 ミサキの言っている事を、客観的に文章に直すとこんな感じになるだろう。

 これはどう考えてもアウトだ。



 この意見を聞き、他の店員さん達も騒ぎ出した。


「知らない人に体を触らせるというのは……」「ちょっと気持ち悪いですね」


 騒ぎが大きくなると、レオ吉くんが、どこかへと電話をする。


「ちょっと弁護士資格を持ったロボットの方へ確認してみますね」


 レオ吉くんは、しばらく会話をして、何かを確認する。

 やがて通話を切ると、こう言った。


「やはりダメらしいですね。元動物でも進化してしまうと、基本的な人権が発生します。お触りはNGだそうです」


 法律的にもアウトだったらしい。するとミサキがこんな事を言い出す。


「どうしてダメなの? 猫喫茶は、猫ちゃんとの『スキンシップ』と『癒やし』を求めて来る場所よ。なんとかならないの?」


 いつもはとんでもない事を言い出すミサキだが、今回の主張は認めざるを得ない。


「触らせるのはダメだけど、何か他にスキンシップを取れる方向で考えて見ようよ」


 僕がそういうと、みんなは別の方法を考え始める。



「おしゃべりなんかどう?」


 ジミ子が新たな提案すると、この提案に猫達はひるむ。


「何をしゃべればいいんですか?」「私達は素人ですよ」「面白い事などしゃべれません」


 戸惑う猫達をジミ子は説得する。


「普段の日常会話でいいのよ。お年寄りとかは、話し相手が欲しいから、ただ話しを聞くだけでもいいと思うわ」


「会話をしている間は働けない気がします」「それでは採算がとれないのでは?」


 現実的な話しをする店員を前に、レオ吉くんがこう言った。


「これは慈善事業じぜんじぎょうみたいなものですから、採算が取れなくても構いません。地域のみなさまの役に立ってくれれば、それで結構です」


 この言葉を受けて、猫達は納得した。


「分かりました、国王陛下」「我々は全力を尽くします」


 レオ吉くんの説得を受けて、納得するのは良いのだが、猫達の話しは変な方向へと向う。


「どうせ会話をするなら癒やしの為、カウンセリングの勉強をした方がいいですよね」


「そうだな、将来的には全員がカウンセリングの資格を取るように頑張ろう」


 ……ここの猫達は意識が高いようだ。やる気に満ちている。



「スキンシップを取るなら、スポーツが手っ取り早いんじゃないか?」


 ヤン太がぽつりとつぶやいた。

 たしかにスポーツをする事で交流が深まるだろう。

 だが、ここは元コンビニを改造した喫茶店、お世辞にも広いとは言い難い。


「うーん。この広さだと、卓球か、せいぜいビリヤードくらいかな?」


 僕がそういうと、ジミ子はこのアイデアを否定する。


「せっかく落ち着いた喫茶店なのに、卓球とかビリヤードとかうるさくないかしら?」


「うーん、まあたしかにそうだね」


 僕もこの反論には納得した。

 それに、音だけでなく、コーヒーを飲んでいる所にピンポン球が飛んできては、喫茶店の落ち着いた雰囲気が台無しだ。

 ピンポン球ならまだしも、ビリヤードの球が飛んできたらケガをしてもおかしくは無い。


「場所を取らずに静かに出来るのは、ストレッチとヨガくらいかしら?」


 僕らが何かないかと考えて居ると、ミサキが珍しくまともな意見を言う。どうやら猫喫茶について、かなり本気で考えているらしい。


「そうだな、ヨガの教室とか開けば人が呼べるかもな」


 ヤン太がそう言うと、猫達は反論をしてきた。


「ヨガとか全くわからないんですけど、大丈夫でしょうか?」


 その質問にキングがスマフォの画面を見せながら答える。


「これがヨガのポーズだぜ、難しいポーズもあるけど、初心者向けなら、すぐに覚えられると思う」


 ヨガの画像を見せられた猫達は、そのポーズを真似しだした。


「こうかな?」「これでいいですか?」「非常に簡単ですね」


 かなり難しいポーズを取っている店員さんもいるのだが、体の柔らかい猫には何の苦にもならないらしい。

 覚える気さえあれば、簡単に習得できるだろう。



 熱心にヨガを練習している様子を見て、キングがこんな事を言い出した。


「ヨガやストレッチが有りなら、マッサージも出来るんじゃないか?」


「マッサージって免許が必要なんじゃないですか?」


 店員さんの質問に、レオ吉くんが答える。


「法的にやれるかどうか、聞いてみますね」


 再び電話を掛けるレオ吉くん。しばらくすると答えがでたようだ。


「医療行為としてのマッサージは『あんマッサージ指圧師』の免許が居るみたいですが、リラックスする事を目的としたマッサージは免許が要らないみたいです」


「なるほど、そうですか」「初めは無免許でも、ゆくゆくは資格を取りたいですね」


 サービスが出来る事が分かって、猫達は今度はマッサージをする気になったようだ。しかし、やはり意識が高い。この様子だと、いずれ免許を取得してしまうだろう。



 これからの喫茶店の方針が見えてきて、士気が上がる店員さんたち。

 すると、レオ吉くんが僕らにこんな事を言い出した。


「皆さん、良ければマッサージの練習台になってもらえませんか?」


「なるなる。練習台にさせて下さい」


 ミサキがすぐに返事をした。僕もそれに賛同する。


「僕らでよければ、どうぞ。何度でも試して下さい」


 こころよく、僕らは練習台となった。



 真っ先に練習台となったミサキだが、どうもくすぐったいらしい。

「うは、あはは」と笑い声を上げて、すぐに練習台を断念をする。


 ジミ子とヤン太はあまり凝っていないようだ。

 気持ちは良いらしいが、大げさな反応もなく、しばらくすると練習台を終了した。


 続いて僕とキングの番になった。


 僕は上着を脱いで、うつ伏せにソファーに寝転がる。

 すると、猫の店員さんが、僕の背中の上に乗ってきた。

 程よい重さと、肉球の柔らかさが心地よい。


「おっ、お客様、凝ってますね」


 グイグイと肩の辺りを刺激する。


「あっ、そこ、気持ちいいです」


 僕は意外にも肩が凝っているらしい。


「ここなんかどうです?」


「そこも良いですね、ああ気持ち良い…………」


 僕は、いつの間にか寝てしまった。



「ほら、ツカサ、起きて。キングもそろそろ帰るわよ」


 ミサキの声で起こされる。


 眠い目をこすりながら起きると、キングもボーッとしていた。

 どうやら二人とも眠ってしまったらしい。


「はい帰るわよ。ツカサ、挨拶して」


「今日はお世話になりました」


「オープンしたらまた来るわね」


 僕らは軽く挨拶を終えると、猫喫茶を後にした。



 しばらく外を歩いていると、目が覚めてきた。

 僕が寝た後の話を聞いてみると、ミサキが一通り説明してくれる。


「あの後、どうなったの?」


「猫喫茶では、猫の店員さんが積極的に話し相手になるのが決まったわ。あと、ヨガ教室をイベントとして定期的に開くみたい。マッサージに関しては、資格をちゃんと取ってから営業する事が決まったわ」


 ジミ子が最後に一言、付け加える。


「猫のマッサージは儲かりそうだわ。私も猫を飼って教え込みたいわね」


 本気とも冗談とも取れる発言をする。

 まあ、ジミ子が儲かりそうと言うのだから、おそらくこの事業は成功するだろう。



 しばらく雑談をしながら進む。やがて分れ道の交差点にたどり着いた。

 この日の締めくくりに、レオ吉くんがみんなに挨拶をする。


「皆さん、今日は本当にありがとうございました。色々と有意義な意見をもらえて、猫喫茶の経営も上手く行くと思います」


 するとミサキがレオ吉くんの両手を取り、こう言った。


「また一緒に学校で勉強しましょう。そういえば仕事は忙しいの?」


「そうですね。まだちょっと忙しいですね」


「そうか、残念だぜ」


 ヤン太が名残惜なごりおしそうに言う。


「会いたくなったらいつでも声を掛けてくれ」


 キングに言われて、笑顔を見せるレオ吉くん。


「ありがとうございます。また何かあったらよろしくお願いします」


 今日の後半は、僕はほとんど寝ていた。ちょっと申し訳なく感じて、謝る。


「ごめんね、大した事もできなくて」


 すると、レオ吉くんはこんなことを言ってきた。


「いえ、充分ですよ。今日は素晴らしいオマケも頂けましたし」


 ちょっとイタズラっぽく笑うと、スマフォを見せてくれる。

 そこには僕とキングの寝顔をバッチリと撮られていた。


「いつの間に……」


 キングが驚いた表情で言う。


「ちょっとはずかしいから消して」


 僕のお願いを無視して、レオ吉くんはこう言った。


「これは大事に取っておきます。ボクの宝物にしますよ」


 今までは、ほとんど人の言いなりだったレオ吉くんが、僕らにちょっとだけ嫌がらせをしてきた。


 これは社会人として仕事をしてきて、人として少し成長したのか。

 それとも、姉ちゃんと一緒に仕事をする事で、姉ちゃんと思考が似てきてしまったのか……


 ぜひとも前者であって欲しい。



「それでは、そろそろお別れですね」


 ちょっと寂しそうに言うレオ吉くんと、またハグを交わす。


「近いうちにまた会おうね」


「はい、ではまた」


 挨拶を交わすと、僕たちは別れた。


 もうそろそろ夏休みに入る。

 レオ吉くんさえよければ、僕らが会いに行くという手もあるだろう。

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