ちょっとだけ帰ってきたレオ吉くん 4

 猫喫茶ねこきっさをガラスドアの外から中を覗く。

 すると、猫達が直立不動で国王であるレオ吉くんが来るのを待っていた。


「いつも通りで構わないと言っておいたんですが……」


 そう言いながら自動ドアの開閉ボタンを押し、中に入っていくレオ吉くん。

 僕らも少し後から続いて猫喫茶へと入る。



 レオ吉くんが店内に入ると、並んで居た猫の一人がこう言った。


「国王陛下、ようこそおいで下さいました。皆の者、国王陛下に敬礼!」


 すると並んでいた猫達が、一斉に敬礼のポーズを取る。

 一糸乱れぬその姿は、かなり練習したのだろう。

 猫と言えば気ままなイメージがあるが、この猫達は軍隊のような規律正しい。



 想定外に堅苦しい歓迎を受けて、レオ吉くんはなだめるように言う。


「まあまあ皆さん、そんなに緊張しないで下さい」


「いえいえ、そのような事には参りません」


 敬礼のポーズを維持しながら、猫の一人は答える。


 するとジミ子がこんな事を言う。


「今日は猫喫茶の視察に来たのだから、普段通りの対応をしなければいけないんじゃない? レオ吉陛下も困っているみたいよ」


「そうです。普段通りの接客をして頂けますか」


 レオ吉くんがそう言うと、猫達は少し戸惑とまどった後、敬礼のポーズを解いた。


「わかりました。それでは普段通りの業務にあらせてもらいます」


 猫達は深々とお辞儀をすると、それぞれの持ち場についた。

 キャットタワーのてっぺんや、受付のテーブルの上。何人かは厨房の中へと消えていった。


 店の中の猫達の待機場所には座布団のようなクッションがあり、ふせるように寝転んで待機をする。

 猫が寝転んでいる光景は、普段ならほほえましく映るのだが、今日は違う。まるでスフィンクスのように背筋をピンと伸ばし、緊張感がこちらにも伝わってきた。



 この店の店員は、猫の人だけではなく、レオ吉くんと同じように人間に近い姿の人も居る。

 メイドのような服を着た猫田ねこださんに案内されて、僕らは席につく。


「こ、こ、こちらがメニューになります」


 猫田さんが震える手でメニューを渡してきた。緊張するのもわかるが、すこし過剰な気もする。

 そんな猫田さんに、レオ吉くんは優しく声を掛ける。


「聞いております。あなたは本当は犬なんですよね」


 すると猫田さんは驚いた表情をして、気が抜けたのか、緩い笑顔を浮かべながら、こう言ってきた。


「まさか私の経歴をご存じだとは…… そうなんですよ、犬である私が猫喫茶に配属されてしまいまして、色々と悩んでおりました」


 猫田さんの耳をよく見ると猫耳をしているようだが、言われてみれば確かに犬のようにも見える。

 ちょっと疑いの目で猫田さんを見ていると、レオ吉くんが気を使ってこう言った。


「まあ、細かい事は気にせず、何か注文しましょう」


 確かに、人に近い姿になれば、猫も犬もライオンも大して変わらないだろう。

 レオ吉くんにうながされて、僕らはメニューを開いた。



 メニューには普通の喫茶店と変わりなかった。

『コーヒー280円』『紅茶ポット340円』『ホットケーキ460円』

 この手の店の相場は知らないが、けっこう良心的な価格に思える。


 ちなみにレオ吉くんから貰ったチケットには、ワンドリンク無料と書いてあった。

 僕らはそれぞれ好みの飲み物を頼み、しばらく待つ。


 少し時間がたつと、猫の店員さんが、銀色のお盆に飲み物をのせてやってきた。

 練習をしたのだろうか、慣れた手つきで飲み物を置いていくと、ぺこりと礼をして席から離れる。


 僕は香り高いコーヒーを飲みながら、ソファーに深く腰掛けた。

 この喫茶店は、非常に落ち着ける。



 僕らはリラックスして最近の出来事を話し出した。雰囲気のよい喫茶店だが、ミサキは何か不満のようだ。ほっぺたを膨らませながら、文句を言う。


「違うでしょ、猫喫茶って猫ちゃんと遊ぶところでしょ!」


 普通の喫茶店として僕らは使ってしまったが、言われてみると、そんな気もしてきた。


「……そうだね、猫喫茶っていうと猫と戯れるイメージがあるよね」


 僕がそう言うと、レオ吉くんが驚いた表情を見せる。


「アヤカ先輩に言われて急いで出店したのですが、猫喫茶って、猫が店員をするだけではダメなのでしょうか?」


 姉ちゃんの指示だったのか……

 レオ吉くんは下調べをせず、店を出してしまったようだ。



 僕らは店員さん達を集めて、話しをする事にした。

 まず、キングが人間の社会での、一般的な『猫喫茶』の話しをする。


「まあ、猫喫茶で猫は働かないぜ。猫は気が向いたら客にちょっかいを出すくらいだ」


 そう言うと、店員さんの一人が、目をまん丸にして聞いてきた。


「働かなくてもいいなんて事があるんでしょうか?」


「猫は普通は働かないぜ」


 キングは普通に答えたのだが、それが動物の王国の住人にはショックだったらしい。


「そんな、働かなくていいなんて」「他の猫喫茶の猫は何をやっているんだ」「我々は何をすれば良いんだ?」


 店員さんたちに混乱が広がる。


「私、何度か猫喫茶に言った事があるんだけど……」


 ミサキが遠慮がちに言うと、レオ吉くんを初めとして、動物の王国の住人は過剰な反応をする。


「本当ですか?」「どんな業務形態なのでしょう?」「教えて下さい、先生!」


 一斉にミサキに助言を求める。

 すると、ちょっと照れながら答えるミサキ。


「先生ですって、えへへ。いいでしょう。私が先生となって教えましょう」


 僕らの中で猫喫茶に行った経験があるのはミサキだけだった、この先生で大丈夫なのだろうか?

 不安を抱えながら、ミサキのレクチャーが始まった。

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