第23回目の改善政策

 正午が近づき、第23回目の改善政策の発表が始まろうとしている。


 今週の改善政策は予想がつく、先週の改善政策『労働基準法の厳格化』、『一日の労働時間を6時間』など宣言通り実行するだけだろう。


 この改善政策は、当初、高校生の僕たちには関係が無いと思ったのだが、意外と影響を受ける事となった。

 先生達が8時間の規定に引っかかり、授業の組み替えが行なわれたのだ。


 例えば、担任の墨田すみだ先生のケースだと、3時間目からの出勤が週に二日。土曜の他に、午前中だけの日が週に一日になって、朝と帰りがいない日のホームルームは、副担任とロボットが受け持つ事になった。

 この変更で、なんとか週30時間の枠に収まるらしい。



 ちなみに、授業の組み替えは宇宙人のAI人工知能によって行なわれた。

 組み替え自体は人間でも計算できる範囲だが、先生達の注文が多く「10時間3日働くから、週休4日にしろ」とか、「午後は出来るだけ働きたくない」とか、かなり無茶な注文を出す人が多かったようだ。


 これらの注文を、まともに叶えようとすると、人によって不公平な部分が出てくる。そこで宇宙人のAIの出番だ。

 新たな勤務時間に不満があっても『宇宙人のAIによって決められた』と言われてしまうと、AIに苦情を上げるわけにはいかない。批難されるような仕事は、宇宙人のAIやロボットに任せてしまうのも良いかもしれない。



 新しく配られた時間割を眺めていると、例の番組が始まった。


「みなさま、お元気でしょうか? 今日は第23回目の改善政策の発表です」


「ヨロシクネー」


 福竹アナウンサーと宇宙人が出てきて、お馴染みの挨拶をする。


「さて、今週の改善政策は何を行なうのでしょうか?」


「新たな改善政策は無いネ。今週は、先週発表した改善政策を実行するだけネ」


「先週の改善政策と言うと、『労働基準法』に関しての改善ですよね」


「ソウネ。ワレワレが行なうのは、法令厳守と罰則の強化、アト、6時間労働ネ」


「今日はその改善に関して、番組に色々と質問が届いています。こちらの質問に答えてもらえないでしょうか?」


「イイヨ、何でも質問してネ」


「はい、ありがとうございます」


 やはり今日は新たな改善政策は打ち出さないようだ。

 宇宙人に質問をする形式で、番組を進めて行くらしい。



「まずは、就労時間についての質問です。今回、6時間労働になるという話ですが、週に働く時間に換算すると30時間になります。一日6時間の枠を超えても、週に30時間以内なら構わないんですよね?」


「労働者の合意があれば構わないネ。例えば、一日7時間半で、週休3日でもイイヨ」


「分かりました。ちなみに規定以上に過剰な残業をさせると、経営者や管理職は刑務所で就労しゅうろうする事になります。みなさま、お気を付け下さい」


 福竹アナウンサーが真面目な顔で視聴者に投げかける。

 ちなみに週に30時間の労働は、厚生労働省のホームページで発表されている。

 この告知は、経営者だったら既に知っているだろう。



「続いての質問です。経営者は労働時間の規制に引っかかるでしょうか?」


「労働基準法は、労働者の為に作られたネ。経営者は労働者では無いので、適用されないヨ」


「あくまで労働基準法の強化というスタンスですね」


「ソウネ、今までの法律と同じネ」


 ここで福竹アナウンサーが新たな問題点を指摘する。


「そういえば『管理監督者』、いわゆる管理職にすると、労働時間の制限が無くなります。肩書きだけ管理職にしてしまえば、今回の適用を免れるんじゃないでしょうか?」


「ソレハ、裁量権さいりょうけんの無い『名ばかり管理職』と言うの問題ダネ」


「そうですね。管理職でない社員を、名義だけ管理職にしてしまう方法ですね。この方法を使うと残業代を出さなくて良いので、今までも色々と問題が起こっていますね」


「ソノ件に関しては、ワレワレが監視をするヨ。『人事の採用』や『予算の配分』に関われない人物は労働者と見なすネ」


「なるほど。ちなみに、管理者から労働者になった場合は、いきなり処罰されるのでしょうか?」


「事前に連絡を送るヨ。経営者は『労働者と認め、労働時間の厳守と残業代の支払い』を行なうか、『人事権、予算権を与え、正当な権利を持つ管理者』とするか、選択させるネ」


「分かりました。経営者のみなさん。気をつけましょう」


 普通の労働者を管理職と偽り、残業代を払わないのは違法なんじゃないだろうか?

 こんな事が許されるなんて、いままで労働基準監督署は何をして居たのだろう……



「さて、続いて、経営者の方からの質問…… というか、苦情ですね『労働時間が6時間になると、仕事が回らなくなります。会社がやっていけません、何とかならないでしょうか?』」


「つまりソレは、『経営できずに、会社が潰れる』という事カナ?」


「そうですね。そういう事でしょうね。こういった場合はどうすれば良いですか?」


「ソレナラ、会社を潰せばイイじゃナイ」


「……えっ。潰すんですか」


「無理して続けるくらいなら、やめた方が良いデショ」


「まあ、そうかもしれませんが、経営者や従業員の生活というものが……」


「ソレナラ、ワレワレが経営を引き継ぐヨ。以前の経営者も従業員として雇うから、安心して会社を潰せば良いネ」


「……そうですか。視聴者のみなさま、経営の最終手段として、そういった選択肢も用意されているようです」


「気軽に利用してネ~」


 宇宙人が『会社を潰せ』と軽く言う。

 経営者が経営権を手放すというのは、苦渋くじゅうの決断だと思うのだが、宇宙人はそうは考えていないようだ。



 質問をしているうちに、結構な時間が過ぎた。

 福竹アナウンサーが時計を確認して、こう言った。


「さて、そろそろお時間となりました。今日もアンケートの協力をお願いします」


 いつものアンケート画面が現われる。


 今回の改善は良い事にしか思えない。

 僕は「今週の政策は『良かった』」「宇宙人を『支持できる』」に投票する



 しばらくすると集計結果が表示された。



『1.今週の政策はどうでしたか?


   よかった 78%

   悪かった 22%


 2.プレアデス星団の宇宙人を支持していますか?


   支持する 51%

   支持できない 49%』


 今週の政策が『悪かった』と答えている人が22%もいる。

 この政策は、何が『悪かった』のだろうか?



 福竹アナウンサーはいつもの終わりの挨拶をする。


「それでは来週をお会いしましょう」


「マタネー」


 番組が終わっても、僕はしばらく考える。

 なぜ一定の人数が『悪かった』に投票したのだろうか?

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