マイノリティー 1

 人類にアホ毛が生えた翌日の朝、テレビではこんなニュースが流れてきた。


「こちらアメリカの首都ワシントンD.C.の、ワシントン記念塔の前からの中継になります。

 いつもは観光客がまばらに訪れる程度なのですが、今日は黒山の人だかりです。

 そして集まって居る人々の髪型をご覧下さい。全ての人にアホ毛が付いています。

 彼女達は『AHG』の共生団体、通称『AHG共生団体』というマイノリティー団体のメンバーです」


 テレビは飛行機の滑走路のような大きな池が写り、その周りを埋め尽くすように人が押し寄せていた。

 あまりの人数に、どれくらいの人がいるのか分からない。



 人混みの中、レポーターは必死に状況を伝えようとする。


「人数の詳細はつかめていませんが、およそ20万人に近い人々がこの場に押し寄せているようです。

 人々は各々おのおのの手にプラカードを持っており、『AHGを愛してください』『職業採用枠にAHG専用枠を!』『AHG差別撤廃!』など、様々な主張をしています。

 では、一旦スタジオにお返しします」



 スタジオに戻ると、司会のアナウンサーが、アホ毛専門家という謎の肩書きの人物に話しを振る。


「かなりの人数でしたが、彼女らの頭には、全員アホ毛が付いている訳ですよね」


「そうですね。アメリカの人口はおよそ3億1千万人。宇宙人が発表した数字では、アホ毛の処理を行なった人がおよそ2千170万人。人口の約7パーセントがあの髪型をしていますね」


「それは想定外に多いですね」


「ええ、かなりの人数ですね。先進国のアホ毛率は2~4パーセントと言われていますから、かなり突出しています」


「なるほど、ちなみに世界の情勢はどうなのでしょうか?」


大雑把おおざっぱな数ですが、南北アメリカで7200万人、ヨーロッパで2100万人、アフリカで1億600万人、アジアで2億1千万人、オーストラリアで280万人。合計すると4億1180万人のアホ毛人口となります」


「……もの凄い数ですね。アジアが一番多いのですか?」


「成績はヨーロッパに次いで良かったのですが、人口そのものが多いですからね。

 世界人口70億に対して、中国だけで13億人。インドだけで12億人。アジア地域で43億人いますから」



「なるほど。ところで『AHG共生団体』という団体はどういう組織なのでしょうか?」


「昨日、設立された団体です。まあ、アホ毛が昨日、生まれたので、当然と言えば当然ですが。

 この団体の主目的は、アホ毛の人達を迫害から守り、自立を援助することを目的としているようですね」


「自立を援助といいますが、昨日まではちゃんと自立して生活していましたよね?」


「全くもってその通りですね。でもこの団体の主張によると、アホ毛が生えただけで、生活できないほど知能が低下するのだそうです。自立支援のヘルパー、もしくは生活補助金が必要なのだとか」


「いや、その主張は無理があるのでは?」


「無理がありますね」


「そういった事には取り合わなければ良いんじゃないでしょうか?」


「取り合わないと『弱小マイノリティー団体を無視するのか』と迫ってくるらしいです。

 正論を言って説得しようとすると『何言ってるか分からない。我々には理解する知能が無い』とか『難解な言葉を使って、頭脳を迫害された』とか言ってごまかすそうですよ」


「……タチが悪いですね」


「ええ、そうですね。一般の職員では対応が出来ないくらい厄介です」


「アメリカの役人は大変ですね……」


「対岸の火事ではありませんよ。昨日、日本にも支部が発足ほっそくされました」


「……日本にもですか?」


「ええ、クラウドファンディングで資金を募集したところ。5分もかからないうちに目標金額を大きく上回ったらしいです。全国6カ所に事務所を設けるみたいですね」


「それは…… 今後、はどうなるのでしょうか」


「とりあえず、この騒動の原因は宇宙人なので、そちらと調整を取りつつ、更なる対策を打ち出すしかなさそうです」


「なるほど。一旦CMに移ります」



 ……えらい団体が出来てしまった。

 専門家の人は『対応は宇宙人に振る』と言っていたので、おそらく姉ちゃんが対応する事になるだろう。

 これは、当分、残業が続くかもしれない。


 そんな事を考えていたら、母さんから声が掛かった。


「そろそろ出発の時刻だけど大丈夫?」


 テレビを見入っていたので遅れてしまった。僕は慌てて準備をする。


「あっ、まずい。母さんちょっと手伝って」


「しょうがないわね、はい制服と鞄」


「では、いってきます」


「いってらっしゃい」


 用意してくれた服に着替えると、飛び出すように玄関をでる。

 こうして僕はミサキの家に行く。



 ミサキの家に行くと、珍しくミサキは着替え終わっていた。

 手にブラシをもっていたので、髪型と格闘していたのかもしれない。


 しかし格闘したにもかかわらず、残念な事にアホ毛はピンと立ったままだった。


「さあ、ミサキ、学校に行くよ」


「うん、分かった」


 もしかしたら登校を嫌がるかと思ったのだが、意外と素直に付いてくる。

 それどころか、いつもより明るい。顔も笑顔のような気がする。


 これはちょっと変だ。


「なに? なにか良い事があったの?」


 僕がそう聞くと、ミサキはスマフォの画面を見せて、こう言った。


「なんか、わたし、補助金がいっぱいもらえるらしいよ」


 見せられたスマフォには『AHG共生団体 会員ナンバー 000015610』という文字が……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る