影響力と効果と範囲 3

「じゃあ、またね」


「また明日」


 ミサキと挨拶を交わし、家の前で別れる。

 しばらくすると家の中から大きな声が聞こえてくる。

 おそらくミサキがおばさんに怒られているのだろう。


 日頃から勉強をサボっていた事も関係していると思う。まあ、多少はしょうがない。



 家に帰ると母さんが料理をしている音が聞こえてくる。

 台所へと移動すると、たくさんのごちそうを作っていた。合格を祝った料理だと思う。もちろん母さんの髪型は普通だ。


 母さんは僕を見かけると、声をかけてきた。


「おかえり、ツカサ。学校ではどうだった?」


「うーん。クラスに一人だけ試験に落ちて、あの髪型になった人がいるよ?」


「まあ、だれかしら? 私の知っている人かしら?」


「よく知ってるよ、ミサキだから……」


「そ、そう。ミサキちゃんがね。まあ、かわいらしくて良いんじゃないかしらね」


 母さんが気楽に言ってきた。

 たしかに、かわいらしいと言えばそうかもしれないが……


 僕は母さんに軽く忠告をする。


「ミサキは気にしてるみたいだから、あんまり言わないであげて」


「そうね、分かったわ。気をつけるわね」


 そう言って、再び料理を再開した。



 ここで僕はちょっとした質問を母さんに投げかける。


「ねえ、母さん。母さんの周りであの髪型になった人はいる?」


「私の周りでは居ないわね。テレビの中では見たけれど」


「どんな人がそうなったの? ネットのニュースではアイドルグループから大量に出たみたいだけど」


「私のいつも見ている番組からも出たわ。思わず録画したんだけれど、見てみる?」


「うん、みせてよ」


「じゃあ、もうすぐ晩ご飯だから、その後にみましょうね」



 僕はリビングに移動すると、ソファーの上で料理の完成を待つ。

 少し時間が経つと、父さんが帰ってきた。


「いやあ、参ったよ。今日は大変だった」


『参った』と言ったので、もしかしたらと頭を確認してみたが、普通の髪型だった。

 まあ、以前はハゲていて、宇宙人の作った育毛剤によってフサフサの髪型になったので、普通の髪型と言って良いのかわからないが。とにかくアホ毛はついていない。


「どうしたの、何が参ったの?」


 僕が聞くと、父さんは事情を話してくれる。


「部長がさ、あのテストに落ちたらしくアホ毛が付いたんだ」


「部長って、会社の中ではかなり偉いんでしょ?」


「ああ、うちの会社は500人くらいいるけど、肩書きでは上位10位以内に入るんじゃないかな」


「そんな人が上司で平気なの?」


 僕がそう言うと、父さんは詳しい話しをしてくれる。


「まあ、そう思うよな。会社の中でも『あの髪型の人物が会社の経営陣に居るのはマズい』と、そういう話しになった。これから役員会議にかけられて、どうやら降格されるらしい。テストの前日にゴルフなんかで遊んでいるから落ちたんだろうな」


 会社にとっては深刻な話しのはずだが、父さんの顔は笑顔で語っている。

 部長はあまり性格の良い人物ではなさそうだ。



 僕と父さんの話していたら、そこに母さんが、こう言ってきた。


「晩ご飯できたわよ。アヤカはまだ帰ってこないのかしらね?」


 姉ちゃんの心配をしてきた。

 僕がLnieでいつごろ帰れそうかと、メッセージを送ると、


『ごめん、今日もクレームが酷くて無理。もしかしたら今日中には帰れないかも』


 絶望的なメッセージが届いた。

 おそらくテストに不合格だった人達からのクレームだろう。人によっては地位を失うので、凄いクレームが来てそうだ。まあ、あのテストを答えられない人が、社会的に高い地位に居ることが、おかしな事なのかもしれない。


 僕が両親に姉ちゃんの状況を伝える。


「姉ちゃん、無理そうだよ。仕事が忙しくて、もしかしたら帰れないかも、だって」


 そう言うと、母さんが返事をする。


「じゃあ食べちゃいましょう」


 こうして姉ちゃん抜きで、豪華な夕食を堪能たんのうした。



 食事が終わり、ゆっくりとしていると、母さんが先ほどの話しを思い出したようだ。


「そうそう、昼間の番組なんだけど、ちょっとコレをみてよ」


 そういって、テレビの録画番組を再生する。

 録画した番組は、ごく普通のワイドショーだ。

 司会がいてコメンテーターが何人かいて、ニュースやゴシップを扱う、定番の番組だ。


 ワイドショーの内容は、おそらくいつもと変わらないだろう。

 今回のアホ毛のニュースを説明しているのだが、通常の番組と違う点が一つある。出演者のアホ毛である。


 この番組の司会者は何かと偉そうに振る舞う。

 とくにお笑いの芸人さんのコメンテーターを明らかに馬鹿にした態度を取るのだが、司会者の人の頭には、立派なアホ毛がついている。馬鹿にされている芸人さんには付いていない。


 今回のアホ毛の事に対し、宇宙人ではなく、日本政府に対して憤慨ふんがいし、批難ひなんをしているジャーナリストの人がいるのだが、場違いな主張の気がする。あくまで今回の改善政策は宇宙人が独断でやった事であり、日本政府は関係ない。このジャーナリストにもアホ毛がついている。


 途中、専門家と名乗る大学教授の説明が入るのだが、この人にもアホ毛がついている。テロップを指さす度にアホ毛がプルプルと震え、説明している内容が頭に入ってこない。



 これらのアホ毛は致命的だった。

 いくら喋っても、言葉に説得力が生まれない。


 司会もマズいのだが、特にジャーナリストの人がマズい。

 アホ毛がある事が気になっているのか、かなり張り切って力説をするのだが、力説すればするほど説得力が空回りしているように感じた。

 今まではジャーナリストという肩書きに騙されていたが、これから先は視聴者にバレてしまっている。


 さらに大学教授はもっとマズい。これは、その人だけでなく、大学そのものの学力も心配になる。

 僕なら、アホ毛の教授がいる大学は受験しないだろう。


 ちなみに、ジャーナリストの人はパーマをしていたが、アホ毛はしっかりと分かる状態だった。

 母さんの話しでは、この人は今日になって急にパーマをかけてきたらしい。

 アホ毛をごまかす為にやったのだろうが、人類の技術では宇宙人の技術には勝てなかったようだ。



 この日、僕は寝る前にネットで見た、『アホ毛の芸能人のリスト』をもう一度覗いてみる。

 すると、リストかかなり増えていた。


 そしてリストの最後には『まだまだ調査中です』との文字が。

 芸能界の被害者は意外と多そうだ。

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