影響力と効果と範囲 1

 第19回目の改善政策が終わり、午後の授業が始まった。


 先生もクラスメイト達も、授業中にもかかわらず、ちらちらとミサキのアホ毛を見る。

 特に何も言わないが、あの髪型はやはり気になるようだ。


 そして午後の授業を終えると、僕らはいつも通りにハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに行こうとするが、ミサキが反対をしてきた。


「こんな髪型じゃ、外を歩けない」


 まあ、たしかに言いたい事は分かる。

 この髪型は、あの簡単な試験に落ちたという証拠だ。あまり他人に見られたくないのだろう。


「でも、これから先どうするの? どこも行かないの?」


 ジミ子が論理的に説得しようとするが、無駄だった。


「行かない、もうどこにも!」


 ミサキは断固として拒否をした。

 しょうがないので、僕が説得をする。


「今日はビックメェックバーガーおごってあげるからさ、行こうよ」


 ビックメェックバーガーとは、二段重ねのハンバーガーだ。なかなかボリュームがあり、値段も意外と高い。

 するとミサキはこの話しに乗ってきた。


「……ポテトのLと林檎りんごパイも付けてくれたら行ってもいい」


「わかったよ。付けてあげるから、みんなで行こう」


 こうして僕らはメェクドナルドゥにミサキを引っ張っていく。



 僕らは店にやって来ると、ミサキの他にも意外な人物にアホ毛が着いているのを発見する。その人物は店長だ。

 店長はアホ毛を隠すことなく、カウンターに立って接客をしているようだった。


 僕らはメニューの注文を取る際に、この独自のヘアースタイルに触れて良いものか悩む。

 すると、それを察したのか、店長は自ら話題にあげる。


「いやぁ、まいったよ。これを見て、この見事なアホ毛。みんなはちゃんとテスト受かったみたいだね、よかったよかった」


 笑顔を振りまきながら言う。すると僕の後ろに隠れているミサキが顔を出した。

 ミサキの頭には、もちろんアホ毛がついている。


 それを見た店長は、ミサキにやさしく声を掛ける。


「まあ、そんな事もあるよ。気にしてもしょうがないし、明るくしていれば良いこともあるよ」


「本当に?」


 ちょっとふてくされているミサキに対して、店長は何かを取り出した。


「はい、これうちの無料クーポン券。店先で配っているヤツじゃなく、株主優待の特別なヤツを君にあげよう」


 そういって小冊子を渡す。

 小冊子にはハンバーガーとサイドメニュー、ドリンクなどが無料で頼めるチケットが入っていた。


「本当だ、ちょっと良い事があった」


 落ち込んでいたミサキが笑う。それにつられて僕らも微笑んだ。


「でも今日はおごりだから、このチケット使わないわ。支払いはよろしくねツカサ」


 ……ミサキは何かとちゃっかりしている。



 僕らはハンバーガーのセットを頼むと、いつもの席へと着いた。

 食べ始めながら、こんな会話をする。


「そういえば宇宙人は、この髪型の人は162万人とか言ってたっけ?」


 ヤン太がチキンナゲットを食べながら言うと、キングがその質問に答えた。


「そうだな、人口の約1.3パーセント。百人に一人だからな。うちの学校からもミサキの他に2人ほど出たらしいし、意外と街中でも見かけるかもしれないぜ」


「そうね。現にここの店長がそうだったし」


 ジミ子がミサキのアホ毛を凝視ぎょうししながら返事をする。


「そんなに見ないでよ、気にしてるんだから」


 軽くミサキが怒る。まあ、あまりミサキの事ばかり取り上げるのもかわいそうなので、僕がちょっと話題をずらす。


「そういえば宇宙人は、これでコミュニケーション能力が上がるみたいな事を言っていたけど、本当なのかな?」


「うーん、どうだろう? 変わんねー気がするけどな」


 ヤン太が腕組みをしながら答える。すると、僕らの席に店長がやってきた。


「今日は特別だよ、他のお客様もたまたま居ないから、こっそりと君達にコレをあげよう」


 そういって山盛りのポテトを持って来てくれた。


「こんなに良いんですか?」


 僕がそう言うと、


「実はそろそろ時間切れで廃棄しなきゃいけないポテトなんだ。よかったら食べてみて」


「はい、ありがたく頂きます」


 ミサキが真っ先に返事をした。そして食べ始める。


 むさぼり食うミサキを横に、キングが店長に質問をする。


「アホ毛って、コミュニケーションに役立ちます?」


 こんな髪型はコミュニケーションに全く役に立たないと思っていた僕らに、予想外の答えが返ってくる。


「接客業や飲食業には有利かもね。話しのつかみのネタにはバッチリだし。他にも利点が色々とあると思うよ」


「他の利点ってなんです?」


 僕がそう聞くと、店長は丁寧ていねいに答えてくれる。


「まず、ひとつは、このヘアスタイルだとアホだと思われる事。

 言い争いなどは、同レベルのステージに立っている者としか起こらない。

 これが着いている事によって、相手は自分より劣っていると判断すると思うよ。そうすると無駄な争いを避けれるんじゃないかな」


「なるほど」


「それに、自分より劣っていると判断すると、人は意外と親切にしてくれる。

 例えば以前の私がミスをしたとしよう。するとお客様は『店長のくせに何やってるんだ!』と怒ると思う。

 ただ、この髪型だと『まあ、あの髪型だし、しょうがないか』となると思うよ」


「確かに、言われてみるとそうですね。コミュニケーションが潤滑じゅんかつになる気がしますね」


 店長の言う事はもっともだ。宇宙人のやったことは意外と的外れではないかもしれない。

 だが、ここで僕はもう一つ、他の疑問が浮かんでしまった。

 ジミ子も同じ疑問が浮かんだらしく、店長に質問をぶつける。


「店長はなんでテストを落ちちゃったんですか?」


 ここまで頭が良い店長が、あのテストに落ちるとは思えない。


 するとこんな答えが返ってきた。


「このお店は、学生さんのバイトが中心で回ってるからね。

 バイトさん達にテスト勉強を頑張ってもらう為、一人で店を回していたら想像以上に疲れてたらしくてね。当日のテスト中に寝てしまって、このヘアスタイルになった訳だよ」


 愉快に笑いながら話してくれた。


 その後、店長とはしばらく世間話をしていたが、新たなお客が来たようだ。


「ポテトの事は内密にね。いつも利用してくれてありがとう」


 そういってカウンターへと戻っていった。


 なるほど、この人には色々と事情があったようだ。

 隣でポテトを食い続けている人とは大違いだった。

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