調理と食生活

 あの調理をしてくれる電子レンジを使ってから数日後、僕にふとあるアイデアが湧いた。

 このアイデアは既に実施されているかもしれないが、僕は姉ちゃんに伝えてみる。


「姉ちゃん、あの自動的に調理してくれる電子レンジあるじゃない」


「うん、あるね。それがどうしたの?」


「あの電子レンジ、例えば国際宇宙ステーションのような所へ持ち込んだらどうかな。宇宙ステーションの食事はインスタントばかりで、アレを導入すればかなり食生活が豊になると思うんだ」


 かなり秀逸しゅういつなアイデアだと思ったのだが、姉ちゃんはあまり良い顔をしない。


「うーん、そうね。でもあまり役に立たないかも?」


 否定的な答えが返ってくる。僕は納得が行かず、食い下がる。


「どうして? 役に立ちそうだけどな?」


 すると姉ちゃんはちょっと考えてから、こう答える。


「これから見る事を誰にも喋らないって秘密にできる?」


「うん、大丈夫だよ」


「じゃあ、見せてあげるね」


 そういってタブレット端末を出してきた。



 姉ちゃんはタブレット端末をいじって、動画を再生する。

 動画の日付はおよそ2週間ほど前、そして場所はおそらく宇宙ステーションの内部だ。


「本当は英語で喋ってるんだけど、音声の翻訳を入れるね」


 姉ちゃんが操作すると、音声が日本語に変わる。


 画像の中には二人の人物が居る。一人は日本人飛行士の金口かねぐちさん、もう一人は知らないがアメリカの国旗を着けているので、アメリカ人だろう。


 二人は何か仕事をしていたが、やがて作業が終わったらしい。

 アメリカ人が金口さんに話しかける。


「ふーう、やっと片付いた。休憩がてらメシにするか」


「良いですね、ちょうど昼間の時間ですし」


「なにを食おうか? サンドイッチにするか、それともホットドックか?」


「昨日、ハンバーガーだったじゃないですか、そうですね、ここは一つラーメンでもどうでしょう?」


「おっ、日本のあのヌードルか、良いね、それにしよう」


 談笑しながら食事の内容を決めた。

 そういえば、カップラーメンの会社が宇宙用のインスタント麺を開発したというニュースを見たことがある。おそらくそれを食べるのだろう。宇宙では無重力で食事が取りにくいという話しだ、どうやって食べるのか気になる。



 画面の中の二人は、まず移動を開始する。

 そばにあった手すりを握って、体を押し出すようにすると、空中をすーっと滑るように動き出した。

 いくつか開けっぱなしのハッチをくぐり抜けると、ピンク色の閉まったハッチが現れた。


 金口さんがそのハッチのハンドルに手を掛けて言う。


「この先は気をつけて下さいね」


「分かっている」


 そしてハンドルをひねってハッチを開けてくぐり抜ける。



 ハッチをくぐり抜けると、そこは大きな部屋のようだ。

 何人もの職員がパソコンを前に難しい顔をしている。


 ただ、どうも様子がおかしい、こんなにも国際宇宙ステーションは大きかっただろうか?

 そして複数の職員は、ほとんどが日本人に見える。こんなにも日本人の宇宙飛行士が居ただろうか?


 僕が疑問に思っていると、パソコンに向き合っていた職員が金口さんに声をかけた。


「お疲れ様です、今日はなにをしに戻られました?」


「いや、昼食だけだよ。すぐに戻るから」


 そういって床を歩き出した。

 これはおかしい、宇宙ステーションの中は無重力なので、歩いて移動するはずは無い。



 違和感を感じながら動画を見ていると、金口さんと、アメリカ人はしばらく窓のある廊下を歩いて行き、次に食券機で食券を買うと、窓口のおばちゃんに注文をする。


「ラーメン二つとおにぎりとフランクフルトね」


「あいよ。はい、おまちどう」


「ありがとう」


「また宇宙ステーションから抜け出してきたのかい?」


「おばちゃんのラーメンが食べたくてね。直ぐに戻るよ」


「気をつけるんだよ、世間ではずっと宇宙ステーションに居ると思われてるんだから」


「分かってる、気をつけるよ」


 そういって金口さんとアメリカ人は食堂の席に着き、ラーメンをすすり始めた。

 うん、これは完全に地上だ。昼食を食べに、宇宙人のワープ装置を使って降りてきているらしい。



 話しの流れが分かったので、僕は姉ちゃんに言う。


「食事の度にわざわざ降りてくるの?」


「毎食って訳じゃないけど、一日に一回くらいは降りてくるらしいわ。息抜きがてらに食事をするくらい大目に見てやって」


「うん、まあ、いいけど……」


「あと、最初に言ったけどこの事は秘密ね、マスコミにバレたら宇宙開発事業にクレームがすごい事になるから」


「わかってるって、誰にも言わないよ」


 なるほど、調理が出来ない宇宙ステーションにあの電子レンジはピッタリだと思ったのだが、ちゃんとした調理師の料理した食事を取っているなら、あの電子レンジは要らなそうだ。


 しかし、僕の宇宙飛行士のイメージが、かなり緩くなった。

 もっと厳格な性格だと思っていたのだが……

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