料理と調理
ある土曜日の午後、みんなは僕の家に集まった。
姉ちゃんから言われて、これからなんと料理を、しかもお菓子作りをするらしい。
こんな話しになったのは3日前の事だ、姉ちゃんが開発中の電子レンジを我が家に持って来た。
なんでも素人でも簡単に料理ができる
そんな
「これで買ってきた素材は全部だぜ」
ヤン太がトートバッグの中身を全てをテーブルの上に出してそう言った。
「レオ吉くんにも手作りのお菓子を渡そうよ」
まだ一切、調理をしてないのにミサキはそんな事を言い出す。
「本当に俺たちに菓子が作れるのか?」
キングが難しい顔をしながら言う。するとジミ子がこんな事を言った。
「もう全員が女子なんだからお菓子の一つでも作れないとね」
ちなみにミサキもジミ子もお菓子を作った経験が全く無いとの事だった。
彼女らが言う『女子』とは一体どういう意味なのだろうか……
余計な話しをしていても作業は進まない。
「今日は何を作る予定なの?」
僕が問いかけるとジミ子は答える。
「今日はフルーツのケーキを作るわ」
「そんな難しいの作れるのか?」
ヤン太が反論をするが、ジミ子は自信満々に答える。
「ケーキは簡単よ。分量さえ間違わなければ、ちゃんと出来るらしいわ」
もちろんジミ子は作った経験は無い。あくまで知識の上での情報だ。
「まあ、とりあえずやってみようぜ」
キングに言われて僕らは手を動かし始めた。
僕はまず、新しい電子レンジのマニュアルを開き、ケーキのスポンジのページを読み上げる。
指定された通り、材料の重さを量り、それをハンドミキサーで混ぜ、容器に入れると電子レンジに放り込んだ。
そしてスタートボタンを押す。どうやらこれで出来上がるらしい。
「これだけ?」
ミサキがあまりに簡単なので、これで良いのかと聞いてきた。
「うん、これだけで良いらしい。ちゃんと混ざっていなくても超音波を使って混ぜるらしいから。後は焼き上がるのを待つだけだって」
「便利なのね」
ジミ子が関心しながらスポンジの焼き上がるのを見守る。
本来だと、スポンジを焼き上げるには大変で、火の加減を間違うと一部分が生だったり、混ぜ方が悪いと膨らまなかったりするらしい。だが、この電子レンジではそういった心配は要らない。材料をザックリと混ぜて放り込めば、それで終わりだ。
待つことおよそ20分。ふっくらとしたスポンジケーキがそこにはあった。
後は生クリームを泡立て、それを塗りたくり、フルーツを乗せて出来上がりだ。
生クリームの塗り方は酷い出来だったが、味に変わりは無いだろう。
僕らはさっそく試食を開始する。
「おいしいわね」
ジミ子の口から感想が漏れてきた。ヤン太も同じ意見のようだ。
「確かに美味いな」
「これは見た目以外は店に出せるかもしれないぜ」
キングがちょっと得意気に言う。
ミサキは無言で黙々とケーキをむさぼっていた。
たしかにこれを作ったのは僕らだが、これは作ったと言えるのだろうか?
ただ混ぜて放りこんだだけで、調理したとは言えない気がする。
僕が、調理について考え込んでいると、ミサキがこんな事を言い出した。
「材料がまだ余っているから、もうちょっと作ってみましょう」
どうやらまだ食べ足りないらしい。
「どうせ作るなら、他のヤツが良いんじゃねーか」
意外にもヤン太がちょっとやる気を出す、電子レンジのレシピのメニューを真剣に探し出した。
すると、こんなページがあった。
『忙しい人の為に、
今までの調理でも簡単なのに、もっと簡単に作れるモードがあるらしい。
これを僕らは試す事にする。
時短のメニューの中で、他のお菓子を探していると『シュークリーム』という項目があった。僕は試しに聞いてみる。
「『シュークリーム』ってあるけどこれはどう? ここにある材料で出来そうだよ」
するとジミ子が反応した。
「『シュークリーム』って難しいのよね、パイ生地がちゃんと膨らまないといけないし。それにカスタードクリームを注入する注射器が必要だわ」
僕はマニュアルを見てみるが、そんな行程の説明は無かった。
「うーん、注射器とか無くても大丈夫っぽいよ」
「本当? まあ注射器が無くてもパイ生地を包丁で切って、カスタードクリームを入れても良いし、やってみましょうか」
こうして僕らはシュークリームを作る事となった。
僕はマニュアルに沿って『簡単モード』の『シュークリーム』を設定する。
すると電子レンジ横が開き、中からいくつかの調味料入れのような容器が顔を出す。
調味料入れは、大きめのマグカップサイズから、石けん箱、消しゴムサイズまで様々な大きさで、20個ほどはあるだろうか。電子レンジの壁一面にビッシリと配置されていた。
多数の調味料入れのいくつかには光の文字が浮かび上がっている『小麦後』『砂糖』『牛乳』『卵』、他にもいくつかの原材料名が表示されていた。
僕らはその表示通りに原材料を入れ、蓋を閉める。
するとこんなメッセージが表示された。
『シュークリームは8個まで作れます、いくつ作りますか?』
「とりあえず、8個作ってみよう」
ミサキがボタンを押すと、早くも電子レンジは動き出す。
チューブに繋がった細い竹串のような装置が奥から出てきて、生の生地をトレイの上に送り出す。
電子レンジの中で竹串は忙しく動く、印刷をする時のプリンターのヘッドのように。みるみるうちに生地を積み重ね、チーンというおなじみの音と共にシュークリームをプリントし終えた。
ただ、このシュークリーム、普通のシュークリームと見た目が違う。プリンターの性能か、入力されたデーターのせいなのかしらないが、真四角の立方体の食べ物が出来上がった。
立方体のシュークリームらしき物体を前に、困惑する僕ら。
「食べられるのよね?」
ジミ子が疑問を投げかける、このシュークリームは無機質で食べ物には見えない。色もほぼ均一で角も尖っており、木材かコルクのキューブと言われれば信じるだろう。
「食べてみるわ」
ミサキは我慢できずにかぶりつく、
「おいしい、ちゃんとカスタードクリームも入っているわ」
その感想を確認してから、僕らはようやく口をつけた。
すると、形はともかく味は普通のシュークリームだ。皮の部分がちょっと堅い気もするが、これはこれで十分に美味しい。
「シュークリームだな」「おいしいわね」「確かにうまい」
この物体を食べたみんなは感想を言う。どうやら合格点には達しているようだ。
この電子レンジがあれば、かなり食生活が豊になりそうだ。
僕が感心していると、ジミ子が信じられない事を言った。
「やっぱりお菓子を作るくらいの女子力がないとね」
これを作ったのは僕らではなく、この電子レンジではないだろうか?
驚いていると、ミサキも同じような事を言う。
「そうね、料理に女子力は必要よね」
女子力とは、一体なんだろう……
謎の力を前に、元男子は苦笑いを浮かべるしかなかった。
後日、地元の小さなパン屋でこんな張り紙を見つける。
『新製品、手作り風の四角いシュークリーム』
覗いてみると、そこにはもちろん手作りでは到底出来ない、角の尖ったシュークリームが並んでいる。
手作り風とは、一体なんだろう……
料理とは…… 調理とは……
僕の疑問は尽きない。
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