教育実習生の留学生 6

 楽しい昼食が終わり、午後の授業が始まった。

 5時間目の授業は現代社会だ。


 担当の内中うちなか先生が、いつもとは違う授業を開始する。


「レオ吉さん、社会の授業で何か興味のある事はありますか?」


 授業内容を生徒側にリクエストしてきた。

 するとレオ吉くんは引き締まった顔でこう答える。


「ええ、これから国の運用にあたって、色々と気になる点があります。

『動物ノ王国』はイギリスを元に建国されたのですが、同じイギリスを手本として憲法を作った日本では、どのような問題を抱えているでしょうか?」


 内中先生は、一瞬、驚いた表情を浮かべた後、真剣なまなざしでこう言った。


「わかりました。私は一介の高校教師ですが、出来る限りの説明をしましょう」


 そう言って黒板に国が抱えている問題点を書き出し始める。



 初めに『歴史と領土問題』というテーマが書かれた。


「月面上にある『動物ノ王国』にあまり関係はないですが、国と国の間には領土問題というものが存在します」


 内中先生が説明をすると、レオ吉くんがこう言った。


「昔は領土をめぐって戦争が起きたんですよね」


「ええ、領土を巡って多くの血が流れました。この問題は非常に根深いものがあり、関係のない第三国は、余計な口を挟まないのが得策でしょう。それでも仲裁をしようとするなら、歴史的な背景を十分理解した上で、周りの人とよく話し合ってから行動に踏み切って下さい」


「わかりました、軽はずみな行動は控えます」


 レオ吉くんがいつになくけわしい顔をする。

 たしかに領土問題は厄介だ、この問題に関わらないで済む『動物ノ王国』はラッキーなのかもしれない。



 続いて書かれたのは『国の借金と予算』というお題だった。


「『国の借金』は、うちの国で1000兆を超しています。国民一人当たり800万円とか。まあ、この数字は資産の部分がないので、資産と相殺すると、一人当たり200万円くらいになる様ですが、この借金は年々増えています」


「それはマズくないですか?」


 レオ吉くんがそう質問するが、内中先生は首を横に振った。


「国の借金というものは、その国が信頼されている限りは際限なく増やす事が出来ます。問題になるのは他国からの信頼をなくした時です。この時は国が瓦解がかいする恐れがあります」


「信頼関係が全てですか?」


「ええ、全てです。もちろん、国がちゃんと機能しているか、国の収支に対して借金の額が多すぎないか、などの要因はありますが、基本的には他国との信頼関係があれば平気です。

 借金は少ないにこしたことはないですが、うちの国の税収がおよそ60兆円、このうち医療費が20兆円、社会保障費を入れると30兆円になります。

 ここら辺の予算は人命に関わる事なので、どうしても削れずに借金として増えて行きますね」


「なるほど」


「ただ、今年は宇宙人の治療システムでだいぶ、緩和したと思います。

 しかしベーシックインカムの導入で、社会保障費は大幅に増えたので、どうなるか分かりませんね。

 借金の限界額は経済規模によると思うので、詳しい話しは専門家に聞いて下さい」


「わかりました。今度、笹吹ささぶきあやかさんに聞いてみますね」


 ……この大事な局面で、姉ちゃんの名前が出てきてしまった。

 早くも動物ノ王国の行き先が不安になる。



 続いて、内中先生は『資本主義における、経営者と労働者』というテーマを掲げた。


「資本主義は優秀な経済のシステムですが、様々な問題点を抱えています。私が最も問題だと感じているのは労働者の扱いですね。法律で保護しないと経営者はとことん労働者を酷使しようとします」


「同じ人間同士なのに、そんなに酷いんでしょうか?」


 そうレオ吉くんが質問をすると、内中先生は残念そうな顔をしながら答える。


「ええ、酷いですね。今は法律で規制されていて、基本的には8時間労働ですが、規制のなかった18世紀では14時間とか、酷い場合は16時間、18時間とかもあり得たようです。まあ、今の時代でも一部では過労死という言葉がある通り、あまり改善していないのかもしれませんが……」


「なるほど……」


「ちなみに資本主義にはこう言った問題もあります。労働者を健全な扱いをしているA社と、違法に近いレベルで酷使しているB社があるとします。

 A社には労働者にそれなりの対価を払っているので、製品の価格が1000円だとしましょう。

 B社は、労働者に賃金をまともに払っていないので、製品の価格を700円まで抑える事ができます。

 同じ性能の商品だったら、価格の安いB社の製品が売れ、まともに労働者を扱っているA社はやがて潰れてしまいます」


「……なんとかならないんですか」


「法律で規制するしかありませんね。うちの国では労働基準監督署というものがあり監視しているはずですが、あまり上手く行っていません。サービス残業など、違法な労働を強制する経営者は数多く居ます」


「こ、困りますね……」


 レオ吉くんが眉間にシワを寄せて悩んでいる。

 国の行く先について、どうして行こうかと考えているようだ。


 そんなレオ吉くんを見ていたら、僕はある案を思いついた。

 手を挙げて発言をしてみる。


「『宇宙人のロボットを経理として採用しなければいけない』という法律を作るのはどうでしょうか?

 ロボットは違法な行為を見つけたら、しかるべき機関に通報するようにすれば、あまり酷い経営にならないかもしれません」


 僕がそう言うと、内中先生から褒められた。


「すばらしいアイデアだと思います、会社の中枢に監視員を置くことで、不正をかなり防げるでしょう」


 この発言をきっかけにクラスメイト達が次々に改善案を発表する。


「違反した企業名は公表する」「酷い企業には重い税金を追加する」といった現実的なアイデアや、

「動物ノ王国の企業は、全て国営企業にして国民は平等に扱う」という社会主義的な発言。

「宇宙人のカメラで常に監視する」監視社会をさらに進める意見もあった。


 中には「労働基準法に違反した経営者は死刑」といった過激なものも出てきた。


 これらの発言はレオ吉くんが全てノートに描き込む。



 新たなアイデアが飛び交っていると、授業の時間は、ほとんど無くなってしまった。

 授業の最後に内中先生がレオ吉くんにこう提案をする。


「次回の現代社会の授業で『動物ノ王国』の現状について発表してみてはどうですか?」


 するとレオ吉くんは少し考えてから、


「はい、お時間が頂けるなら、是非そうしたいです」


 そう力強く答える。


 もしかしたら次回の現代社会の授業で、謎に包まれた動物ノ王国の事が分かるかもしれない。

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